逃走劇
師匠と桃香は映画館の通路を駆け抜ける。そして、その先には色黒カップルがうろついているのが見える。
「大丈夫だって。こう見えて俺、反射神……あ」
色黒カップルの男の方がこちらに気が付くが、それには目もくれずに師匠たちは走り去る。
「ん……おい! 今の桃香たちじゃないの」
「そう……みたいね」
この会話のすぐ後に集音マイクが打撲音を拾ったが、僕にれを気にかける暇はなかった。なぜなら、今も師匠と桃香は走り続けているからだ。二人を見ると、桃香の目が開いていないのが分かった。師匠が手を引いているから大丈夫なのだろうが、危なっかしいたらありゃしない。
「あ、ネコ」
その声が聞こえたのは僕が桃香に気を取られている時のことだった。ネコなんてどこにいるんだろう。僕がここに来てから、ネコはおろかネズミ一匹すら見てないんだけどな。それに、映画館にペットを連れていけるなんて話は聞いたことがない。
「げ、武井までいるのかよ」
師匠がつぶやく。なんか聞いたことある名だな。
「ネコぉー」
後ろから声がする。僕が振り向くと、メガネをかけた女が付いて来るのが見えた。あー、こいつも見覚えがあるな。誰だっけ……あ、タケイとかいう奴だ。桃香とよく一緒にいる色黒じゃない方の女だ。師匠はこの女のことを言っていたのね。それにしても、なんだ、さっきから。ネコなんてどこにもいないじゃ……いたー! ていうか僕しかいねー。
走りながらショーウィンドウのガラスに目をやると、師匠と桃香の後ろに一匹のネコが付いて来ているのが見える。そして、その後を付ける女の姿があった。
いつの間にか隠密モードが解けていたんだ。僕はすぐに隠密モードに切り替えるが、僕の姿はガラスに映し出されたままだ。あ……バッテリーが切れてるっぽい。そういえば映画を観てる時も切り替えたままだった気がする。なんてこったい。このまま師匠と桃香に付いて行くわけにもいかないしな。
僕は辺りを見回す。吹き抜けのようになっている場所が見える。
この身体は柔軟性に優れているから、ある程度の衝撃にも耐えられるだろう。僕は後足を思い切り蹴り上げ、そのまま吹き抜けの中に飛び込んだ。
上を見ると吹き抜けからメガネをかけた女が覗き込んでいるのが分かった。
「ネコぉー」
どんだけ執念深いんだ……ってかなんで僕を追いかけて来るんだよ。
「武井さーん。遼一たちはどこに行ったか分かる?」
「知らない」
「え……あんた、桃香たちを追いかけてたでしょ」
「おいおい。じゃあ、なんで走ってたんだよ」
「ネコ」
「はあ? ネコがなんなのよ」
この声は色黒カップルだ。タケイに話しかけているらしい。
「ネコがいた」
「あんた、ネコを追いかけてたの」
タケイは黙っている。すると、さっきの打撲音がまた聞こえてきた。
「ちょ……なんで俺」
「元はといえば、あんたがボーっとしてるから桃香たちを逃がしたんでしょ」
「お、おっしゃる通りです」
色黒の男が暴力を振るわれているようだ。恐ろしい。人を見た目で判断してはいけないけど、色黒で強そうだもんな。
さて、僕は師匠たちを探そう。
じめっとした視線を頭上から感じる。僕はそれに気が付いてないフリをして、その場から立ち去った。
キレイなボディラインだ。僕はショーウィンドウに映る自分の姿に見惚れていた。無理を承知でこの身体の製作に口出ししておいて本当に良かった。他の調査員はどんな身体でも構わないらしいけど、何年もお世話になるモノだからね。キレイな方が良いに決まってる。
道行く人がすれ違いざまに、僕の身体をまじまじと見つめていく。そんなに僕の身体は魅力的なのか……え? ただ珍しいだけだって? ま、まあ、それも無きにしも非ずだけど、仮に、珍しいモノが目の前を歩いていたとして、それが不細工だったら思わず目を背けてしまうのが人間というものだ。僕の存在がこの場所では珍しいのだとしても、周囲の人は目を背けてはいない。つまり、逆説的に考えて僕の身体は美しいことに変わりはない。
僕はもう一度ショーウィンドウに目をやると、その向こう側には馴染みのある顔が並んでいた。




