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悪霊

 シアターから続々と観客が立ち去っていく。その中にはまだ幼い女の子を抱えながら出入口に向かう三十歳後半の女性の姿があった。息子とその幼馴染のデートを様子見に来た遼子だ。本人はシラを切っているが間違いない。

 遼子は座席の列を出たところでもたつくカップルに声をかける。


「まーだ行かないの?」


「あ、遼子さん」


 美矩が遼子に気が付く。そして、遼子の肩にもたれ掛かる文華の顔を覗きこむ。


「ふふ、やっぱりふーちゃんには早かったみたいですね」


「そうなのよ。どうしても観たいって言うから来たのにねー」


 ウソつけ。先生も遼子には(あき)れているようで、二人の会話に加わらずに退屈そうにしている。


「お邪魔だったみたいね。それじゃ、お先に」


 遼子は笑顔で立ち去っていくと、先生と美矩も出入口に向かった。

 先生と美矩がシアターの出入口に差し掛かると、扉が勢い良く開く。そして、女の子を張り倒すようにして一組のカップルが中に入ってきた。先生はそれを(さえぎ)るように美矩の前に出る。はたから見ると彼女を(かば)っているようにしか見えないが、先生の狙いが別にあることはすぐに分かった。女の子を壁に押し付けている男が師匠だったのだ。

 先生は師匠の顔が美矩に見えないように立ちはだかり、美矩はその隙間(すきま)から師匠と桃香の様子をながめながら歩く。先生が防音性の厚い扉を開けると、美矩は目の前の事態を()み込めないまま外に出て行った。


「遼一くん、どうしたの?」


 桃香は師匠にたずねるが、その表情はおびえていた。


「見てはいけないモノを見てしまった」


 遼一は息を整えながら答える。


「え、見てはいけないモノ……って」


「こ、ここにいてはいけないモノ」


「それって、まさか」


 そう言うと、桃香の白い肌は青ざめていった。


「そこに……いたんだ」


「うん。こっちに気が付いてなかったけど、楽しそうに雑談してたよ」


「え、じゃあ、つまり……一人?じゃなかったんだ」


「そうだね。あいつら、いつの間に仲良くなったんだろ」


「もしかして、いつも遼一くんに?」


「……いつも一緒にいるよ」


「えーっ! 大丈夫なの。どうしよう、他の人もいなくなっちゃったし」


「迂闊だった。他の人に紛れれば、やり過ごせるかもしれなかったのに」


 師匠は扉をゆっくりと開き、その隙間から外の様子を確認する。


「まだ、いるの?」


「いるね。あの野郎。俺の首を絞めて気絶させたのは、ついこの間だぜ」


「そ、そそれってヤバいよね。かなり悪い奴だよ」


「あれ、桃香ちゃんは見てなかったんだっけ」


「知らないよ!」


「あれ……そうだっけ。まあ、悪い奴じゃないんだけどね」


「ダメだよ! 遼一くんは優し過ぎるから」


 なんか話が変な方向にいってないか。

 僕は遼一が手で押さえる扉の隙間から抜け出し、遼一が()を見てしまったのかを確認した。

 特に変なモノは見えないが、通路の奥にこちらをうかがっている二人組がいる。さっきの色黒カップルだ。あー、なるほどね。遼一のここにいてはいけないモノっていうのはあいつらのことだな。母親に付いて来られたのにも、あの嫌がりようだ。それは自分のクラスメイトであっても同様であろう。


「ごめんね! 私、遼一くんがそんなに(つら)い目にあってること……なんにも知らなかった」


「へ? いや、別にそこまでのことでもないんだけど」


「私ってそういうの鈍いから。いざって時は遼一くんの盾になってあげるよ」


 桃香は何を勘違いしてんだよ。話が全く噛み合ってねーぞ。


「私にできることがあれば、なんでも言ってね」


「う、うん」


 先生も桃香が盛大に勘違いをしてることに気が付いたようだ。


「うーん……あ、桃香ちゃんは疲れてない?」


「私? 私は大丈夫だよ」


「それじゃあ、あいつらが付いて来れないようにダッシュで外に行こう」


「走るんだね! あ……でも、私、足遅いかも」


「よし! じゃあ、行くよ」


「え……ちょっと待っ」


 桃香が言い終える前に先生は桃香の手を引き、扉の外に勢い良く飛び出した。

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