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乙女心

 先生が取り乱しながら自身の体を(あさ)ると、軽快なメロディーの音量が一瞬(いっしゅん)大きくなる。そして、そのすぐ後に音は止まる。

 美矩が先生の太ももに(こぶし)を振り下ろす。うわー、痛そう。

 先生は痛がりながらも美矩と同じように師匠の太ももに自身の拳をぶつけた。

 師匠は右手のひらを顔の前で垂直に立てて平謝りをしてみせる。

 そういえば遼子の携帯は先生が持たされてたんだっけ。まさか、遼子はこうなることを見越(みこ)して自分の携帯を先生に持たせたのだろうか。いや、そこまではしないか……でも、遼子だからな。そういうことをしても不思議(ふしぎ)ではない。奴はそういう女なんだ。

 遼子はというと、何食わぬ顔をしているけれど、そこがまた怪しい。

 映画館における注意事項がスクリーンに映し出さされる。その一つが携帯電話の使用についてだったが、その時は場内の視線が先生に集中しているようだった。うわ、これは()ずかしい。穴があったら入りたいとはこのことだ。その様は見ているこっちも恥ずかしくなるほどだ。



 映写機がじりじりと音を立て、スクリーンにノイズが映る。すると、辺りは完全に暗闇に包まれる。まるで別世界に取り込まれていくかのようだ。サラウンドが空気を震わせ、僕はそれを全身で感じ取る。スクリーンには明るい映像が映し出されるが不思議なことにあまり(まぶ)しくない。僕の知っている映画(・・)といえば視界に映像が飛び込んできて迫力はあるのだが、それに慣れるまでは目が結構つらい。それに比べ白いてスクリーンに浮かび上がる平面映画はなんて観やすいんだろう。



 物語は静かに始まり、徐々に世界が広がっていくと、次から次へと新しい展開が押し寄せてくる。そして、その波が収まっていくと共に大きな広がりを見せていた世界観が一つに収束していった。

 いつの間にか主要人物が一同に(かい)し、彼らの顔がほころぶ。そして、黒い画面に切り替わると白い文字が下から上へと流れていく。エンドロールという奴だ。決して短くはない上映時間であったが、その長さを感じさせることなく映画は終わりを迎えていた。エンドロールの途中で一組が席を立っていたが、その他はシアター内に明かりが(とも)るまで静かに座っていた。


「すごい迫力だったねー」


 最初に口を開いたのは桃香だ。


「いやー、まさかこんなに面白いとは」


「えー、それじゃーあんまり期待してなかったの」


「そういうわけじゃないよ。想像以上だったから」


「私は少し心配だったんだ。原作が壮大(そうだい)だからね。それをちゃんと再現できてるかどうかね」


「おー……それで、評価の程は?」


「思ってたより良かったよ」


「それは良かった」


 師匠と桃香は映画の感想を述べながら身支度を整える。そして、荷物を置忘れないように身の回りを確認して席を後にした。



 シアター内の人が(まば)らになると美矩が(おもむろ)に口を開く。


「行こっか」


「お、おう」


 あれ、美矩は機嫌(きげん)が良くないのかな。あまり楽しそうではなさそうだ。映画が始まる前に先生の携帯(正確には遼子の携帯)が鳴ってしまったことが気に入らないのだろうか。先生は不安そうに美矩の様子をうかがっている。僕よりも(はる)かに付き合いが長いであろう遼一でも推し量れないでいるんだ。美矩が何を考えているのか、僕が分からないのも無理はない。


「ほらー、置いてくよー」


 美矩は立ち上がり、ゴミをまとめる先生を急かす。


「待ってくれって……よし、オッケーかな」


「遼一はマジメだね。そこまでやらなくても清掃の人がキレイにしてくれるって」


「そういうわけにもいかないだろ」


 美矩は先に歩き出し、その後を先生が追いかける。


「どうだった?」


「なーにが?」


「映画が面白かったか聞いてるんだよ」


「遼一はどうなの?」


「俺は……面白かったよ」


「私も」


 満足してたんかい! 年頃の女の子の気持ちは分かりづれーよ。

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