マナー
まさか師匠と先生が隣同士だったとはな。たしかに師匠が右側で先生が左側だが、どちらも限りなく真ん中に近い……というより、ほぼ真ん中。こいつらアホだ。
僕が師匠と先生に気を取られていると、いつの間にか僕のいる一番後ろの席の端に色黒のカップルが座っていた。二人は遼一のクラスメイトだが、名前がどうしても思いだせん。とりあえず、色黒カップルとでも呼ぶことにしよう。色黒カップルは仲が良いのか悪いのか、よく分からん奴らだな。二人は今も会話もせずに携帯をいじるのに夢中だ。なにが二人をそこまで夢中にさせるのか。少し気になるところではある。僕は色黒カップルの後ろに忍び寄り、そこから二人の携帯を覗き込む。
男の方が何をしているのかはすぐに分かった。正確に何をしているのかは分からないが、カードゲームのようなものをやっているようだ。たしか、携帯電話でするゲームのことを、この時代ではモバイルゲームと呼ぶのだ。まあ、僕には何が違うのかよく分からないけどね。
女の方は驚異的なスピードで文字を打っている。……うん、気持ち悪い。人間の指ってこんなに早く動かせるんだね。それで一体なんのことを書いてるのかな。
『桃香と杉山を確認なう』
なんか最後の方打ち間違えてるし……。女の方は師匠たちを面白がってつけているようだ。
『なんか杉山がとなりの男にからまれててウケる』
『桃香は気が付いてないし』
先生のことを誰かに伝えているようだ。やっぱりそう見えるよね。僕もそうだったもん。
「にーにー」
僕の耳に馴染みのある声が届いたのは、僕が先生に同情している時のことだった。集音マイクにはしていなかったので、その声がそれなりに大きかったことがうかがえる。
「ふーちゃん、しっ! 映画館では静かにしなきゃダメよ」
この声も聞きなれたものだ。しかし、声の大きさを注意するその声もまた大きい。
その声に気が付いた師匠と先生がほぼ同時に声がした方を向く。二人の視線の先を見ると、そこには笑顔で手を振る遼子の姿があった。そして、遼子の脇には文華が抱きかかえられているのが見える。
「みくちゃーん」
文華が満面の笑みで手を振る。
「あれ、ふーちゃん。それに遼子さん」
美矩は声を張り上げる。
「あら、美矩ちゃんじゃない。奇遇ね」
ウソつけ。偶然を装ってるけど、絶対に狙って来ただろ。
「文華がね、どうしても観に行きたいって言うからね」
「えー、ふーちゃんにはまだ早いんじゃないですか」
「私もそう思ったんだけどね……あら、遼一。その目はなーに」
遼一たちは黙っている。ここからは表情を読み取ることはできないが、遼子を蔑んだ目つきで見ているのだろう。
「可愛い子だね。お母さんもキレイな人だし。遼一くんの妹さんもあんな感じなの」
桃香は小声で師匠に話しかける。
「え、ああ……うん。そう、そうだね。同い年ぐらいかも」
同い年ぐらいというか、あれがそうなんだけどね。
「わー、可愛いだろうね。遼一くんが夢中になるのも分かるよ」
遼子と文華が笑顔で遼一たちの横を通り過ぎて行き、一番後ろの色黒カップルとは反対側の席に着く。それと同時に辺りが薄暗くなり、スクリーンに映像が映し出される。
しかし、なんて顔ぶれだ。劇場にいるほとんどの人間が遼一の関係者じゃねーか。
遼一たちのいる所が少し明るい。師匠と先生のどちらかが携帯を操作しているようだ。師匠が俯いてるようなので、犯人は師匠に違いない。映画が始まるっていうのに何をしてんだよ。
僕は座席の背もたれを飛び移っていき、師匠の真後ろにやってくる。
『なんで来てんだよ』
師匠は誰かにメールを送るようだ。文章の最後には怒りを表すマークが付け加えられる。そして、画面が切り替わると杉山遼子という名前が隅に表示された。メールで遼子に文句を伝えるつもりらしい。
そのすぐ後に、静まり返った場内に場違いなメロディーが響き渡る。そこにいた全ての人がその音に驚いただろう。だが、最も驚いていたのは音の発信源にいた人物だった。そいつは僕の目の前にいる師匠の左隣に座っていた。




