ファザコン
さて、僕は新都心に先回りするかな。師匠と桃香の様子も気になるしね。
僕は楽しそうに歩く美矩と先生を残し、その場から走り去った。
新都心なら大した距離じゃない。少し疲れるけど走ろう。
ここが新都心か。僕の時代のステーションに似てるな。杉山家の最寄駅はレトロな雰囲気を醸し出していたので不思議な感じがする。この無機質な感じはあまり好かないのだが、この方が清潔感があって良いのかもしれない。この時代の鉄道駅は資料で見ていたのだが、その時は鉄道駅の懐古的な雰囲気に魅力を感じていた。しかし、いざ現物を見てみると、老朽化が進んでいて汚らしいという印象を受けてしまった。いつの時代も思い出は美化され、良い面だけが後世に伝えられるものなのかもな。
しかし、僕は埼玉という地をあまく見ていたな。埼玉といえば東京に隣接しているだけのベッドタウンと認識していたので、県内の商業施設も大した物はないと思っていたのだけれども、ここは意外に人が多い。遼一と桃香のことを早く見つけたいのにな。そもそも、杉山家周辺が閑散とし過ぎなんだよ。あそこからそんなに離れていない所にそれなりの商業施設があるなんて思うわけがないもん。
引っかかるかどうか分からないけど、『りょういち』と『ももか』で検索しておくか。
この言語検索はアメリカの諜報機関が盗聴に用いていたものだ。高性能広域集音機と組み合わせることによって、集音機が音声を拾える範囲で単語検索をすることができる。検索した単語を一定の範囲内で誰かがつぶやけば、その座標を割り出してくれるんだ。
しかし、この機能は指定した単語をつぶやいた者を見つけるだけにすぎないので、特定の人物を見つけられるとは限らないのが難点だ。
お、早速誰かが『ももか』とつぶやいたらしい。とりあえず、そこに向かおう。
座標はここで間違いないけど、遼一と桃香の姿は見当たらない。ハズレか。
「たけいー、本当にこの時間で合ってんのか?」
「そのはず」
「比嘉も来てないしよ」
「来た」
「え、どこだよ」
「あっち」
なんか聞き覚えのある声だな。でも、今は二人を見つけるのが先決だ。
『りょういち』は大丈夫だろうけど、『ももか』だと関係ないものまで引っかかってしまうかも。遼一は桃香のことを『ちゃん』付けで呼んでたよな。よし、検索ワードを『ももかちゃん』に変更しよう。
遼一の名がどこかでつぶやかれたらしい。今度はハズレるなよー。
僕は言語検索によって示された座標に向かう。すると、見覚えのある人影が見えてきた。
「――ごめんね。私、待ち合わせ時間を間違えてたかな」
「そうじゃないよ。張り切ってたら早く着いちゃったみたい」
「そんなに楽しみにしてくれてたんだ。嬉しいな。私もね、どの服にするか迷ってたら寝るの遅くなっちゃって」
「よく似合ってるよ」
「本当? ちょっと露出し過ぎてないかな?」
「そんなことないんじゃない? もうすぐ夏だしね」
「そうだよね。良かった」
見せ付けてくれるじゃねーか、ご両人。遼一はなんか余裕かましてるし。先に待ち合わせ場所に着いてるとゆとりが生まれるのかもな。覚えておこう。後で役に立つかもしれん。
「じゃあ、行きますか」
「うん、行こう行こう。楽しみだなー。私ね、原作は小説で呼んでてね。ずっと前から楽しみにしてたんだ」
「あれって原作があるんだ」
「ほとんどの映画は原作があるんじゃないかな。それでね、観に行きたいなって思ってたら遼一くんが誘ってくれたんだよ」
「あ、本当に? それは良かった。こんなに喜んでくれるなんて思わなかったよ。……映画も好きなんだね」
「うん、大好き。映画館にはパ……お父さんとよく行くんだ。小説で読んだのはほとんど観に行ってるの」
「あ、お父さんと」
「そう。本当はね、ローズブラックもお父さんと観に行く予定だったんだけどね。お父さん、仕事が忙しいみたいで」
「あー、そうなんだ」
意外だ。桃香がこんなに喋る子だとは思わなかった。遼一も同じことを思っているに違いない。しかし、高校生の女の子が父親と映画館に行くのは、この時代だと普通のことなんだろうか。




