マスターオニオン
どうやら、もう一人の遼一は時空のゆがみに取り囲まれて数時間前の世界に飛ばされてしまったらしい。ここまでは他の神隠しと一緒だ。今回の事例で変わっているのはその後だ。
他の事例だと、過去に飛ばされた人間が過去の自分と接触するような事はない。何が起こってるか分からない内に過去の自分もまた時空の歪みに取り込まれてしまうからだ。遼一は過去の自分が時空の歪みに取り込まれるのを阻止してしまったせいで史実を変えてしまったんだ。
なぞの掛け合いが聞こえてくる。こいつらは何を始めたんだ。
「じゃっきちょ」
「たーなんぽー」
「たーなんぽー」
二人は同時にこぶしを出し合う。どうみてもジャンケンに見えるのだが、掛け声が僕の知ってるものと違う。この地域ではこれがポピュラーなのかな。
二人の勝負は一向に付きそうにない。間抜けに聞こえる単語だけが虚しく響く。
「タイム、ちょっと一回止めよう。これさ、決着付かなくね」
「俺も思った。思考回路が一緒だから延々とあいこになるんだ」
「思ってたんなら言えよ」
「それはお互い様だろ」
「まあな。でも、どうやって分担するか。先生も桃香ちゃんと映画に行きたいんだろ」
「当たり前だ。初デートだぞ。美矩の勉強なんていつも見てるじゃないか」
「あー、美矩がかわいそう。美矩の勉強なんてって言っちゃったよ」
「じゃあ、師匠が美矩のところに行ってくださいよ」
「それは無理です」
なんて奴らだ。自分たちのことを棚に上げて女の子との約束を押し付けあっている。
「じゃあさ、こうしよう。途中で交代すんの」
「あ、それ良いね」
「桃香ちゃんとは映画に行く約束だから、映画を見た後に交代しようぜ」
「意義なし」
「映画はそこまで観たかったのじゃないからどっちでも良いんだけど、どっちが桃香ちゃんと映画を観るかは決めておくか」
「良いぜ」
二人は深呼吸をする。何かを始めるようだ。
「じゃっきちょ」
いや、それ意味ないって。
二人はサイコロを転がす。どうやら、サイコロの目で決めることで上手くいったようだ。
「先生が映画を見に行くのか。後で映画の感想聞かせてよ。レンタルされたら借りるから」
「おう、映画館の外でトイレに行けば良いんだな」
「うん。映画が終わる頃にトイレに入ってるから」
「お前らはフードコートで勉強するんだろ。どこら辺に行けば良いかな」
「それは当日になんねーと分かんないっしょ。場所を決めておいても、そこが空いてるとも限らないし」
「確かに」
「詳しい場所はトイレの中で教えるよ」
「分かった。じゃあ、交代した後はフードコートには来るなよ」
「先生もフードコートからは出ないようにな」
「分かってるって」
「よし、そろそろ寝ますか」
「だな」
「風呂はどうする。隣町からの長旅で疲れてるでしょ」
「気が付くねー。さすが俺」
「いえいえ、先生には及びませんよ」
「そうなんだよね、風呂に入りたいんだけど今日はもう入ったよな」
「仰るとおりでございます」
「ま、大丈夫か。ちょっと行ってくるわ」
「おう、俺は寝床を作っておくぜ」
先生と呼ばれている方の遼一が部屋を出て行く。とりあえず、遼一が同じ場所に二人いる時は分身の方を先生、もう一人の方を師匠と呼ぶことにする、と言っても、見た目は一緒なので区別するのは難しい。二人が一緒にいる時は話の内容で判断するしかないな。
先生が髪を湿らせて部屋に戻ってくる。
「早かったね」
「うん。お前の家族と出くわしたらいけないと思ってさ」
「え、俺の家族も先生の家族も一緒だろ」
「そうなんだけどさ、俺って正確にはこの世界の住人じゃないわけじゃん。そう考えると気が引けちゃってさ」
「ちょ、おま、そんなの気にするなよ。ここはお前の家だよ」
「師匠ぉー」
「気にするな相棒。俺たちの心はいつも一緒だろ。お前の苦しみは俺の苦しみだ。お前に何かあれば、それは俺の問題でもあるんだ。だから、困った時はいつでも」
先生は寝る準備を始める。師匠の言葉はあまり耳に入っていないようだ。
「――って君は何をしているのかな?」
「何って、疲れたから寝ようとしてるんだけど」
「そうじゃなくてさ、それは俺のベッドだよね?」
「だって、ここはお前の家だって言ってたじゃん」
「たしかに言ったね。でも、俺の家でもあるわけじゃん」
「細かいことは気にするなって。じゃ、俺はもう寝るから」
「いやいやいや、何勝手なこと言ってんだよ。ここは公平に決めようよ」
「んもう、分かったよ。じゃ、いくよ」
「おう」
二人は深呼吸をする。あれ、なんか見覚えがあるような……。
「じゃっきちょ」
だから、それ意味ないって。少しは学習しろよ。
結局、隣町から歩いてきた先生がベッドを使うことになったようだ。本当はサイコロを使って決めるつもりだったみたいだが、ベッドの中にいた先生がいつの間にか眠ってしまっていたのだ。
さて、僕もそろそろ寝るかな。