待ち人
遼一たちはフォークを器の上で垂直に立て、それをぐるぐると回す。そして、フォークの先に巻きついたパスタを口に運ぶ。そんな二人を心配そうに見つめているのは遼子だ。
「本当に大丈夫なの」
「大丈夫だって言ってるじゃん。先生、ほれ」
「ん、どうした」
「どうしたじゃねーよ、あれをつけろ」
「あー、はいはい」
先生は胸元に引っかかっていたメガネをかける。
「バッチリでしょ」
「あまり変わらないわ」
遼一たちは目を丸くして固まる。
「遼一がメガネをしてるようにしか見えないもの」
見えないというか、メガネをかけただけなんだけどね。変装になっていないと言いたいのだろう。
「えー、それじゃ困るよ。な、先生」
「その通り」
お前らは本当にそんなんで大丈夫だと思ってたのか……呆れた。
「席も離すし……な、先生」
「俺が左側だよな」
「その通りです」
「本当にそんなんで大丈夫なのかしら」
「母さんは心配し過ぎなんだよ」
「ごちそうさま」
先生が器の中にフォークを置く。
「お前はなに黙々と一人で食ってんだよ」
先生はなにかを指差す。
「時間、大丈夫なのか」
先生が指差した方を師匠が見る。そこに掛け時計でもあるのだろう。
「もう、こんな時間だったか」
「早くしないと美矩に出くわすぞ」
「いっけねー、忘れてた」
師匠は器を抱えて口の中にパスタを詰め込んでいく。
その様子を心配そうに遼子が見つめる。
師匠は下あごを何度も上下させ、飲み物の入ったコップを口元に運ぶ。そして、茶色い液体を口の中に流し込んでいった。
師匠は喉仏を何回か前後させると、立ち上がって部屋を出て行った。
「本当に大丈夫なのかしら」
「全くだ」
遼子は目を細くする。なにか言いたげだから代弁しよう。
自分は大丈夫みたいに振舞ってるけど、お前も一緒だから。
お洒落な格好をした女の子が路地をうろうろしているのが見える。あの子は誰だろう。こっからだと顔が見えないな。
「ほんじゃ、先に行ってくるわ」
遼一の声が聞こえてくると、杉山家の玄関の扉が勢いよく開く。そして、遼一がそこから現れるが、自分の家の前にいた女の子の姿を見て立ち止まる。
「あ……よっ、遼一。ちょっと早いんじゃない」
あれ、この声は僕の知っている子だな。
「み、美矩……お前、そんなとこでなにやってんだよ」
「家の時計がズレててさ。予定より早く出ちゃった」
いや、絶対ウソでしょ。それに、ご近所さんなんだから家に戻れば良いじゃん。気合入れすぎなのがバレバレだよ。服装もいつもより可愛らしいし。
「家近いんだし、一旦帰った方が良かったんじゃねーか」
遼一も同じことを思ったようだ。
「ううん、大丈夫。遼一も早く来てくれたし。まだ早いけど、行こっか」
「それ……なんだけどな。わりぃ、ちょっとした買物を頼まれてんだ。コンビニまで」
「そ、そうだよね。遼一にしては来るのが早いと思ったんだ。じゃあ、私はここで待ってるね」
「お、おう。悪いな。すぐに戻るから」
遼一はそう言い残すと逃げるように去っていく。その右手首には赤いリストバンドが巻かれていた。
十五分ほどすると、杉山家からまた遼一の声が聞こえてくる。
「じゃ、お兄ちゃんはお出かけしてくるからね」
「ふみもいきたいー」
「ダメよ。お兄ちゃんにとって、今日は大事な日なんだから」
「いーやだー、ふみもいっしょにいくのー」
杉山家の玄関の扉が開き、そこから遼一が姿を現す。その右手首には緑色のリストバンドがはめられているのが見える。
さっき出てきたのが師匠で、今出てきたのが先生ってことか。
「あれー、いつの間に帰ってたの。服も着替えてるし」
「え、俺はどこにも行ってないぞ」
「うそだー。コンビニに買物に行くってさっき」
「まさかー。あ……そういうことか」
「なに一人で言ってるの。それに、なんかメガネだし」
「あ、イメチェンだよ、イメチェン」
「ふーん……まあ、良いや。早く行こう」
「お、そうだな」
遼一はまじまじと美矩のことを見る。
「えっち、やらしい目つきしてる」
「ちげーよ。そんな風に見てねーし。ただ……」
「なによ」
「なんか、いつもと雰囲気が違うなーと」
美矩は少し顔を下に向ける。
「変かな。私なりに頑張ったんだけど」
「そんなことないよ。可愛いと思う」
美矩は顔を上げて微笑む。
「遼一のメガネも似合ってるよ。だけど、服装はさっきの方が良かったかも」
あー、もう……遼一のバカバカ。美矩とのデートにも気合入れろよ。頑張っておめかししてきた美矩がアホみたいじゃないかよ。




