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団欒

 絶え間なく油が()く音と共に遼子の声が聞こえてくる。


「もう出来るわよ」


 しかし、誰も反応を示さない。軽快(けいかい)な音が静まると、料理が盛られた皿でテーブルは()まっていく。


「ありがとう」


 遼子は先生に声をかける。そして、先生がかき混ぜていた器を取り上げる。

 遼子は器の中身をスプーンですくい、それを並べられた料理に()らしていく。最初は大雑把(おおざっぱ)に。それが少なくなっていくと丁寧(ていねい)に。

 料理にかけられたそれが各皿で均等(きんとう)になると、その後は器の(すみ)に残った物をスプーンでかき落としていった。

 遼子はテレビの前にまぬけな面をして居座っている師匠と文華の姿を見ると、黒くて細長い物体を手に取る。あれは……テレビのリモコンだ。遼子はそれを持った方の手をこちらに向けると、当たり前のように流れていた人々の声がぴたりと止む。

 師匠は自分の股間(こかん)の上にいた文華を持ち上げながら立ち上がり、そのまま文華を(わき)に抱えて奥のテーブルに向かっていった。


「お、今日はエビフライか」


 師匠は奥のイスに文華を降ろすと先生の隣に腰掛ける。


「ここじゃみえないー」


「えー、俺だってそっちに座ったら見えないもん」


「なんでにーにはずっとぶんしんしてるの」


 (するど)い。たしかに遼一が一人になれば解決しそうな問題だ。


「いや、それはさ。ほら、知らないの。分身がいると、その分経験値が加算されるんだよ……な、先生」


「え、あーTARUTOの話か。まあ、そうだったね」


 早くから自分の席を確保できてた先生は興味がなさそうだ。


「なにそれー、わかんないー。ひとりになってよー」


「皆で食べた方がご飯は美味しくなるのよ」


「わかんないー」


 文華が手足を振り動かすと、遼子は食卓を見回した。


「じゃあ、ふーちゃんはお兄ちゃんの太股の上に座りなさい」


 先生はすでに夕飯を食べ始めていて、自分には関係ないといった様子だ。


「え、それって俺のことかよ」


 遼子は師匠の前に文華の皿を移動させている。


「まじかー」


「文華はそっちのにーにの股の上が好きなんだな」


「うん」


 文華が元気良く答える。


「いや、文華も認めてんじゃねーよ。どっちも変わんねーって」


 遼子は文華の皿を移動し終える。すると、遼子は文華の体を持ち上げ、それを先生が受け取る。そして、先生は師匠の太股に文華を乗せる。


「お前もなに自然に協力してんだよ」


「ルイルイ、『いただきます』はしたの」


「したよー」


「してないでしょ。じゃあ、皆で『いただきます』しましょうね」


 文華が勢い良く手を合わせる。


「俺はまだ承諾(しょうだく)してないからな」


「はい、いただきます」


「いたーだきーます」


 文華が元気良く声を張り上げる。先生は口を上下に動かしているが、何も言わずに手を軽く合わせただけだ。先生の口の中には遼子の愛情が詰まっているらしい。


「おいー、ちょっと待て。俺はまだ……」


 誰も師匠の方を見ようとしない。


「お、今日は俺の好きなエビフライかー」


 それはさっき聞いたぞ。

 師匠が(はし)でエビフライをつかむ。


「『いただきます』はしたの」


 師匠はつかんだエビフライを皿に戻す。


「いただきます」


 そして、手を合わせて小さくつぶやいた。この時代の母親は強いな。



 二人の遼一は部屋でくつろいでいるようだ。一人はイスに座って携帯ゲーム機を。もう一人はベッドに横になって週刊誌を。

 机の上に置かれた携帯電話が緑色に点滅する。

 それを携帯ゲーム機をしていた方が手にとって確認する。その手首には赤色のリストバンドが巻かれているのが見える。


「おい、お前にだぞ」


 師匠が携帯電話をベッドの上に投げる。


「どっちも変わんねーだろ」


「いや、それはお前が返信した方が良い」


 先生が週刊誌の前で携帯を開く。


「な、お前(あて)だっただろ」


「……そうだな」


 先生は適当に返事をすると携帯を(いじ)り始める。んー、遼一の携帯電話にeメールが届いたのは分かるんだけど、その内容が分からんな。先生が返さなければならないメールって一体なんなんだろう……ダメだ。どうしても気になる。仕方ない。こうなったら中に忍び込むしかない。

 僕は遼一の部屋のベランダに飛び移ると隠密(ステルス)モードのスイッチを入れる。デパートに付いて行った時に使ってしまったけど、まだバッテリーは残っているはずだ。


「ミャー」


 僕は遼一の部屋の窓をツメで軽くひっかく。


「んー、ネコがいるみたいだな」


「へー、ネコなんて珍しいね」


「あれ、お前知らないの」


「え、なにが」


「母さんが見たことないネコに餌付(えづ)けしてんだよ」


「またかよー。あの人も好きだねー。……で、そいつなの」


「どうだろうなー。まあ、ネコなんて他にいないし、そいつじゃねーかな」


「名前は」


「あー、あるよ……あれ、なんだっけ」


 おい、お前が付けたんだろうが。


「わり、思い出せねーや」


 それはないだろ。


「オスか。それともメス」


「それが分からないんだよね……あ、思い出した。ベルクダッツェだ」


「ベルクダッツェ……あー、カッチャマンね」


「そ、オスかメスか分かんなかったからさ」


 え、ちょっと待て。


「だからってそのまま付けることもないだろ」


 待てーい。そのベルクダッツェとかいうキャラクターは何者なんだ。話の内容からして、絶対にまともなキャラじゃないよな。


「中に入りたいんかね」


「どうだろうね……ま、良いんじゃない」


 良くないわ。早くここを開けろ。そして、先生にいかりの八重歯(やえば)をくらわしてやる。


「しょうがねーな」


 師匠が携帯ゲーム機を机の上に置いてこちらに向かってくる。

 師匠はベランダの前にやってきて窓を開け、そこから顔を外に突き出した。僕はその隙間(すきま)から中に入っていく。


「おーい、男女(おとこおんな)ちゃーん」


 違わい。今ので確定した。ベルクダッツェはまともなキャラじゃない。


「あーれー、見当たらねーな」


「早く開けないから行っちゃったんじゃね」


 バーカ、僕はもう中に入りましたー。まぬけな奴め。


「ま、別に良いか」


 く、くやしい。覚えていろよ。

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