タルタル
先生が硬直していると、桃香はその横を通り過ぎて師匠に近付いていく。
「そのフレーム、よく似合ってるよ。こちらの方はお友達」
モモカは先生の方を振り向く。モモカは師匠のことしか見ていなかったようだ。まだ間に合う。なんとか乗り切ってくれ。
「え、ああ、そいつは俺の従兄弟のルイ……リュージだよ」
先生はそっぽを向いている。
「こんにちは、リュージさん」
モモカに背を向けたままで先生はお辞儀をする。お前はなにをやってるんだ……と本来ならツッコミたいところだけど、今回は仕方あるまい。
「私、遼一くんのクラスメイトで、中谷桃香って言います」
先生はぺこぺこしながら軽く手を上げる。
「そいつ、極度の人見知りなんだ。悪気はないんだ。気にしないで」
「ごめんなさい。私、お邪魔しちゃったみたいだね」
「そ、そんなことないよな。な、リュージ……え、なに、お腹が痛くなってきたって。それは大変だ。早くトイレに行ってこい」
先生はお腹を抱えて小走りでどこかに消えていった。もちろん、これは演技だろう。
「気を遣わせちゃったかな」
「違うよ。あいつ、女の子が苦手なんだよ。きっと」
「やっぱり私のせいじゃない」
「大丈夫だよ。桃香ちゃんはなんも悪くないから」
当たり前だ。なにか不都合なことがあっても、それは全て遼一たちの責任だ。
「そうかなー。……私も用事があるから、もう行くね」
「あ、そっか」
「明日、楽しみにしてるね。その時にまた色々と話そ」
「う、うん」
モモカは微笑みを絶やさずに立ち去っていく。あー、もう、こういうところが可愛らしいな。性格の良さがにじみ出てるよ。それに対して、手を振る遼一はどこか寂しげだ。もっと話していたかったのがよく分かる。
「さーて、メガネ選ぶかー」
無理して気持ちを切り替えようとしてるのがバレバレだな。
先生がきょろきょろと辺りを見回しながらこっちに向かってきた。
「桃香ちゃんは行ったのか」
とっくに帰っとるわ。
「おう、これなんてどうだ」
師匠はメガネをかけて先生の方を見る。
「おー、良いじゃん。なかなか似合ってんじゃん」
「じゃあ、これにするか」
「もっと他のも見よーぜ。桃香ちゃんとなんかあったのか」
「なんもなかったからテンション下がってんだよ」
「またまたー。そんなこと言っちゃって」
「お前がトイレに行った後、すぐに行っちゃったんだよ」
「あ、そうなんだ」
「お前が戻ってくるの遅いから、ほとんどのフレームはもう見たんだよ」
「……そっか」
「じゃあ、これな」
師匠はメガネを外し、それを持って店員のところに行く。今度はトイレから戻ってきた方の遼一が寂しげな表情をする。気持ちは分からなくもないけど繊細な奴だな。
二人の遼一と文華が揃って、まぬけな面をしてくつろいでいるのが見える。そこには人々の歓声がBGMのように流れている。この時代はまだ娯楽が充実していなかったんだな。余暇があってもテレビを見て過ごすしか選択肢がないようだ。
「遼一、これ混ぜてくれる」
奥から遼子の声が聞こえる。なにか手伝ってもらいたいようだ。
遼一たちは顔を見合わせる。そして、片方が自分の太股の辺りを指差す。こっちは赤いリストバンドをはめているから師匠だな。師匠の股座には文華がキレイに納まっている。しかし、先生の方には誰もいない。
文華がいて動けないからお前が行け、師匠はそう言いたいのだろう。先生は師匠の意図を理解し、腰を上げて奥に向かう。
「そこに器があるでしょ。それを混ぜておいて」
先生はテーブルの上に置かれていた器を手に取ると、それを面倒くさそうにかき混ぜた。




