ウィンドウショッピング
遼一たちはブランコを囲う手すりに腰掛けている。ここは遼一たちが初めて出会った場所だ。
日中にも関わらず陽の光は地面には届かない。周りに生い茂る木々がそれを遮っているからだ。適度に涼しく保たれていて人気は少ない。しかし、淋しいといった感じはせず、むしろ、そこにいると心が落ち着くようだ。当時の日本が一部の人々から『神の国』なんて言われていたのも今なら納得できる気がする。
僕の時代にもこういった場所は残されているが、この時代とは雰囲気が大分変わってしまっている。木々はちゃんと手入れがされていてキレイなんだけど、どこか落ち着かないんだよね。こんな風に無作為に生えている方が自然な感じがする。
「――昨日話したとおり、先生は美矩のデートを頼むよ」
「分かってるよ。途中の交換はなしなんだろ」
「そうだな、同じ映画を観ることになったんだ。それだけ危険性が増すからな……大丈夫か」
「大丈夫だって、元の世界に戻ったら楽しませてもらうから」
「あ、そうだったな。これが終わったら帰るんだよな」
「当たり前だろ。ずっと家の中にいるってのは想像以上に退屈なんだからな」
「……そうか、なんか寂しくなるな」
「ま、俺がいなくなっても桃香ちゃんと美矩と仲良くやってくれ」
「それはお前もだろ」
二人は談笑を交わしながらお互いの肩を軽く叩き合う。……にしても、こいつらはなにも分かってないんだな。ま、すぐに分かるだろうから別に良いか。今は二人のデートが上手くいくことを祈ろう。こいつらの味方をするわけではないけど、モモカとミクはなんも悪くないからな。
「……服なんだけどさ」
「あー、お前がお気に入りの奴を着て行って良いよ」
「お、そうか。悪いな」
「まあ、美矩とはデート……というよりも息抜きって感じだからな。そんなに気合入れる必要もないだろ。それよりも桃香ちゃんとの初デートなんだ。ばっちり頼むぜ」
「お前、まだそんなこと言ってるのかよ。美矩はそんな風には思ってないと思うぜ」
「はいはい、分かったって。……あとさ、やっぱ、軽く変装しといた方が良くね」
「そうだけどさー、変装するったってなにをどうするんだよ。……サングラスでも付けんのか。そっちの方が反って目立つってことになったんじゃん」
「いや、そんな大げさなもんじゃなくてさ。例えば、片方がメガネをするとか」
「あー、伊達ねー。悪くないかもな」
「だろ。問題はどっちがするかだな」
「俺、そういうの好きじゃないんだよね。ここは言いだしっぺの先生がするってことで」
「いやいやいや、ここは公平にいきましょうよ」
「えー……まあ、良いか。じゃ、いきますか」
二人は手すりから降りると、右手を後ろに引いて身構える。なにかを始めるようだ。この光景には見覚えがあるが、まさかあれではないだろう。この二人もそんなにバカではないはず……。
「じゃっきちょ」
辺りを静寂が包み込む。二人は拳を出し合って静止したままだ。
「……うん。とりあえず、家に帰ろっか」
「そうだな。母さんに言えば、伊達メガネ代もくれるかもしれないし」
今の出来事はなかったことにするようだ。二人は突き出していた拳を元に戻すと、その場をわざとらしく立ち去っていった。
見ているこっちも恥ずかしいんだ。僕も今のはなかったことにしといてやろう。
僕は今、杉山家の近くにあるデパートという当時の人が買物をする場所に来ている。昔の人はここで買物をしていたのか。僕はなにも用がないんだけどね。遼一たちは明日のデートのために伊達メガネを買うようだ。ちなみに、なにも買わないのにお店を見て回ることを『ウィンドウショッピング』というらしい。この『ウィンドウショッピング』という言葉とその意味を知ったときは昔の人の思考がまるで分からなかったが、こうやってお店の中を歩いてみると昔の人の気持ちも分かるかもしれない。
店内には様々なイルミネーションが施され、愉快なBGMが延々(えんえん)と流されている。この陽気な空間にいるだけ心が弾んでしまうようだ。たしかに僕の時代はこの時代よりも便利で豊かな社会ではあるが、こういった娯楽性は昔の方が優れているかもしれない。今は夏物を売り出しているらしい。まだ夏には早い気がするけれど、夏になってから売り出したんじゃ間に合わないもんね。こういう風に、室内なのに季節を感じられるなんて、なんだか不思議な感じだな。
「お、あったぞ。ここで良いんじゃねーか」
師匠が手を向けた先にあるのはメガネ屋だった。二人はそこに入っていく。
先生は入念にメガネを選び始めるが、師匠は適当にながめているだけだ。
先生は手に取ったメガネをかけ、それを近くにある鏡の前に行って確認する。それを何度か繰り返すと、なにかに気が付いて師匠を呼ぶ。
「おお、どうした。良いのあったか」
先生はやって来た師匠にメガネをかけさせる。
「おいおい、メガネをかけるのはお前の方だろ」
先生はその呼びかけを無視して師匠のメガネを取り替える。
「聞いてんのかよ。お前がかけるメガネなんだから、俺がかけたって……あ、そういうことか」
それ以降の師匠は黙ってメガネをかけさせられていた。
なるほどね、どちらも同じ顔をしているわけだから、もう一人の方にメガネをかけさせれば、鏡で見るよりも客観的に自分の姿を見ることできるのか。遼一のくせに変なところは賢いのな。
「あれー、遼一くんだよね。良一君も目が悪かったの」
ん、聞き覚えがある声だな。メガネをかけた師匠はその目を丸くさせている。
「おい、絶対に振り返るなよ。適当にやり過ごすから」
師匠が小声で伝えるが、先生は思わず振り向いてしまう。先生が振り向いた先には色白で少しふっくらとした女の子が立っていた。




