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文華がこちらに戻ってくる。朝食を食べ終えたようだ。そして、アゴを前に突き出してある物をじっと見つめている。そこまで文華を熱心にさせている物、それはテレビだ。ここまできたら宗教と言わざるを得ない。そう、当時の人々はテレビ教という宗教に侵されていたのだ。……どこかで聞いたフレーズだな。
「私ね、あれから考えたんだけど……私も新都心に行くわ」
「いやいや、来なくて良いよ」
「やめてよ、恥ずかしいから」
遼子も食べ終えているが遼一たちはまだのようだ。
「でもね、こうなったのには私にも責任があるじゃない」
「まあ、そうとも言えるか」
「だからって来るなよ。クラスの連中にバレたら笑われちまうよ」
「本当に大丈夫なの。そのモモカちゃんっていう子とも同じ映画を観に行くんでしょう」
「そうだけどさ」
「なんとかなるって」
「私、心配だわ」
「お前が言うな」
遼一たちは同時に声を発する。
「母親に向かって『お前』はないでしょー。私はあなたたちのことを思ってやったのよ」
「そのお節介のせいで、こっちはえらい迷惑だよ」
「その通り」
「だから、私も一緒に行くって言ってるんじゃない」
「母さんがいたら余計大変だよ」
「その通り」
「あなたは『その通り』しか言えないの」
「……」
「その通り」
「もう良い。二人でなんとかするのよ」
遼子は呆れたように言い放って食器を片付け始める。まあ、このことに関しては遼一たちが正しいと思うけどね。
「でも、対策はしておいた方が良いよな」
「対策ってなんだよ。もう、どうしようもないじゃん」
「例えばさ、トランシーバーみたいな物を持ち歩くとか」
「トランシーバーなんて持ってないじゃん」
「そこはさ、ケータイで代用すればいけるやろ」
「あ、なるほどね」
「お前、ケータイは持ってきてるだろ」
「いやー……それがさ、なんか壊れちゃったみたいなんだよね」
「えー、どんだけ乱暴に扱ってたんだよ。電池切れじゃねーのか」
「うーん、充電はしてみたんだけどね。全然反応しないんだわ」
「マジかー。それはいつからよ」
「んー、こっちの世界に来てすぐにだな」
「あー、気が付いたら道路で寝てたんだっけ」
「まあ、そんなところだな」
「そん時にやっちまったか」
「多分な」
時空のゆがみに取り込まれた時に先生の携帯電話は故障してしまったんだな。それもそのはずだ。時空間移動をする時は専用の保護を施さないと電子機器の類は故障してしまうのだ。だけど、保護が施されていたところで通信機器を過去の世界で使うことはできないんだけどね。過去の世界で未来から持ってきた携帯電話を使うと、オリジナルの携帯電話も使えなくなることも考えられる。携帯電話のような個々が識別されている通信機器は、オリジナルと分身で相互干渉して誤作動を起こしてしまうのだ。
遼子が勢い良くテーブルの上になにかを置く。そして、遼子がその手をどけて台所に戻っていくと、そこには遼子の物と思われる携帯電話が置かれていた。
遼一たちはそれを見ると、お互いに顔を見合わせる。
「明日は使う予定はないと思うから」
遼子の口調は冷たいが、これは携帯電話を貸してくれるという意味で合っているだろう。
「いやー、やっぱり、持つべきものは良き母ですな、先生」
「その通りですな、師匠」
遼子が無表情で皿洗いをしているところに遼一たちが近付く。
「ささ、姫はあちらでくつろいでいてください」
「後は僕らに任して」
師匠は遼子をこちらに案内し、先生は遼子が手にしているスポンジを手に取る。
「姫はこちらでゆっくりしていてください」
遼子は胸の辺りに手を持ち上げたままぽかんとしている。そこには白い泡がついたままだ。
「おい、メイド。姫におしぼりをお持ちしろ」
先生が奥から飛んでくると、遼子の前でひざまずく。そして、その頭上におしぼりを掲げる。
師匠は遼子の背後に回り、その肩をもみはじめる。
調子の良い奴だなー。でも、こういう奴が出世するんだよな。




