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黒幕

 今日の勉強会はもう終わるようだ。二人は(つくえ)の上を片付けている。


「あの、明後日のことなんだけどね」


「おー、参考書買うんだよな」


「その後のことなんだけど」


 ミクはなんだか照れているようだ。照れてる姿も可愛いな、おい。


「フードコートで勉強するんだろ」


「うん、そうなんだけどね。お母さんがね、遼一くんにはお世話になってるからって」


 ミクが小さな紙っぺらのような物を取り出す。


「知り合いの人にもらったんだって。お母さん、映画とか観ないから」


「え、映画か……」


  ミクが持っている紙っぺらは映画のチケットらしい。……ったくなにを困ってんだよ。モテる男はつらいねぇ。


「あれ、遼一、映画好きだったよね」


「う、うん……好きだな」


「良かったー……あ、もしかして、最近観に行っちゃったとか」


「いや、まだ(・・)……観に行ってないよ」


 あ、そうだよ。モモカとのデートも映画に行くんだよな。おいおい、大丈夫なのかよ。


「勉強はしなくて大丈夫なのか」


「うん。お母さんがたまには息抜きしても良いだろうって」


「そうだな、息抜きは大事だ」


 遼一の顔は引きつっている。


「私と行くの……嫌」


「い、嫌なわけね、ねーじゃん。むしろ(うれ)しいぐらいだよ。こんな可愛い子と映画を観に行けるんだからな」


「本当。私……そんなに可愛いかな」


 ミクは顔を赤らめている。おいおい、そんなこと言って良いのか。それがウソではないのは分かるけど引き返せなくなるぞ。


「見た目はな」


「え、それじゃ私の性格が悪いみたいじゃん」


「せ、性格は普通だよ」


「なにそれー……でも、ま、許してやるか」


 遼一は回避(かいひ)能力たけーな。


「それで、美矩は何が観たいんだ」


 そうだ、何を観るかによっては、モモカとのデートと被らないはずだ。


「んー、私はね……ローズブラックが観たいなー」


「……そうだよな。若い子が好きそうなのはそれぐらいだもん」


 遼一は浮かない顔をしている。どうやらモモカと被ってしまったらしい。


「あ、もしかして興味ない感じ」


「いやー、俺もちょうど観に行きたいなーって思ってたんだよね」


「本当。じゃあ、ローズブラックで決まりだね」


 ミクの(ひとみ)(まぶ)しく輝くが、それとは対照的に遼一の目は死んでいた。



 遼一家の一階では家族会議が行われている。――と言っても、その面子(めんつ)は遼子と二人の遼一がいるだけだ。


「おいおいー、それはまずいでしょー」


「そんなこと言われても……」


 遼子は目を閉じて考え事をしているようだ。


「いやいや、だって、美矩の相手をしたのはルイジー先生じゃん」


「そうだけどさ……じゃあ、もしもだよ、お前が同じ立場だったとしたら断れるのかよ」


「断れ……ないだろうね。だって、美矩がしょげてる姿なんて見てられないじゃん」


「ほらー。だから、お前も同罪だからな」


 いや、その理屈はおかしい。


「あんた達、美矩ちゃんという子がいながら、他の女の子にうつつを抜かしてたのね」


 ずっと黙っていた遼子が口を開いたようだ。


「え……どういう意味だよ」


「別に誰と遊びに行こうが俺の勝手だろ」


「私はてっきりね、美矩ちゃんと部屋でよろしくやってるもんだと思ってたのよ」


 え、今の発言はダメ……だよね。


「母さん、それはいくらなんでも」


「息子のことをなんだと思ってるんだよ」


 遼一たちも僕と同じ意見だったようだ。


「母さんが若いときはね、周りの目を盗んでは家庭教師の人とよろしくやってたものよ」


 そんなこと誰も聞いてないよ。急にどうしたんだよ。遼一たちも戸惑(とまど)ってるじゃねーか。


「そういうのを聞かされてもな……」


「親父が聞いたら悲しむよ」


「なに言ってるの。その家庭教師がパパなのよ」


 遼一たちはどう反応して良いか困っている。それもそうだろう、誰も自分の両親の馴初(なれそ)めの話なんて聞きたくはないものだよ。


「だからね、私は遼一と美矩ちゃんもそういう関係なのだとばかりね」


「それはダメでしょ」


「美矩の母親もびっくりだよ」


 遼一の言うとおりだ。自分の娘が勉強をしに行ってると思ったら、裏でそんなことをされてたら(たま)ったもんじゃねーよ。


「違うのよ。美矩ちゃんのお母さんとそういう話をしてたの」


 ほぼ同時に遼一たちが遼子の顔を確認する。それは僕も例外ではなかった。


「それでね。遼一は映画が好きだからね、私が美矩ちゃんのお母さんに映画の無料観賞券をあげたのよ」


「お前だったのか」


 僕と二人の遼一がこれ程までにキレイにハモったのは後にも先にもこの時だけだ。



 すりガラスの向こうでは師匠が湯船(ゆぶね)()かり、先生は身体を洗っているようだ。

 しかし、遼一の分身(ダブル)が現れてからそんなに経っていないはずのに、こいつらの適応力はなんなんだろう。


「良ーい湯だな」


「あははん」


 湯船に浸かっている師匠がリズムを取ると、身体を洗っている先生がそれに続く。


「良ーい湯だな」


「ふふふん」


 二人の(かな)でるハーモニーは早くも終わりを()げてしまった。


「……続きは」


「お前はこの先の歌詞知ってんのかよ」


「知らん」


 あ、なんかの歌だったのね。また、遼一のオリジナルソングかと思ったよ。


「じゃあ、そういうことだ」


「……なんかないかね」


「うーん、カエルの歌とかか」


「カエルの歌とか誰とでもできんじゃん」


「もっと難易度(なんいど)の高い奴だよな」


 なんの話をしているのかよく分からんな。なにかに挑戦しようとしてるのは分かるんだけど……。


「……宿題だな」


「だな。じゃ、交代してくれ」


 遼一たちは自分たちの場所を入れ替える。そして、師匠は先生に声をかける。


「なあ」


「んー、どうしたー」


 頭の上で泡を立てながら師匠が口を開く。


「悪いな」


「なにがだい」


「んー、桃香ちゃんとのデートがさ」


「そうかー。ま、美矩と一緒にいるのも楽しいから」


「強がるなよ」


「やっぱ分かるか」


「あんなに楽しみにしてたじゃねーか」


「元々は一人だったんだもんな。分からない方がおかしいか」


「……美矩って俺のことが好きなのかな」


「え、お前のことを」


「ごめん、俺たち(・・)


「そうなのか。考えたことないな」


「だって、映画に誘われたんだろ」


「あれは母さんが仕組んだんじゃねーか」


「いや、母さんは映画のチケットを用意しただけだろ」


「それを小母(おば)さんが受け取って美矩に渡したみたいだな」


「それで美矩は俺たちを誘ったんだろ」


「だから、それは小母さんがそうさせたんだろ」


「でもさ、そうさせようとしたところでだよ、美矩が別にいいやってなれば終わりだろ」


「ちょうど観たかったとか、ローズブラック」


「そんなら他の人を誘えば良いじゃん」


「そこはやっぱ、小母さんが俺を誘えって言ったんだろ」


「でも、俺たちのことを良く思ってないと従わないんじゃね」


「……まあ、母親に言われたからっていうのは美矩らしくないかもな。納得できないと(ゆず)らないところがあるし」


「だろー。どんな感じだったのよ」


「どんな感じってなにが」


「美矩がどんな風に誘ってきたのか聞いてんだよ」


 先生はまじめな顔をして答える。


「……照れてたな」


「はい、きました。フラグがビンビンですわ」


「ちょ、なんでそうなんだよ」


「それで、お前は誘いを受けたんだろ。そのときはどんな感じだったのよ」


「喜んでた……と思う」


「それは絶対に脈アリでしょ。いやー、モテる男は違うね」


「いや、お前も含まれてるだろ」


「ルイジー大先生には(かな)わないですよ。美矩のことは頼みましたぞ、先生」


「そういうことか」


 先生は湯船に浸かっていた体を立ち上がらせると、大事な物を(あらわ)にしたままで師匠の体に(つか)みかかっていく。そう、先生のあれは僕に丸見えだ。そして、それに応じた師匠のあれは僕に申し訳なさそうにお辞儀(じぎ)をする。透視(とうし)スコープ万歳(ばんざい)

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