コミュ力
遼一の机で勉強をするミクの姿が見える。遼一はその傍らで漫画雑誌を読んでいるだけだ。こんな奴がミクの勉強を教えてて良いのだろうか。遼一がいない方が勉強がはかどるんじゃないだろうか。しかし、ミクが自分でそうしているのだ。僕にはどうすることもできない。
「遼一、終わったよー」
「お、そうかそうか。じゃあ、答え合わせをしてやろう」
なんか偉そうだけど、お前は大したことしてないだろ。
「ぉおん、ごごが間違ってるみたいだミャー」
遼一が問題集をミクに返す。ど、どうした。ひどい濁声たぞ。
「それ、似てないよ」
「ミーはー……」
遼一が咳き込む。
「今日は調子が悪いみたいだな。にしても、よく知ってるね」
「ミャーちゅうでしょ。ふーちゃんと一緒に見たもん」
「ネコミミフードを被ったネズミの怪物な」
「あー、あれって帽子だったんだ……って怪物じゃないでしょ」
「あのガラガラ声はどう考えても怪物だろ。知ってるか、ミャーちゅうがネコの格好をしてる理由」
「え、さあ?」
ミクは問題集をやりながら遼一の相手をしているようだ。器用な子だね……ってか遼一はちょっと黙ってろよ。
「ネコの気持ちを理解したいからなんだってさ。優しい奴だよな、ミャーちゅう」
「なにそれ、遼一の脳内設定」
「ちげーよ、公式設定だから。番組のホームページにも書いてあるぞ」
ミクは目を半開きにして遼一のことを見つめる。
「な、なんだよ、その目は」
「別にー」
「あ、でもさ、ミャーちゅうだって分かったんなら似てるってことじゃね」
「似てないし。ふみちゃんが、にーにがミャーちゅうの物真似をするんだけど全然似てない……って言ってたの」
「え、うそ。ふーちゃん、そんなこと言ってたの」
「そ、そうだけど」
「俺の前ではそっくりーって騒いでたのに」
「……女なんてそんなもんだよ」
「うわー、美矩と話してると女性不信になりそうだわ」
「……これで合ってるかなー」
ミクが遼一に問題集を見せる。遼一に間違っていると指摘された箇所を解き直していたようだ。
「いや、間違ってますね」
「え、うそー。計算は間違ってないと思うんだけど」
「使う公式が違うんだよ」
遼一がテキストを広げる。
「こことここが平行だなんてどこにも書いてないだろ。こういう時はこっちの公式を使うの」
ミクは遼一の説明を素直に聞いているようだ。ふーん、ちゃんと先生してるんだ。
「じゃ、もう一回やって」
「遼一先生の説明で分かったから大丈夫だって」
「いや、それじゃダメなんです。自分でやって覚えないと、テストの時に出てこないから」
「面倒くさいなー」
「美矩、俺はお前のためを思って言ってるんだぞ。俺はそれでダメだったんだから」
「あ、それは説得力あるね」
「だろ。俺って理解力があるからさー、学校の授業だけで理解できちゃうわけよ。それで家で復習することなんてないからさ、分かってるのに出てこないってことがよくあってさ。これはあの時やった奴だってのは分かるのよ。だけどさ――」
ミクは問題集をやり直しているようだ。遼一の話は相づちを打っているだけで聞いていない。要領の良い子だなー。こうして見ると、吊り合っているように見える。でも、遼一はモモカが好きなんだよな。モモカも満更ではなさそうだったし……。くそー、僕は誰を応援すれば良いんだよ。
「忍法、ジェットタオルでごぞる」
どこかから遼一の声が聞こえてくる。
「あれ、今、下から遼一の声がしなかった」
「え、いやー、気のせいだろ」
「そうかなー……ほら、今も聞こえるじゃん」
文華がはしゃぐ声に雑じって聞こえるのは確かに遼一の声だ。 あのバカが。声が大き過ぎてこっちにまで聞こえてるんだよ。
「こ、これは親父の声だよ」
「あ、そういえば、テレビ電話買ったって言ってたもんね」
「え、そうだっけ」
なにをすっ呆けてんだよ。テレビ電話を買ったって言い出したのはお前だろ。それがウソでも今朝言ったことぐらいは覚えてお……あ、こいつは家に残ってた方の遼一か。
「朝言ってたじゃん。テレビ電話でお父さんと話してたって」
「あいつ、そんなこと……あ、言った。忘れてたわ」
「え、今なんか言いかけなかった」
「いや、なんにも言ってませんよ」
ややこしいな。片方が言ったことをもう片方は把握していないんだ。まあ、当たり前のことなんだけどさ。
「ふーん……遼一、最近、なんか変だよね」
「え、俺が……どこが」
「なんとなく」
ミクは申し訳なさそうに俯いて問題集をやっている。
遼一はその横で暇そうにしているだけだ。
「私……迷惑かな」
「え、迷惑ってなにが」
「だから、こうやって勉強見てもらったり。それに、よく遊びに来てるし」
「いやー、ちゃんとその分のお小遣いはもらってるしな。……家に遊びに来るったって俺はいない時だし」
「私のこと嫌じゃない」
ミクの表情はどこか寂しげだ。どうしたんだよ。遼一にこんなに可愛い子が懐いてること自体が勿体ないぐらいだよ。
「まー、面倒くさいっちゃー面倒くさいかもな」
「シャー」
おっと、いけね。思わず声が出ちゃったよ。
「今、なんか聞こえなかったか」
「あー……ネコじゃない?」
「あ、あいつが来てるんかな」
「ん、あいつって誰のこと」
「あー……ベル。最近、家に来るみたいなんだ」
まずいな。さっきのが聞こえちゃったらしい。隠密モードにしておこう。これなら見つかることはない。
「ネコちゃんが遼一の家に来てるんだ」
「そうみたいなんだよねー。母さんが餌付けしてるらしい」
「遼子さんも遼一も動物が好きだよね」
ミクの表情が少し明るくなる。うん、そっちの方が可愛いよ。
「俺は別に好きじゃねーよ」
「だって、詳しいじゃん」
「あー……まあ、学術的には興味があるかもな」
「なに格好つけちゃってんの」
「うるせー、お前が聞いたんだろうが」
「ごめん」
ミクの手が止まる。
「いや、俺も言い過ぎたよ」
「私って面倒くさいよね」
あーあ、遼一がさっき言ったこと気にしてるじゃん。バカ遼一が。
「いや、違うって。面倒くさいってのは勉強を見ることに対してで、美矩のことを面倒くさいだなんて思ってないよ」
遼一は言い訳が上手いな。
「本当。私のこと嫌じゃない」
ミクが遼一を見つめる。
「嫌だったら、面倒くさいこともできないよ」
「そっか……そうだよね」
「終わったのか」
「あと、もうちょっとだね」
ミクは問題集の方に視線を戻す。ミクが遼一に気があるのは確定だな。それと、遼一が生意気にもコミュニケーションスキルが高いことが分かった。この女たらしめ。




