メシア
先生は部屋で勉強か。こっちは退屈そうだから師匠の方に行くか。
遼一の家の前に制服を着た女の子が立っている。遼一の学校のものではないな。
玄関が開くと中から制服を着た遼一が出てくる。
「おい、早くしないと遅刻するよ」
「わりぃな……ってお前はまだ大丈夫だろ」
「私が(・・)なんて一言も言ってないし。早く行こう」
「意味分かんない奴だな。勝手に行けば良いだろう」
遼一を待っていたのはミクだった。二人は早歩きで進んでいく。
今日だけって感じじゃないな。話の内容からしてミクが遼一の登校時間に合わせているようだ。
うーん、どうなんだろうな。やっぱり、ミクは遼一に気があるとしか思えん。だとしたら、遼一はなんて鈍い奴なんだ。
「今日は遼一のお父さんが帰ってきてるの」
「え、なんで親父が」
「さっき、お父さんと盛り上がってなかった」
「いや、そんなはずは……あ」
ミクが言っているのはマリモブラザーズのことだろう。たしかに声が大きかったかもしれない。それが外に漏れていたんだろう。
「……家な、テレビ電話を買ったんだよ」
「あー、それでお父さんと話してたんだ。ふみちゃんも寂しいだろうしね」
「そ、そうなんだよ。文華がどうしても親父と話したいって騒いでさ」
「そうなんだー。電話だけじゃ物足りなかったのかな」
「やっぱなー、人間は顔を見て話さないとダメなんだな」
「ふーん、遼一さ……なんか隠してない」
「え、俺が……いや、それは無理じゃないかなー」
「そっか、遼一は嘘つくの下手だもんね」
ミクって子は勘が良いらしい。……僕も気をつけないとな。
「じゃ、またね。比嘉さんによろしくね」
「お、おう。お前も勉強頑張ってな」
ミクは遼一の方を向いてさわやかに微笑み、遼一とは別の方向に歩いていった。
僕が歩いている道路には遼一と同じ制服の人たちが溢れている。そして、遼一がいるのはその最後尾だ。
何かが勢いよくこちらに向かってきている。敵か。
僕が後ろを振り向くのと同時にそいつは僕の横を通り過ぎていった。
「おー、遼一ぃ……大丈夫かー。俺は先に行くぜー」
「こら、俺と代われー」
自転車に乗ったそいつは腰を上げ、そのケツを叩く仕草をする。憎たらしいガキめ。後でそのケツにひっさつ八重歯をくらわしてやる。
遼一は小走りで学校の中に入っていく。頑張れ、遼一。
遼一が教室に着くと、ほとんどの生徒がそこに揃っているようだった。
「今日は間に合ったなー」
クラスメイトの一人が遼一をからかう。遼一に挑発してた奴はすました顔で席に着いている。
さっきのはやはりユージだったか。遼一とはよく一緒にいるみたいだから、隙を見て攻撃してやろう。
「遼一はなんで家を出るのが遅くなるんだっけ」
さっきの奴がなんか言ってるな。
「妹と戯れてるからだとよ」
「勇示、てめー」
遼一が顔を真っ赤にしてユージの席に向かっていく。
……遼一ってこういう位置づけだったんだ。
遼一がユージとじゃれ合っている。いや、遼一にはそんなつもりはないんだろうけど、体格に差があって軽くあしらわれてしまっている。
りょ、遼一、もう止めてくれ。見てるこっちがつらくなってくるよ。
「皆、席に着いてー」
女の子の声が教室内に響き渡る。
遼一たちが騒いでいたせいで聞き取れなかったが、始業ベルが鳴っていたらしい。
「おい、早く席に着けよ。ロリコン兄貴」
また誰かが遼一をバカにしている。何人かはその様子を見て含み笑いを浮かべている。
遼一、お願いだからもう止めてくれ。僕はもう見ていられないよ……。
「遼一くん、今日は何か持ってきたの」
僕が遼一から目を背けていると、さっきの女の子の声が聞こえてくる。
「え、いや、今日も続きを読ませてもらおうと……」
「じゃ、これ、遼一くんの机の上に置いておくね」
その子が声を発すると教室内は静まっていった。め、救世主だ。
僕からもお礼を言わしてくれ。今の子は誰なんだ。
「おいおい、妹が嫉妬するぞー」
どこかから野次が飛んでくる。すると、遼一の机に一冊の本を置いて自分の席に戻っていった女の子の顔が赤みを帯びていった。
また、何人かが含み笑いをしている。そして、遼一の顔も赤く染まったままだ。




