宇宙を駆ける
先生がクローゼットを開けると、そこにはひざを抱えるようにして携帯ゲームをする師匠の姿があった。
「おー、終わったかー」
「終わりましたよー」
「お前も物好きだなー。自分から美矩の勉強を引き受けるなんてな」
「うん、ちょっと事情があってな」
「なんだよ事情って」
「大した事じゃないから気にすんな」
「ほー……ま、良いか」
「お前さ、本当に夕飯食わなくて大丈夫なん」
「俺か……うーん、こっちも色々とあるのさ」
「え、学校でなんかあったのか。そういえば、母さんもなんか気にしてたぞ」
「それはお前が変だったからだろ」
「そ、そうかもな。で、学校で何があったんだよ」
「ふふふ、気になりますかな」
「もったいつけんなよ」
「ま、そんな大した話じゃないんだけどな。桃香ちゃんもデートは初めてらしいぜ」
「うおっ、マジかよー。やっぱりなー、桃香ちゃんは真面目そうだもんなー」
「あ、それとな、勇示が童貞だった」
「うわ、だせー」
お前らも童貞だろうが。
「あいつモテそうなのにな」
「なんかな、今は陸上に恋してんだってよ」
「だせー奴だなー、部活を言い訳にしてんじゃねーよ」
「だよな」
こいつら最低だ。ユージは良い奴だと思うぞ。ま、師匠の方を絞め落としたのはやりすぎだったけどな。
「――風呂は入らないとダメだろー」
「だからといって、二回も入ってたら怪しまれるしなー」
僕の集音マイクが二人が生つばを飲み込む音を拾う。
「べ、別に恥ずかしがることはないよな」
「だ、だよな。いつも見てるわけだし」
二人を妖しい空気が包み込む。お、お前ら何を考えてるんだ。バカな考えは止めるんだー。
「あ、カーテンが……」
師匠がこちらに向かってくる。そして、窓の外を見回してカーテンを閉める。
逆に気持ち悪いわっ。でも、これじゃ中の様子が分からないな。透視スコープを使おう。
……僕もなんでそこまでして覗こうとしてんだよっ。
もう寝ようっ。二人がどうやって風呂に入るかなんて調査しなくても大丈夫なはずだ。
僕の高鳴った鼓動は治まることを知らない。暗闇に閉ざされた住宅地には虫の音が程よく鳴り響き、それは僕の鼓膜を優しく震わせる。しかし、その心地よい音色に僕は気が付かくことができないでいる。それを僕の心の代弁者が熱く脈打って邪魔しているからだ。……やかましいわー。遼一たちが気になって全然眠れん。
こういうのは精神衛生上良くないな。気になるもんは仕方ない。
これは僕の快眠のためだ。別に僕がそういうのに興味があるわけじゃない。それに、入浴中に何かトラブルが起きることだって考えられる。そ、そうさ、これは仕事なんだ。何もやましくはない。やましいものがあるとしたら、それは僕の気持……ちっがーう。僕はそういうのには全く興味ないからね。
とりあえず、遼一たちの様子を見よう。カーテンがあるからね、透視スコープを使わないといけない。しかし、このネーミングセンスはいかがなもんだろう。『透視』ってなんか卑猥だろ。別にそういうつもりじゃないのに……って二人ともいなくなってるじゃねーか。くそっ、ちんたらしてたら見逃してしまったか。いや、まだだ、まだ終わらんよ。遼一たちは風呂場にいるはずだ。先を急ごう。
くそっ、風呂場はどこだ。こうしてる間に二人の入浴タイムが終わってしまうかもしれんだろうがー。
あ、あれか。ちょっと高いところにある窓から淡い光が漏れている。
ふ、すりガラスか。お前らはこのスコープが発明された経緯を知らないようだな。こいつにとって、すりガラスの透視は最も得意とするところなんだよ。
おっと、いけねー。覗きをする上で音声ってのはとても重要な要素だ。音声が有るだけで臨場感が増すんだ。
よし、全ての準備は整った。これでお前ら二人は心も身体も素っ裸さ。
「――こ、こうして見ると気持ち悪いな」
「あ、ああ、そうだな。早いところ済ましちゃおうぜ」
ぶほっ、済ますって何をだよー。
「いやー、でも、この風呂に誰かと入るなんて久しぶりだな」
「しかし、こうして見ると狭いんだな」
「あれじゃね。俺たちが大きくなったんじゃね」
「そうかもなー。そういえば、美矩とも風呂に入ってたんだよなー」
「え、お前何言ってんの」
「いやいやいや、入ってただろー。俺が覚えてんだからお前も覚えてるはずだろ」
「おまわりさーん、こいつでーす」
「はあ、ちげーし。お前いい加減にしろよっ」
二人は裸で揉み合う。大事なことなのでもう一度言います。二人は裸で揉み合っています。
「だーっ、分かったよ。俺も覚えてるよ」
「また変なこと言ったら殴るかんな」
「分ーったから、もう言わないって」
「……」
「……」
「でも、美矩も大人っぽくなったよなぁ」
「え、お前、それは……」
片方の遼一が拳を振り上げている。二人とも全裸なので師匠と先生の区別はできない。全裸なので。
「違うって……そ、そうだな。うん、美矩も大人っぽくなったよな」
「……だよなー。あいつ彼氏とかいないんかね」
「どうだろうなー。……いるんじゃね、顔は可愛いし」
「あ、いると思うか」
「いや、そんなこと俺に聞かれても。どうした、美矩のこと気にしてるみたいだけど。さっきなんかあったか」
「いやさ、あいつよく家に来るじゃん」
「そうなー、文華とも仲良いみたいだしな」
「あいつ、学校の友達とは遊ばないんかね」
「あー、それは俺も気になってたな」
「だろ、あんまり友達の話とか聞かないからさ」
「まー、皆、塾とかが一緒の奴とつるむんじゃね」
「あー、そうかもな。美矩は塾に行ってないからな」
「おやっさんのこともあるしな」
「そうだよなー」
な、なんか真面目な話をしてるな。一人で舞い上がってたのが恥ずかしくなってきた。
うーん、話の内容からしてミクのことを気にかけてるのが先生っぽいな。それに、ミクは何か事情を抱えているようだ。ちょっと気になるな。
「――出ようか」
「おー、のぼせそうだぜ」
くそっ、このスコープも壁の向こう側までは透視できないか。……いや、僕は何を熱くなっているんだろう。音声が聞き取れればそれで良いじゃないか。たかが遼一の裸に何を期待していたんだろう。
「ここって狭いよなー……ってかお前もっとそっち行けよ」
「お前が行け。肌が当たると気持ち悪いんだよ」
「気持ち悪いのはお前だから」
ん、なんか足音がしたような。……気のせいかな。
扉が開く音だ。
「遼一、さっきから誰としゃべってるの」
遼子の声だ。……いや、これはまずいだろ。お前らも騒ぎすぎなんだよ。




