神隠しの正体
今回の観察対象はこいつか。ふむふむ、埼玉県在住の高校一年の男子。成績、運動神経、容姿、どれも普通。どこにでもいそうな奴だな。名前は杉山遼一か。ふふ、名前まで平凡なんて逆に面白い奴。そんな青臭いガキがこの日を境に成績が上がっていくのか。ま、原因がなんなのかは想像付くけどね。
時空のゆがみのせいで人間の分身が生まれるのは珍しくないけど、本体と分身が共同生活を送るなんて聞いたことがない。今回の任務は退屈しなさそうで何より。それにしても、よく周りにバレずに生活してたな。
机の上にカレンダーを広げて頭を抱えてるけど何を悩んでるんだ。手には何かを握ってる。あれは、たしか携帯電話だったかな。この時代の通信機器だ。ああやって手で持たないといけないなんて不便だな。――カレンダーになんか書いてあるな。ここからじゃよく見えないから場所を変えよう。
ここからならズームすればいけそうだ。どれどれ、何か分かるかな。
二十四日に印がある。原因はそれかな。他にも印はあるけど、過ぎたことでこんなに悩みはしないだろう。おっと、携帯を操作し始めたぞ。誰かに電話をするんだな。集音マイクに切り替えよう。
「――あ、もしもし。桃香ちゃん、今度の日曜日なんだけどさ。――あ、楽しみだね。それなんだけどね、ううん、そうじゃないんだけど。――そうだね。じゃ、またね」
お、『ももかちゃん』ってのはガールフレンドか。話の内容からしてデートの約束でもしているのかな。お前は何を悩んでるんだ。ぜいたくな奴め。お、また携帯をいじり始めた。また電話するのかな。
「――美矩か。今度の日曜なんだけどさ、他に用事が入っちゃってさ。――いや、違うよ。そういうわけじゃないって。――だあっ、違うって。分かった、そうじゃないよ。うん、大丈夫だから。じゃ、日曜な」
ははーん、さてはダブルブッキングしちゃったな。それに両方とも女の子っぽかったな。二股かけてるなんて最低な奴だな。そんなに顔が整っているわけでもないのに二股なんてすごいな。それとも、この時代はこういうのがモテてたのか。うーん、世の中は分からないものだ。
どこかに行くみたいだ。もうそんな時間か。調書によると、この後、時空の歪みで分身が生まれるらしい。今回のケースはレアだから楽しみだ。
それにしても、こいつはなんなんだ。そんなに落ち込むなら、最初から二股なんてしなければ良いのに。
林の中に行くのか。奥には何があるんだろう。ちょっと先回りするか。
なるほど、ここは神社か。神社といっても神主がいるような規模の大きいものではないようだ。この地の御稲荷様が祀られているのだろう。こういう古来から人の手が加えられていないような場所には奇妙なことが起きやすい。その一つが神隠しだ。といっても、僕の時代では科学的に解明されている現象だ。僕は科学者ではないので詳しい説明はできないが、今まで神隠しとされていた現象は、その全てが時空の歪みが原因なんだ。
自然発生した時空の歪みに人間が取り込まれてしまうと、その人間は元いた時間とは別の時間に飛ばされてしまう。それを僕たちは偶発的時空間移動と呼んでいる。つまり、神隠しとは人間が偶発的に時空の歪みに取り込まれてしまう現象のことなんだ。小さい歪みなら取り込まれることはないんだけど、それが人間の身体よりも大きい時は別。だから、大人よりも子供の方が神隠しにあいやすいんだ。
ここがこいつの憩いの場なのかな。誰もいない場所が落ち着くのは分かる。でも、うらやましいな。僕の時代にはこういう場所は存在しない。似たような場所はいくつかあるけれど、そこにあるのは人工林だ。僕は不自然にきれいな植物が苦手なんだ。
あいつはなんかぶつぶつ言いながら歩いてる。まあ、その内容はだいたい予想がつく。今は観察しないでおいてやろう。一人の空間を邪魔するのも悪いからね。
時間だ。あいつはまだ歩いてるのか、暇な奴め。どこかに時空の歪みがあるはずだ。――あれか。でも、待てよ。このままだとあいつが取り込まれちゃうんじゃないのか。どういうことだ。こいつの分身はあそこから出てくるんじゃないのか。――しまった。もしかしたら、史実を変えてしまったのかもしれない。でも、どうして。いつものようにこの世界との関わりは最小限におさえているはずなのに。どっちにしろ、まずはあいつを助けないと。でも、この身体じゃ無理だ。誰かあいつを止めてくれ、そう思っていると、そいつは僕の背後から飛び出した。ずっとそこにいたのだろうか。僕は気が付かなかった。僕たちに見つからないように隠れていたのか。だけど、なんでそんなことを。
なぞの人影があいつに体当たりをすると、二人はそのまま地面に倒れこんだ。あいつは何が起きたのか分からないようだ。まあ、僕もよく分からないんだけどね。
時空の歪みはもう消えてしまったようだ。でも、僕の背後から急に現れた奴は何者だろう。遼一に覆いかぶさっていた人影が、仰向けに倒れる。ん、どういうことだ。こいつは遼一だ。でも、隣にいるのもたしかに遼一だ。どうやって遼一が二人になったのか分かんないぞ。まずいな、報告書にはなんて書こう。