四月六日 青嵐二
二千二十七年四月六日、午前一時二分、委員棟五階生徒会執務室
「それで、これも要請と言うよりは個人的なお願いになりますが」
然前置きして、彼女は画質のかなり良い航空写真を俺に渡す。写真には何処かの山奥に建つ小さな小屋が木々に隠れるようにして写っている。蔦や砂埃を被せて古く見せているが、小屋自体建てられたのは最近だろう。
「軍から秘密裏に頼まれた依頼なんですけど、どうやらここに工作員がいるらしい。近くの街で反戦活動をしているという話で、ですがそれだけではなくてどうやら学生の失踪事件にも関わっているらしいので…………だから学園の介入が許可されたんですけど」
凛は言って質素堅実な執務机の上に三つ程の資料を並べる。一つは『学園生徒失踪事件調査報告書』、一つは『活動中の工作員リスト』、もう一つは『旅マップ、八王子市』。何故観光案内が混ざっているのかは考え無い事にして、俺は資料には目を遣った丈で手には取らない。
「…………凛、昼休みが終わりそうなんだが、次の講義の準備しても良いか?」
腕組みをして言う。が、彼女は俺の言葉なぞ無視して続けた。
「それでですね、青嵐君に行って貰えないかなと考えているのですが、駄目でしょうか?」
軽く首を傾げて見せる。仕事中だからと長い髪を後ろで一つに結んでいる彼女は、もう夜も遅い為かそれとも最近忙しいからか少し疲れて見えた。それでも陰らない何時も通りの落ち着いた笑顔で俺の顔を見ている。
「お前この前も然言って……………」
「…………駄目、なのかな?」
狡い奴だ。断らないと見透かした上で言っているのではないかと疑いたくなる程、俺には選択肢が無かった。張り詰めているとも言える表情を崩して、素の口調で訊ねられて仕舞うと如何にも仕様が無い。
この学園の前期生徒会長、宮本凛。俺と同学年の七年生で、普通は十年生か十一年生辺りが生徒会長に成るのが恒例のこの学園にしては四年の頃から会長を務める切れ者だ。戦場に於ける的確な判断と指示が買われて、恐らく今期の生徒会長も彼女に為るだろう。対抗馬は居る事には居るが、内輪での話にしか成らないだろう。
然し本人はと言うと、彼女の政治は殆ど暴政だ。如何やら学園の完全自立を目論んでいるらしく、最近は富みに地下の拡張が多い。委員会や部活の企画を広く受け入れつつも何やら裏では危ない事をしているらしい。中々黒い。本人は学園の為を思って遣っている訳だが、使われる俺達の立場からすれば良い迷惑だ。
追記、如何でも良い事かも知れないが、俺は彼女に恋をしてる。だから俺を頼ってくれるのはとても嬉しいが、そこに裏の意味は無いのだろう。凛は仕事には私事は挟まない奴だ。…………今回のは、今回のも、本人曰く“個人的なお願い”なのだが。
「…………分かった分かった、行けば良いんだな」
両手を掲げる。断れる筈が無い。寧ろ俺は喜んで引き受けるべきだろう。頼って貰えるのも今の内かも知れないのだから。と、もう自分には頼らなく成った妹と弟の顔を思い出した。
「詳しい内容は纏めて置きましたので。正門に二時に集合になってるので遅れないで行って下さい」
差し出された薄い書類と机上の資料を受け取った。ぱらぱらと書類を捲って仕事の内容を確認する。俺と彼女しか居ない執務室に、紙を繰る音丈が響く。
如何やら風紀委員その他総勢五人で件の小屋に向かい調査をし、必要であれば工作員と見られる彼等を捕縛すれば良いらしい。詰まり俺は護衛みたいなものか。
「…………ありがとうね、青嵐君」
書類を読みながら頷いていると凛が然言った。彼女は俺を見て、柔らかく微笑む。
それは、彼女に取って自分が特別なのだと錯覚するには十分な笑みで。戦闘中でも無いのに心臓が煩く成った。
「君のおかげで随分助かってるよ。…………そうだ、今度二人でデートでもしようか。いつものお返しに」
「……………………」
………………………………デート?
「おや、険しい顔。私とデートは嫌なのかな?」
「否、嫌とは言わないが、何で、その、…………デート、なんだ?」
軽い混乱と鼓動に内心悪戦苦闘し乍も表面上は大した事も無気に取り繕った。何時も不機嫌そうな顔をしていると言われる俺の事だから、今のも表情に出たとは思えない。声も上擦らず、外からは全くの平静に見えただろう。
まあ、彼女には殆ど判られて仕舞って居る様だが。豪華に質素な執務椅子に腰掛けた儘に此方を見上げて来る彼女の瞳は、隠しすらしない明確な悪戯心が見て取れた。
「私、前から青嵐君とは二人きりで出かけてみたいなと思ってたんだ。いつも仕事で忙しいし、たまにはそういうのもいいかなってね」
然言うのとは如何言うのの事だろう。青春的な意味だろうか。
時計を見てみると集合時間迄後四十分程だった。それ迄に遣る事を遣らねば為るまい。担任に欠席届けを出して、ジャンパーの整備をして、遣る事は意外と多い。早足で執務室を後にしようと背を向けて、それから振り返って言った。
「仕事は確かに任されたから、お前はもう寝ろよ。最近働き過ぎだ」
意外そうな顔で言葉を受け取って、凛は首を傾げて見せる。
「…………心配、してくれてるのかな?」
それには答えずちゃんと寝ろよと繰り返して、俺は執務室を出た。
午前三時二十二分、大岳山中腹
何度も時計を確認しても時間は速くは流れない。寧ろ長く感じる様に思える。幾ら待っても二人が返って来ないが、俺達に今出来る事と言えば此処で只待っている丈だ。
「青嵐クン、少し落ち着いたらどうなんだい? いら立ったって仕方ないよ?」
然言った男を睨む。隣にいるカイトは相変わらず周りを気にしない様子で欠伸をしていた。
短髪の好青年然とした男は、日本古来の妖怪なのだが、見た目は人間と大して変わらず身体能力も高くは無い。唯一頭に生えている獣の耳に似た黒い何かが、此奴を只の人間と区別出来る物だ。
「心を読むなとは言わないが小刀、一つ良いか?」
「そもそもボクは悟妖怪だから、読もうと意識しなくとも分かっちゃうんだけどね。…………ま、それはそうと、なんだい? 大体言いたいことは分かるけども、一応聞いておくよ」
何処か芝居が掛かった態とらしさで生産部酪農科九年生の五口小刀は爽やかに笑う。此方の考えを全て見透かされその上で内心常に馬鹿にされている様な不快感を感じて、俺は鼻を鳴らした。
「何故お前が行かなかった? ドル依りお前の方が適任だと思うが」
風紀委員のドルとリムの二人が、突入する前に小屋の様子を見に行った。既に二十分が経過したのだが未だ帰って来ない。だから俺は少々焦れている訳だ。指揮を取っているのは隣で欠伸をしているカイトなので余り口出しはしないにしろ、心配なのには変わり無い。
抑々《そもそも》あのドルと言う挙動不審な少女が今回の作戦に参加している事の方が驚きなのだが。極度の人間不信且つ対人恐怖症である彼奴が外に出て来て、然も作戦に参加している何て。恐らくあのイェーガーの野郎が何かしら吹き込んだのだろうが。
「別に、特に理由は無いけれど? 強いて言うなら、彼女がやりたいって言ったからだけど、それは理由にはならないね。ボクが行っても良かったんだけど、自分がやりたいと言われたら無理にとは言えないよね」
白々しく小刀は言う。どうせ此奴はドルに録に説明していないに違いない。彼奴は警戒心が強い割に鈍いから、きっと今頃はリムの奴は相当苦労している筈だ。
「何を心配しているのか分からないけど、ほら、カイトクンも今日の夕飯の心配しかしていないんだから、キミが何か気にかけることはないよ。イライラしたっていいことないって、リラックスリラックス」
横目でカイトを見ると、何か考え込んでいる様だ。まさか本当に夕飯に何を食べようかと悩んでいる訳では有るまいが、此奴が作戦に集中していない事は確かだ。それは確かだ。
座り直す。小屋からは見えない位置にある大きな窪みに三人並んで座った状態で小屋な様子を窺いつつ時計を見る。二人が行ってから二十二分三十五秒が経過した。状況は依然変わらない。
「そう言えばさぁ、カイトクン」
彼方此方に気を張っている俺を横に置いて、小刀は特に緊張した様子も見せずにカイトの肩を叩く。一応作戦中だと言うのに余裕なものだ。
「キミ、確かファミリーネームはクラインだったよね。どうしてなのか聞いてもいいかな?」
「…………どうしてって、何がッスか?」
「クラインと一緒なのは偶然なのかって聞いてるんだよ」
クラインとは、学園長の家族であり相棒であり学園の主である蒼竜の事だ。彼女が居たお陰で今の学園が有り、学園長の彼女に関する論文が現在の戦争を引き起こした。だからこそ学園関係者には非常に馴染み深い名前でもある。
カイトは訳が分からないと言う顔で眉を上げて小刀を見る。俺も小刀が何を言っているのか理解出来なかったので怪訝な顔をして見せた。
「……………………一緒って、スペルが全然違うんスけど」
「あれ? 予想外の答え。えっと、それって何か関係あるの?」
溜め息を吐く。これだから日本人はと言外に呆れて見せたのだが、それを分からない筈の無い小刀は然し無視をするように笑っている。
「普通は綴りが違ったら発音も意味も違う。漢字だって読みが同じでも意味の違う言葉何て沢山有るだろうが」
RとLは大違いだ、CとKも大違いだ。日本人は片仮名で考えるから米と虱の違いも分からないと言われるんだ。
「いや、そういう意味じゃなくて、ほら、青嵐クンも学園内にスパイがいるって話聞いてないかな? あれの調査の担当ってボクなんだけど、たしかそのスパイってアメリカのスパイらしいんだよ」
「確かにカイトは亜米利加出身だが、それを言えばお前は何人疑う心算なんだ。それに亜米利加の密偵が亜米利加人とは限ら無ぇだろ」
寧ろ其方の方が確率的には高いと思うのだが。相手に気取られない為には相手の人間を使った方が良い事等何年も前に判っていることじゃないか。
小刀は頷き、カイトを僅かに睨みながら言う。
「アメリカのスパイがアメリカ人じゃない可能性、ね。でも考えてもみてよ。今のアメリカは絶対的と言ってもいいほどの窮地に立たされているんだ」
窮地、だと?
「一寸待て小刀、何時彼奴等が窮地に立たされた。未だに軍の戦力の半分も削れて無いのではないかと言われてると言うのに、亜米利加が窮地に陥っているとは如何言う意味だ」
先の戦闘でも明確に戦果と言える物は無かった。広大な土地を有する亜米利加に取っては機械兵等工場生産可能な戦力等戦力の内にも入らないだろう。協定や常識を全て無視する様な戦闘に、最早同盟国の軍も学園の生徒も厭きている。全ての人達が人種種族関係無く早く戦争何て終われば良いと考えているに違いないのに、それでも終わらないのはあの国が未だに倒れないからだ。
焦る俺の心を見透かした様に小刀は笑って、ひらひらと手を振る。誤魔化す様な馬鹿にしている様な態度で笑う。
「やだなぁ、青嵐クン。連盟国だろうが同盟国だろうが関係なく、重要な情報をもたらすべきスパイをわざわざ他国の人間に任せると思う? むしろ自国のまっとうな人間に一任した方がいい、そうは考えられないかな?」
隣に座るカイトが僅かに身動ぎした。
「それに、アメリカはボクらを排除するという言葉を取り消せないほど進退極まっているはずだよ。じゃなきゃ一枚岩とはとても言えなかったアメリカが、こんなに長く情報統制とか出来るわけがないんだ。そもそもあの国って自由の国なんでしょ?」
何を言っているのかを察して俺は唸る。現在、亜米利加内部の現状や状態等の情報が一切漏れもしていないのは異常だと言える程だ。政府の公式の発表が定期的に在るだけで傍受出来る電波も確認出来ない。
余りにも徹底され過ぎた統制は何処か違和感が有る。その違和感が疑念に成り、誰もがあの国に疑いを抱いている。例えば、既に亜米利加と言う国はまともには機能していないのではないか、とか…………。
「そう、そうなんだよ。あの国は今どこの国にも頼れない。下手な事は何一つ出来ない。戦場でもまともに人間を見ないっていうじゃないか。だったら、疑うのはアメリカ人でしょ」
俺は他国の人間だと思うがな。そう思い乍目を遣ると、カイトは目を閉じて眠っているらしかった。此方の話なんて一切聞いていないらしい。
「…………なかなか手強いね」
「む?」
「こっちの話だよ。それより、ほら、二人とも帰ってきたみたいだよ」
小刀が然言った直後、俺達が潜んでいる窪みに慌てた様子で黒服の二人が滑り込んで来た。汗をびっしょりとかいた二人は疲労困憊と言った体で顔も青褪めている。緊迫した雰囲気に身を乗り出すと、ドルの両手が真赤に染まっていた。
刃物で左の掌を横に斬った様だ。力任せに引き斬った刃は骨に当たって筋を分断している。ばっくりと裂かれた手を掴むと、痛みに僅かに痙攣する肉が迫り出す様に赤色が溢れ出した。月も落ちて暗い中にぬらりとした赤色が黒々と視界に映る。本来であれば新入生歓迎会に出ている筈の彼等には、今回の任務は飛んだ災難だったかも知れない。
「先輩、手貸して下さいっ」
小さく叫んでリムは戦闘服の衣嚢から簡易応急手当道具を取り出す。俺は歯をがちがちと鳴らして目を一杯に開いているドルの手を前に出させて、暴れた時の為に軽く羽交い締めた。
「あいつら、多分中東かあの辺りの人間だと思います。学園内のことを聞き出そうとしたのか捕まえた生徒を拷問していたようなんです」
リムはドルに腕を滅茶苦茶な手付きで包帯を巻きつつ呻く。肩に留まった小柄な鴉が無機質な瞳で彼の手元を見ていた。
「少なくとも四人はいました、外された“お守り”が机の上に置いてあるのが視えたんで」
リムとドルは同じ感応系の能力者で常時発動型の多い例に漏れず昔は中々苦労が多かったらしい。リムは『視界内の対象の視界を傍受出来る』“|無線傍受《Sightseeing》”、ドルは『周囲の人間の心の声を聞く』“|集音機《Decrescendo》”。人間不信と対人恐怖症に加えて自傷癖の有るドルの事だから、恐らく拷問を受けていたと言う生徒の声を受信して仕舞ったのだろう。
細かく震えているドルは憎しみを込めた目で小刀を睨んでいる。小刀はと言えば悪びれぬ様子で肩を竦めて居るので、恐らく二人の中丈で喧嘩でもしてるのだろう。未だ反応出来てる内は此奴にしては良い方だ。
「カイト」
「分かってるッス。二人はここに残って待ってて、オレと青嵐で突入するッス」
のろのろとした動きで立ち上がりつつカイトは物質系用の“枷”である指輪を緩める。リムが若干苦々し気に了解の言葉を呟くのを確認してから俺も立ち上がった。
「小刀、報告は終わっただろ。案内しろ」
「一応ボクは非戦闘要員なんだけど…………ま、いいか」
小屋を遠目に睨んで見たが、当たり前だが中の様子は窺え無かった。
午前三時四十分、小屋入り口
先頭は俺、最後尾は小刀だ。蔦や砂埃を掛けてぼろく見せ掛けた小屋の扉の前に俺が立ち、側にカイトが控える。
「えっと、入ってすぐ左手に一人、けん銃所持。右の部屋にアサルトライフルを持った男一人と生徒らしき人が三人とよくわかんないのが一人。多分幽霊のたぐいだと思うけど、死体が無いね」
一人は死んでる。然心中呟いて軽く舌打ちした。生徒達が失踪してから早四日、相手に対して出遅れたのが敗因か。否、未だ負けた訳じゃ無ぇ。
カイトが一つ頷いたのを確認してから、俺は扉に向かって縦に手を一閃した。がきんと金属音と共に取手が落ちる。間髪入れずに扉を蹴飛ばして中に入る。
「――――――――!」
何事か叫んで男が発泡して来た。拳銃だ。射線から判断して胸に飛んで来た子弾を斜め上に弾く。二発目は左の脇腹、三発目は顔の真中、各々弾いた所で男の目の前迄接近出来た。
リムが中東系だと言っていたのを思い出す。男は浅黒い褐色の肌で僅かに薄い瞳をしている。口元に髭を生やしていてそこそこの歳の様だ。
「タフゼィール! モンシャッ、グガッ」
言い切る前に腹を膝で蹴り抜く。体重と勢いが足りなかった様で鑪を踏んで仕舞ったが、男は拳銃を手離さない。難とか此方を睨んでみせて銃を向けたが、後ろから腕を掴まれて呻く。
「っと、捕縛ッス」
拳銃を床に投げて蹴ってから取り出した手錠と縄で手早く拘束する。武器を持っていないか確認して、床に座らせた。
倉庫の様な体の部屋には机と棚と寝袋が置いてあった。そんなに広くはない奥に扉が二つあり、小刀が言うには右手の部屋に生徒達がいるらしい。
「…………どうやら、これはマズイのが出てきたみたいだね」
小刀の言葉に机の方を見ると、“聖赤騎士団”の赤地に盾が描かれた旗が壁に貼ってあった。思わず喉の奥から低い唸り声が漏れた。
“聖赤騎士団”は通例赤軍と呼ばれ、イスラム原理主義的過激派として軍も警戒していた連中だ。日本人も数名加盟しており金と理由次第では虐殺も自殺も厭わない奴等で、先の中立国に於ける観光客虐殺事件も彼等の仕業ではないかと取り沙汰されていた。
抑々同盟軍の敵は一神教が主なのだ。特にキリスト、イスラムの存在が大きく、カトリックの反発が強い。どんなに目に見えても証拠を見せても神を盲目的に信仰する彼等は、歴史を見れば分かる通りに己が正しいと信じきっているのだ。為ればこそ幻獣や伝承を捻曲げて来た奴等に刃を向けたのだが、そうそう此方の意見は通せず、最早宗教戦争の体を成して来ている。
『そう、ある意味、この戦争は宗教戦争であり、革命なんだ。僕らは勝たなきゃいけない、少なくとも負けてはいけない。何年も、何年も虐げられてきた僕らは世界を変えてやらなきゃいけないんだ。…………でもね、藍、戦争を肯定してはいけないよ。それは君たちが一番分かっている筈だ。思い出してごらん、戦場はどうだった? 最悪だったろう? 戦争なんて、早く終わらせた方が良いし、無い方が良い。でも今は、きっとやらなきゃいけないんだ』分かってるよ、学園長。
「赤軍が出てきたとなると、残りの生徒達はもうここにはいないだろうね」
小刀は何でも無い事の様に言う。例え同じ様に相手の心を測れても、小刀とドルが決定的に違う理由が其処には在る。妖怪と人間では、在り方が違うのだ。
舌打ちし乍もカイトに目配せをして、右手の扉を蹴り破る。部屋の中を見る前に嫌な予感に襲われたのでジャンパーの裾を弾いて防御姿勢を取った。一応体に沿って鱗状に刃を展開し乍顔を上げようとすると、腹や胸に衝撃を受けて鑪を踏む。半自動で吐き出された子弾が真正面から脇腹に突き刺さり骨が軋む。刃の砕ける小さな破砕音が聞こえ、体が傾いだ。
「――――っ羅ぁ!」
扉の枠を掴んで体を前に引く。無理矢理の制動に肩が痛んだが、それは無視して前を睨んだ。黒い服の男が拳銃を構え直す。刃を出しながら殺す心算で突っ込んだ。
午前四時十八分、小屋内
「これはダメだね。ボクでもお手上げだよ。なにせ彼らは英語を話せない」
小刀が両手を降参するように挙げる。俺も旧式のPCに向かいつつも降参したいような気持ちだった。暗号入力迄は良かったのだが、中の書類が読めないので持ち帰りたいのに旧式過ぎる所為でPCごとは持っていけないし、かと言い吸い出そうにも如何にも仕様が無い。カイトは向こうの部屋で生徒の手当てをしている筈だ。拷問の傷は治し難いが、保健委員に任せれば大分好く成るだろう。
「うーんダメだなぁ。しかたがない、彼には任意同行願おう。あーでも死体もあるし、死に損ないがいるからなぁ。まったく、殺すならちゃんと殺せばいいのに」
仕方が無いな、丸ごと転送するか。それには専用の機械を繋ぐ必要があるのだが、確かカイトが持っている筈だ。隣の部屋に行く為に席を立つ。
「ところで、ドルサンって感応系の能力者なんだよね。しかもボクと能力的にも似てる。…………ねぇ、心の声が聞こえるって、相手が別の言葉を喋っていたらどうなるのかな? 翻訳されたのが伝わるのかな?」
「……………………」
「うん、まあ、そうなるんだろうね。実際ボク自身、あまり意識はしたことがないよ。でもさ、ボクは悟るだけど…………キミは聞こえるんでしょ? 関係、ないわけないよね?」
「…………」
「……………………またそれか。それ、聞きあきたよ」
「先輩、後輩いじめて楽しいんですか? 二足歩行の癖に図々しいですよ」
「やだなぁ、いじめてなんかないだろう? そんな風に言われるのは心外だね。あとゴリラとかチンパンジーに謝ったほうがいいと思うよ。ボクみたいな社会のゴミと比べられたら彼らが困るだろうからね」
「勝手に困ってて下さい、俺は類人猿はしょーじきどーでもいいんで。とりあえず怪我人をいびるのは止めて下さいよ」
二人、否三人の会話を聞きながら隣の部屋へ入る。背後では縄と手錠で身動き出来なくした二人の中東人が身を捻って呻いていた。
「カイト、情報科から貰って来た転送用装置を…………」
言い掛けて、気を変えて口を閉じた。部屋の中は血が腐った様な生臭さで充満している。多量の出血を水で流した丈の、拭い切れぬ獣の臭いに顔を顰めて呻く。三人の生徒達がカイトに治療を受けている。部位の損壊は見られないが骨や内臓が傷付いている可能性は有った。
「何でオレらが、こんな目に…………」
態々拷問なんて真似をしたのは、何処かに引き渡す前に情報を入手しておく為だろう。情報と研究材料は扱いが違うからな。俺は淡々と折れた腕を包帯で固定してやっているカイトの近く迄行くと、肩を叩いた。
矢張り無言で渡されたUSB端子の転送用機械を隣室の旧式のPCに差し込むと、勝手に中から情報を吸出して学園に転送を始める。情報科の“走り屋”という奴の作った自動プログラムなのだそうだ。因みに大分違法だ。
「…………扨」
麓迄降りれば足が在るが、問題はどうやって麓迄行くかだ。生徒達は衰弱していて助けが無ければ歩くのも難しいだろう。戦闘要員が俺とカイト丈なので工作員二人についても考えなければ為るまい。片方は俺の所為で死に掛けているが片方は未だ元気一杯だ。後輩達が襲われたら堪らない。
…………今気が付いたが、あの車は八人乗りだったような気がする。失踪中の生徒達が見付かった場合は回転翼機でも呼ぼうかと考えていたが、今回の任務は一応隠密任務だ。その辺りをカイトが如何考えているのかは分からないが、一体如何する心算なのだろうか。
午前五時、小屋前
「俺・様・参・上! カイトの奴に頼まれて今恐竜が風を裂いて現れた! さぁ、盛大に感」
「煩ぇ」
「げはっ」
取り敢えず叫びながら空から降りてきたカインツの頭を耳石を吹き飛ばす勢いで蹴り抜いた。流石のカインツも耳元を蹴られるとは考えていなかったのか呻いてその場に倒れる。頭を鉤爪付きの翼で抱えているのを見たら割と気分が良くなったので満足しておく事にして、馬鹿弟を残念な人を見る目で見下す。
「何が恐竜だ、お前は只の風竜だろうが」
空飛ぶしか脳の無い風竜だろうが。修行だ何だと言って暫く見ない内に又でかく成りやがって。頭の高さが俺依り高く成ってるじゃねぇか。尻尾迄の長さは四米と言った所か。今は折り畳んでいる翼も広げれば相当大きいのだろう。驚くべきなのは体の大きさではなく、この体の大きさを以ても木々の枝に大して引っ掛からず上手く下りて来た事だろう。
「カイト、飛行科の他の奴等は出払ってたのか?」
後ろを振り返って欠伸を噛み殺しているカイトは、少し遅れて頷く。
「ッス。ほとんど新入生歓迎会の為に出払ってて、頼めんのはカインツさんだけだったッス」
確かにカインツなら人間位の四人や五人は運べるだろう。乗れるか否かは兎に角、学園迄そう距離が有る訳でもない。
竜と言えば幻獣の中では良く知られており、長く人間の敵として対立してきた種族だ。それ故『非常に好戦的、知能は低く、野蛮』な種族として蔑視され、迫害されてきた。一方で竜の爪や牙や骨は素材的魔術的芸術的に優れているからと山奥等に潜む彼等に挑む連中は後を立たない。竜と言っても亜細亜圏内で知られている龍とは本質的に違うものなので其処は注意が必要だが。
一口に竜と言っても多くの姿があり、その何れを其れと区分するのは難しい為に、学園では竜を以下の様に区分している。
先ずダーウィン進化論的に言って魚から進化したと見られる水竜。鰭や鰓を持ち、主に水中で暮らしている。代表格はリヴァイアサンやバハムートだ。バハムートに至っては紀元前にキリストの度肝を抜いた切り確認は取られていなかったが、先の大戦時には少々騒がしかった為か全大陸の周りを一周して見せた。一部ではバハムートは生物ではなくある種の現象なのではないかと議論が為されている。
次に蚯蚓や蛇等から進化した土竜。四肢や翼は往々にして持たず、土中や洞窟内で暮らしている事の多い所謂土蛇と言う奴だ。翼が退化した奴も含むが、割りと低脳が多い。殆どは逆進化して水生に成ったりしている。代表格はベヒモス、ヴァヴェルの竜。
主に蜥蜴から進化した火竜は、翼を持ちそれとは別に四肢が在る、『ドラゴン』と言われると真先に思い出すような奴だ。代表格はファフニールと、まあ有名所では無いが、赤い竜と白い竜だろうか。
風竜は蜥蜴や鳥が進化したとされる竜で、前肢が翼に成っている。詰まりは飛竜で、蛇に翼の生えた様なのもこの中に含める。飛ぶ事に特化しており、高所を好むそうだ。代表格はリンドヴルムやケツァルコアトル。
然し乍以上の定義は昨今では相当甘く成っている。元々区別の仕様が無いのだから仕方が無いのだが。更に重要な事には、進化と言った様に竜とは俗に言う“幻獣”には区分されない種族であるのにも関わらず、その在り方がとても幻獣に似ているのだ。種族親和性然り、個体数維持然り、未だに判らない事の多い種族である。
「ふ、ふふ、…………このシスコン兄貴ぃ! いきなり頭狙うとかいい度胸してんじゃねぇか!」
カインツがめげずに起き上がった。翼を鋭く畳んで爪を剥き出し、猛然と俺の体を薙ぐ。風竜の癖に地上戦をものともしない所は見上げるが然し、兄貴にその態度は戴けない。背後でリムが喧嘩は止めろだの何だの言うが知った事ではない。
「っは、愚弟! 俺に牙向けるとは学習能力が足りない様だな。お前、俺に勝てた事何て数える程しか無ぇじゃねぇか」
「青嵐クン、愚弟は“愚かな私”の弟って意味だからね?」
「俺の“愚かな弟”だ!」
腰を低くして襲い掛かる鉤爪を受け流し、顎を狙って裏拳を入れてやる。大して痛くは無い筈だがカインツは呻いて倒れた。
「兄貴マジ横暴、今度の大会は覚えてろよぅ」
何やら恨みがましい声で鬱々と呟く弟は無視する事にして背後を振り返った。実際、仲好く兄弟喧嘩している場合では無いのだ。
「で、カイト?」
「えぇっと、三人とも衰弱が激しいんでカインツさんに乗っていってもらうッス。出来れば、俺か小刀さんがついて行った方がいいッスね」
確かに捕虜が二人いる場合に戦闘要員が一人では心許無いしいざと言う時に困るが、
「分かってはいるとは思うが、俺が苦手なのは“手加減”だからな。今度こそ殺して仕舞っても知ら無ぇぞ」
能力的に殺傷能力を低くするのが難しいので殺さないようにするのが大変なのだ。“最高の暗殺者”と彼女が誉める通りに俺には殺す事しか出来ない。刃先を鈍らせる事すら俺には難しい。
「じゃあボクが行けばいいのかな? ドルサンとかが睨んできてちょっと肩身狭いしね」
「げぇっ小刀かよ」
あからさまに嫌そうな顔をして見せるカインツ。小刀は含み笑いで応じて頭の耳の様なものをぴこぴこと揺らす。
「…………なんだ、なんだかんだ言っててもお兄さんのこと好きなんだね」
「だ、誰がだっ!」
小刀が言うならそれは然なのだろうが、恐らく『小刀を乗せる位なら兄貴を乗せて地球横断する方がマシだろ』と言う比較的なものと思われる。鱗と同じ鈍色の瞳を伏せて唸っているのはそんな事を言われて心外なのだろう。
「ほら、照れてないで行こうよ。早く帰ってちゃんとした治療受けさせてあげた方がいいでしょ? …………それにだいぶうるさいしね」
「照れてねぇっつーの! お前あれだろ、俺のこと、てめぇんとこの動物とおんなじに見てんだろ!」
「いやだなぁそんなことないよ。それよりほらほら、早く行こうよ」
「うっせ、うっせ!」
何やら言い合い乍カインツの背中の鞍に生徒達を乗せ始める。序でに腹の荷物入れに死体を入れられて、布にくるまれているとは言えカインツは若干嫌そうな顔をしていた。俺達も帰ろうと肩を叩かれたので、捕虜の縄を掴んで歩き始めたカイトの背中を追った。
…………取り敢えず、俺は人間観察が下手だと言う事は分かった。良く鈍い(刃は鋭いが)だの唐変木(これには異論がある)だの酷い言われようなのは若しかしたらその辺りが由来するのかも知れん。
午前六時二十分、委員棟前
「はい到着ー、早く降りてねー。ここまで乗り入れると怒られるからさー」
汽車を停めて運転手はまったりと言う。一般人にして用務員と言う立場に居ながら風紀委員関連の雑務を幅広くこなす彼は、勿論イェーガーの覚えも良いので学内に車を無断で乗り入れた程度では取り締まられはしないだろう。
俺は一言礼を言い、何やら喚いている元気な方の東洋人を小突いて元気の無い方は無理矢理引っ立てて車から降りた。朝日が段々と見える時間帯で少し眩しい。
「すんませんシグルスさん。ほら二人共、起きろッス」
殆ど徹夜で仕事する羽目になった昼勤組の二人は後ろの座席で仲良く寝ていた。ちゃんと届け出しておけば授業を欠席する事は出来るが、定期試験には響く。まあこの二人は普段から授業に出ていないようなので要らない心配かも知れない。
「うわぁっ!」
寝ていたと思っていたリムはカイトに肩を叩かれると跳ね起きて、車の天井に頭をぶつけた。どうやら寝ていた訳ではなかったらしい。
「ちょっと先輩、いきなり触んないで下さいよ。今せっかく地下の秘密道を発見したところだったんですから」
「えーっと、…………今回は何の話ッスか?」
「ネズミです。あの山の地下には大きな空間がありましてね…………」
「…………その話は後でいいッスから、とりあえず寝てきたらどうッスか? 報告は俺がやっとくッスよ」
「あ、じゃあお願いします。…………全く、人間も片方ずつ脳を休めればいいのに。ほら、起きろよドル。うるさいならさっさと帰れっての」
「……………………」
欠伸を一つ。そろそろ腹が減った。報告が終わったら飯でも食いに行こう。然思って風紀委員室のある四階まで行こうと足を向けたのだが、嫌な顔を目にした。
「よぉ、針鼠今帰りか」
イェーガーだった。自分でも一気に不機嫌そうな顔に成ったのが分かる。
「相変わらず景気悪そうな面してるな、お前。ハルカも今日は落ち込んでいる様だったし、さっき見たカインツの野郎も大分疲れてるみたいだったな。なんだ、兄弟揃ってお疲れか」
どうやら報告を受けて先に帰って来ている筈の生徒達の具合を看に行った帰りの様だ。死体も見てきたのだろう、手には身分確認の書類を手にしていた。
「…………何か用か?」
唸る。軽く殺気も出ていたろう。
「いや別に、何も無いが」
だが下っぱが何を吠えようが委員会の長は軽く流して気にもしない。イェーガーは無造作に俺の横を擦り抜けていった。無言でその後ろ姿を睨んで、息を吐く。
そう言えば如何してイェーガーをそこ迄嫌うのかと遥に聞かれた事があった。あの時は誤魔化したが実は答えは簡単で、彼奴が自分に似ているからだ。似ていると言っても人種も違うし性格も大して似てもいない。ただ直感的に、此奴は同類な気がするのだ。だからこそ妹に近付けたくないし何と無く敵対視してしまうのだろう。
「…………今度の大会は覚えてろ」
絶対殺してやる。勿論カインツと纏めて、な。
大会は一週間後の土曜日、十七日だ。
アラビア語は流石にイミフだ。分かる訳無い。
そして四人の中で兄ちゃんが一番書き難い。
そしてルビ振りが出来ない。
で、一応告知、
番外編を書く予定もあるにはあるので、『〇〇の話が読みたい』とかそういうのがあったらガンガン言ってくれると嬉しいです。見てくれてる人も大していませんが、とりあえずコメよろしくです。
…………よし告知終了。期待しないで待とう。
番外編書くって言っても、まだ本編が大して進んでないから、まあその内。