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4/5  HARUKA‐2











2027/4/5/PM.4:28/ProcessingOfMetalDepartment's Workshop/



 旧い夢を見てた。

 懐かしくはない、ただ古いだけの、昔の夢を。



 2018/8/2/

  顔も覚えてないお父さんが、

  声も分からないお母さんに声をかけて、

  名前も思い出せない兄ちゃんが、

  ボクの手を引いて、皆で仲好く歩く。

  たまの旅行は楽しいねと、ボクも笑った。


  たとえばそんな家族が過去にいたとして、彼らはあまりにも唐突に始まった戦争に巻き込まれた。その結末は、回避ならできたはず。当時、世界的に危機感が高まっていたのはボクも知っているし、両親が行き先を変えようと見当していたことも知っている。

  沖縄では当時、戦争に反対するデモ行進が四六時中行われており、戦争という暗雲に海外旅行客は激減していた。先の大戦で大打撃を受けた沖縄や広島ではイギリスなんて見捨ててもいいからアメリカに逆らいたくないという意見が大多数だったのだ。

  だからこそ沖縄に行けば安上がりだと安全を謳う旅行会社に乗って、ボクら家族は旅行に出かけた。

  理由は簡単、ボクと兄ちゃんが2人でお父さんお母さんに、行くなら沖縄がいいと頼んだから。海外は、言語が違うということで行きたくなかった。実に子供らしい理由だ。情状酌量の余地あり、だ。


  そしてそんな子供らしい理由の結果、

  結果、ボクは独りぼっちになった。

  独り生き残され、置き去られ、忘れられた。

  色々自問して自答して、そして独りになったという事実だけを悲しんでいる自分に気付いて、ボクは死にたくなった。死にたくはなかったから、鬱になっただけだけども。

  何が気になるって、家族がどうして死んで、どうしてボクだけ生き残ったのかが、全然分からないんだ。気づいたら独りになってたし、何度も銃弾に追われたのは覚えてる。兵士がなにかを言うけど、ボクには解らないから、とりあえず逃げたのも覚えてる。

  でも覚えてない。家族のことも、自分のことも。


  亡くした記憶は既に死んでいる。

  そこに何の意味が見出だせるだろう。

  もしそこに何の意味も無いなら、

  なんでボクだけ生き残ったのか、

  その理由と意味を、誰か教えて欲しい。

  せめて彼らを悼めるように

  誰か、教えて欲しい。




「…………カ、ハルカ!」


 心臓と共に目を開いた。

「――――――――っっ!」

 びくりと体が跳ねたのを自覚する。跳ね返り係数はいくらか知らないけれど、急に起こされたからか速く打つ心臓をなだめつつ顔を上げた。

「ハルカ…………」

 ラベンダーの匂いが鼻をくすぐる。机に突っ伏していたボクを心配そうにエヴァがのぞきこんでいた。

「お、おはよう、エヴァ。ボク寝てた? 徹夜疲れだね、やばいやばい」

 身を起こして、白々しくも言い訳を。机上のアクセサリーを脇にどかして、描きかけの設計図を隠す。エヴァは気付かない。

 大丈夫、バレてない。


 新入生歓迎会間近の工房は〆切(しめきり)間近の忙しさと仕事終わりの気だるさでいっぱいだ。巨大な高温炉やらなにやらの設備が整う1階では今日も無茶苦茶に熱を放出してるのだろう。

 吹き抜けの2階からそんな階下を見下ろす。背後では開発科と情報科との討論(ディベート)が行われていて、熱い意見が交わされていた。


「だーかーらー、エンジンの問題なんだって。これじゃあ出力過多で吹っ飛ぶっつーの!」

「それをなんとか制御すんのがお前らプログラマーの役目だろ」

「いやでも構造的に最大出力出したら吹っ飛ぶぜ?」

「どうせ、このエンジンが使いたいだけなんだろ」

「つかさ、そもそも自重で潰れるんじゃねコレ?」

「お前らそれでも技術屋かよっ!?」

「建築科の奴らも呼んだ方が良かったんじゃ…………」

「数理科の奴にさー仕事断られたんだよ、『馬鹿らしい』の一言だぜ? あのバリアムって奴にはロマンがねぇ」

「数学屋にロマンを説いてもなぁ」

「あのヤヤって先輩に乗って貰えば、自重は気にしなくていいんじゃない? 装甲も厚く出来るし安全に造れるぜ?」

「俺なら、あんなの乗せるくらいなら“洗濯機(ローリンガール)”を乗せるね」

「やはり人型がロマンなんだ!」

「構造的に不可能」

「ソフト的にも不可能」

「ハードは不可能ではない」

「潰れろ」

「じゃあそのエンジンを『ワイバーン』に乗せればいいだろ! 吹っ飛べよ!」

「前に話の出てたジェットパックをだなぁ…………」

「吹っ飛ぶのか?」

「いいから決めようぜー」


 ボクは仕事をしているみたいに関係ない設計図を広げつつ、今日は左手に着けていた手袋を脱いだ。“(コントローラー)”に抑えられていた能力が解放されたことで、感覚が鋭くなるような感じがした。

 机から手のひらサイズのアルミニウムの塊を取り出して、手で柔らかくしつつ千切る。粘土みたいになっているアルミを小さく切り取って、飴細工のように形を作る。

 たしかにボクの能力は物の態を変えることだけど、それはこういう風に自由に物の硬度を変えられると言うことでもある。

 ボクの能力を聞いて、熱を与える能力だと勘違いする人がたまにいるけど、そうじゃない。

 そもそも物体とは分子が並んでいることにより構成されてるわけで、その分子と分子がどれくらい綺麗に並んでいるかによって状態が変わるわけだ。この分子同士を、無理矢理くっつけたりはなしたりできるのがボクの能力なんだと解釈してる。

 だからボクの能力によって液体化した鉄とかが、熱を持つわけじゃない。どころか、ボクが手をはなすと簡単に元の固体に戻ってしまう。気体になんかしたって、手からはなれちゃうからすぐ粒になって落ちてくるし。

 つまり柔らかくするよりは完全に液体にしちゃう方が簡単ってこと。今弄っているのも、気を抜くとただのアルミ溜まり(、、、、、、)になっちゃうわけだ。


 徹夜頭にずきりと走った痛みをこらえて、指で薄く伸ばしたツルの翼にハサミで切れ込みを入れた。羽に角度をつけてあげて、先を平たくした足で立たせる。

 バランスが狂っていたのか、ツルは上手く立てずに倒れてしまった。

「ハルカ、この前から…………何か変、だよ」

 エヴァの一声に動揺したのか、立たせようとしたツルが形を無くした。重力に従って銀色が机の上に広がる。

 メンコみたいになってしまったアルミを無理に剥がす、べりべり。ダメになっちゃったアルミは放り投げて、隣に立つエヴァを見上げた。

「変? ボクが?」

 エヴァは白衣の裾を弄りながらも、ボクの目を見つめる。見下ろされてるのに上目に見られて、ボクは歯を噛む。


 ボクの様子が変だって、そんなの、

「当たり前じゃんか」


 息を吐いた喉が痙攣して、ひきつった笑いになった。

「親友が、友達が死にに行くって言って、それを笑顔で送れるほど、ボクは性格ができてないってことだろ、それ」

「でもハルカは、お兄さんは笑顔で送る、でしょ?」

「だからキミも笑顔で送れって?」

 冗談じゃない。

「絶対生きて帰ってくるって約束してくれるつもり? ボクはそれを信じれるほどにはキミを信頼してないよ、それでもいい。それでもいいから」

 行かないでよ。戦争なんて、ろくなものじゃあ、ないのに。

 死ぬ確率は誰にでもあり、正直者は死に、要領のよい奴を選別する淘汰所。バカみたいな喜劇じみた絶対的な悲劇。最後に心から笑えるのは兵士と民衆以外の誰か。

 戦争が絶対悪だとは言わないけれど、その状態が危険であることは誰にだって分かるのにそれでもするんだから、人間に限らず皆自殺願望があるんだろうな。人間より自殺に特化した種族はいないけれども。

 そんな所には、二度と行きたくない。ひどい目に会ってからじゃ遅すぎる。


 独りになってからじゃ、遅すぎるんだ。


「自分は後衛だから大丈夫とか言ったら絶交するよ」

「そ、そんなこと言わない、言わない」

 絶交すると言ったとたんエヴァが泣きそうな顔をする。雨に打たれる捨てられた子犬みたいに、すがるような目ではおってるパーカーの袖を摘まんでくる。

 撤回してあげると、きっと安心してくれるのだろうけど、今はダメだ。撤回は後でね。口論中に謝るのは負けた気がするもの。

「ハ、ハルカが気にしてくれるのは、嬉しく思うし、気にして欲しいけど、けど」

「けど、口は出してないだろ。ボクが不満だって言ってるだけで」

 キミに行くなと言うことすら、ボクにはできないのに。ただ子供みたいに理由なくやだと言うことしか、ボクはできないのに。

 エヴァはちょっと目を逸らして、手首に着けた“お守り(チャーム)”の青色のプレートを弄る。よく言葉に詰まると、彼女はそうやって手元を弄るくせがあった。

「だから、えっと、その…………何でかなって」

「…………何が?」

 煮え切らない。エヴァのそんな態度には慣れているけれども、今は少しそれにいら立つ。いつもエヴァに皆がそう言うように、ちゃんと話せと怒りたくなる。

 顔をしかめた。

 何様だ、ボクは。

 エヴァは遠慮がちに口を開いた。おずおずと顔色をうかがうように、上目遣いで。


「えっと、何で、お兄さんじゃなくて、私が戦場に行くと、ハルカが嫌なのかなって」


 思考が止まる。

「だ、だって、ハルカは頻繁に戦場に皆を見送ってる、から。お兄さんだって、大切な人でしょ、? 毎回生きて帰ってくるとは、…………限らないんでしょう?」

 どうして嵐兄(らんにぃ)はよくて、エヴァはダメなのか。どうして許さないなんて自分勝手に言うのか。嵐兄のことは心配じゃないのか。

 そんなの、

「…………知らない、そんなのどうだっていいことだろ。ただ、ボクはキミには…………」


 キミにだけは、戦場なんて見て欲しくないのであって。


 上手く気持ちを言葉にできずに、はんぱなまま飲み込む。口にしたところで形を無くすだけで、それなら何も言わない方がいいじゃないか。

 いやそれとも、それでも、口にしないと伝わらないのだからなんとか言った方がいいのかな。テレパシーが使えるわけじゃないんだ、言わなきゃしかたない。


 でも結局ボクは何も言わずに、逃げるように視線を切った。

「……………………止めよう」

 考えるのはとにかく、悩むのは得意じゃない。知らず、揺すっていた足を止めてパーカーのフードを被った。

「この話題はしばらく保留ね」

 イスを回転させて机に向かい、一方的にそう言う。考えたくない。フードの前を引っ張って目元を隠すようにする。

「…………ハルカ」

「エヴァ、今日使う展示品の最終調整してきてくれる?」

 暗にちょっと向こうに行ってて、と。そう言ってまたアルミをちぎる。

「…………分かった」

 短い沈黙の後エヴァが立ち去る気配がしても、しばらくは黙ってアルミの塊を弄っていた。

 自分勝手? そんなの知ってるさ。知っててやってるんだ。

「おいおい、ハルカが落ち込んでるぞ。誰か慰めに行ってこいよ」

「じゃあここは俺が」

「いや、俺が行こう」

「ならオレが」

「お前らなんかに任せられるか…………俺が行こう」

 何やら背後でがやがやしているが、とりあえず無視をして再度作ったツルを立てることに集中することにする。軽く現実逃避ぎみ。


「何やらお悩みのようだね、少女!」


 突然、ばんっ、と背中を思いっきり叩いて叫んだ先輩を振り返る。抗議の意味をこめて睨んだけど、この先輩には敵わない。目隠しのフードを引っ張り上げられて無理やり目を合わされる。

 金属加工科の主将、オーク(Auk)ウイング(Wing)。12年生のこの学園には珍しい妖精(フェアリー)で、トンボのような蝉のような、緑のかかった薄い羽を背中に生やしている。妖精とは言っても先輩はかなり背が高く、自然と見上げる感じになる。

 水色のツナギを着た先輩は、目を弓に曲げて笑った。彼女は世話焼きで、加工科どころか工作部のほぼ全員に気をかけてくれるような人で、中々いい性格をしている。そんな人だから、当然皆頭が上がらないのだが、こういう時には声をかけてこないで欲しい。今は話しに付き合えるような気持ちじゃないんだ。

「いやぁ、青春してるね。私はそんな君等が好きだよ。存分に青春したまえ」

 しかしだね、と前置きして、先輩はボクの目をのぞきこんでくる。気持ちまで見透かすような瞳に思わず怯んで、反射的に逸らした。


「逃げるのは良くないぜ、ハルカちゃん。逃げても、後で結局苦労することになる」


 知ってる、知ってる、分かってる。

「言われなくても、理解してる」

「そうかい? 言わなきゃ、ハルカちゃんは逃げ続けるんだろう?」

 そう思うのかと聞いたら、そう思うと返事が返ってきた。苦々しい思いでフードを被り直す。

「逃げ続けはしないよ、ボクは。ちゃんと、向き合うさ」

 でも今は、今だけは考えたくないんだ。

 そんな態度をどう思ったのか、先輩は肩をすくめてみせる。お節介焼きには口の出したくなるような問題かもしれないが、もう何も言わずに立ち去ってほしい。

 どうせ、他人の意見なんて役に立たない。

「……………………口にしなきゃ、想いは伝わらないのだよ」

 それも分かってる、分かってる、知ってる。

 呻いたボクの手の中で、またツルが形を無くした。









     /PM.6:37/WestSide of SecondGround/



 この学園における新入生歓迎会とは、簡単にいうと部活と委員会の勧誘セレモニーみたいなもののことだ。だだっ広い第2グラウンドにほとんどの部活が勧誘のために集まり、あちらこちらで新入生に向かって声を張り上げている。

 基本的に学内で大抵の用が済んでしまう上に、下の町まではバスで1時間近くかかるから、部活に専念して外に出ない引きこもりが割合多めなのである。

 そういう生徒は、主に研究職なのだが、卒業したあともずっとその職で通したりするので、


「つまり文化部の方が将来明るいんだよっ! 理系の皆、工作部においで、っていうか加工科においで!」


 元気よく叫ぶ。第2グラウンドの一角を占領しての加工科、開発科、情報科合同のアピールに、新入生クン達は遠巻きに取り囲む。基本的に特別な理由ない限りはどこかの委員会か部活に所属しないといけないことになっているので、楽をしたい連中はそこを見極めるためにわりと真剣な表情をしている。

 ボクの横には一人乗りの超軽量自動車とか、勝手に動く掃除機のプロトタイプとかが置いてある。掃除機は校舎内を勝手に掃除してくれる全自動で、一部美化委員会から敵視されているのでたまに壊される。ここにあるプロトタイプは、ドラム缶くらいのサイズで、でかすぎるのでもう使ってない。

「加工科、開発科、情報科、工学系に進みたい人は入るべきじゃん! まあかなりの3Kだけどもっ! 3徹あたりまえだけどもっ!」

「…………遥、勧誘したいのか敬遠させたいのかどっちかにしろよな」

 ぼーっと横に突っ立っているだけの白衣が唸る。いつもは後ろで無造作に結んでいる髪を、今日はなぜか三編みにしてある。目の下のクマと、立ち方がふらふらしていることから、どうやらハードな徹夜をしていたらしいと分かる。

 椎名は、先日“走り屋(シーカー)”の2つ名を正式に貰って、それで一悶着あったそうだ。でもそれは今日お疲れモードな理由にはならないのだ。仕事もしないくせになんだお前。

「仕事もしないくせになんだお前!」

「…………耳元で叫ばないでくれよ。徹夜で頭痛いんだ」

「サンがいないからってテンション下げてんなアホ!」

「むしろ、オレはお前が何でそんなにテンション高いのかを知りたいって」

「はっはっはっ、なんでテンション高いのかってそんなのなぁ、そんなのなぁ!」

「いや泣くなよ」

「泣いてないだろ!」

 あー、イライラする。何よりも自分で問題の先送りをしたくせに、問題が早くに解決しないのに腹を立ててる自分が一番ムカつく。

 対角線で離れた武道部が、模範演技をやって見せている。演者が跳んだり跳ねたり、力強く拳を打ちだし華麗に剣を振るたび、小さく歓声があがっていた。


 ここで一つ疑問を投じよう。

 問は簡単、『ボクにとってのエヴァとはどういう存在なのか』。

 ここで仮にでも“家族みたいなもの”としてはいけない。たとえそれが状況や関係をかんがみた結果の解だとしても、ボクにとっての“家族”は一般的な意味を含まない、歪んだ発想であるからだ。

 じゃあ“恋人みたいなもの”としてみたらどうか。同性でその表現を使うのはかなりアレだけれど、親友ともなると似てなくもないじゃないか。口にはしなくても、それをたとえば“愛”と呼んでみたらいいんじゃないか。…………つまりそれは、“欲”とも、呼べるのか。

 問に対し、ボクとエヴァとの関係を“恋人みたいなもの”と仮定する。“恋人”というからには、彼女はボクにとって大切な人なんだろう。大切だからあんな風な態度をとってしまうのだろう。

 言い訳をしておくと、たしかにボクは感情のままに動くところがあるけれど、考えなしのバカじゃあない。そのはずなのに、バカみたいに意地を張って言葉を尖らせて、エヴァを困らせてる。別に意図してやってるわけじゃなくて、気がつくとそんな態度をとっている。悪気は無いんだ。

 悪気が無いなら、じゃあ何があるのか。何かがあるとするなら、それはボクのワガママであり、やっぱり意見を折らない限り話は進まない。そもそも珍しくエヴァが自分で決めたことなのだから口出しは無用なのだ。それをうだうだと言っている自分はなんてウザい奴だろう。


 でも、ボクがウザい奴でもいいから、意見は曲げられないわけで。


「……………………うーぁー」

 54回目の試行(トライ)もまた行き詰まり(エラー)思考(アプリ)止まる(フリーズ)。ちくしょうめ、ボクの頭はずいぶんなポンコツだ。

 気の抜けたうめき声をあげながら、ボクは頭、特に前頭葉の辺りをゴンゴンと殴る。古い機械みたいに殴ったら少しは良くならないかなという試みは、当たり前だけど頭と手を痛めつけて終わった。むぅ。


 ところでエヴァにとってのボクが一体どういう存在なのかという問いには、自信を持って答えられる。抱き枕、睡眠導入剤、絶対に裏切らない親友、それらを総括して解を導くと、判別式が0とイコールになったときのように解は明確だ。

 ボクはエヴァにとってのライナスの毛布で、多分ボクがいなくなるようなことがあればエヴァはダメになってしまうのだろう。うぬぼれとか、そんなんじゃなくて、なんとなく、そう、確信と言えばいいのだろうか。ライナスが毛布を手にしていないと安心できないように、彼女はボクに依存しているんだ。

 勿論、そのことについて心配しないボクではないのだけれど、コミ障でいじめられっこ体質のエヴァをどうにかしてやるというのはかなり難しい。なにせ同じ部屋のボクに一年口をきかなかったレベルだ。

 仲よくなったきっかけも先輩にいじめられてたのをボクが助けたからだし、初めて自分を“友人”と呼んでくれる人ができたってものすごい喜んでたし、しまいには抱きしめてくれたら寝れるとか言い出すし、今度は抱きしめてくれないと寝られないとか言い出すし、

「あれ? よく考えるとフラグ立ちまくりじゃん?」

 これはちゃんと回収しないとコンパイルする時に怒られるレベルだ。でももはや何を回収すればいいのかも分からないぞ。どうすんだ。


「遥、寝言言ってないで前前」

 言われて、頭を抱えるのをやめて前を向いた。そういえば今は部活勧誘中だったっけ。普通に忘れてた。

 ふと聞こえた鈴の音に顔をあげると、黒髪の男の子と、真っ白な女の子が、困ったような顔でボクを見ていた。男の子がおずおずとボクをうかがう。

「えっと、河合先輩、でしたっけ?」

 うむ、男の子の方は覚えてないけれども、隣の白い女の子なら覚えてる。昨日、“お守り(チャーム)”を配っているときに、白化個体(アルビノ)はこの学園でも珍しいなと思った覚えがある。

 ふむ、アルビノうんぬんを抜いて、この子はかわいい。美人だと言ってもいいかも分からない。そんな子と、見せつけるように手をつないでいる男の子もそこそこ普通な顔をしている。二人並ぶと、中々お似合いのカップルだ。

 女の子の腰には、昨日はなかった小さな鈴がつけられていた。赤い鈴が、同じく赤い紐に繋がれて揺れる。微かな音が、女の子につられて聞こえた。

 今は二人とも大体同じか五分五分の背丈だけど、その内男の子が大きくなって、割りと小さな女の子が周りをちょこちょことするに違いない。街中で見かけそうなカップルだね。

 そこでボクは気づいた、


 この子、ボクよりちっちゃい! ちっちゃいぞ! 


「…………何にやにやしてるんだ?」

「いやね“走り屋(シーカー)”、ボクはちょっとした優越感にひたってるだけさ。人間でボクよりちっちゃい子って中々貴重じゃないか」

 にやにやしつつ椎名にはそう返して、一度咳払い。胸を張って新入生の二人に向き直った。

「そうだよしょーねん、ボクが河合先輩だ。キミらとは学年が5もはなれてるのだから、たしかにボクは先輩だぜ」

 意味なし文はボクの十八番だぜ。適当に言いつつ、首にかけた『お好きな文字、彫ります』のダンボール看板をこれみよがしに二人に見せる、掲げる。うぉー、皆こっち見ろー。

 金属加工科所属のボクとベット(Bet)、機械開発科のカービナー(Carabineer)は彫金師も兼ねている。能力的なこともあるし腕力的なこともあるのだけど、手軽にアクセサリーとかを加工できるボクらはかなりの便利屋扱いだ。なにせ、ボクは彫るだけじゃなく、消せる(、、、)ので。まぁ、ボクは彫ってるわけじゃなくて、打つのだけど。

「キミ達の“お守り(チャーム)”に好きな言葉を打ちこんでしんぜよう。もちろん、キミの好きな人の名前でもいいのだよ」

 大きめの声で、遠巻きにボクらを見ている人にも聞こえるように言った。ツナギのベルトに吊るしてる作業ポーチの内、後ろの大きいやつを外して、運びこんでいた作業用の机の上に乗せた。

 ポーチの中には、アルファベットその他の鉄製のハンコのようなものと小さめの金づちが入っている。ハンコを金板にあてて、上から打つのがボクの彫金方式だ。あとは錐で削ったり(、、、、)するわけだけど、中々加減が難しいのだ、これは。

「毎日騒音出したりするだけじゃないってのを見せてあげよう」

 ちなみに、ボクの主な仕事は彫金と精密加工、それから溶接だ。すぐにぶっ倒れるからという理由で炉を使うような加工、鋳造とか製錬とか精練とか何とかは、皆がやらせてくれない。介抱すんのもめんどいからおとなしくしてろってことだ。能力頼みなのもどうかと思うけど。

 白い女の子は無言で男の子の制服の端を掴んで軽く引く。男の子は意を汲んだようで、自分と女の子の手首に着けた金属のプレートをそれぞれ外してボクに渡した。

 さすがにお互いの名前をというわけではなかったけれど意味深な文句を2つ控えて、作業机に座る。遠巻きにボクらを見ている人達も、わりと興味ありげだ。

 ポーチに入っていた、打金用の先の鋭いハンコを取り出して並べて、手袋を脱ぐ。細い棒を揃えて、金属プレートを裏返しにして当てる。きちんと文句を確認して、金づちを無造作に軽く打ち付けた。が、


「……………………むぅ?」


 感触がおかしい。硬くて通らない。普段ならこれくらいでも大丈夫なのに。

 唸るボクを不思議そうな顔で見て、それから男の子は合点がいったように頷く。

「…………あ、オレの所為か」

 どういう意味だと聞いてみると、男の子には“(コントローラー)”が効いていないとのことだった。男の子の能力は“能力の対象を無理矢理自分にする”こと。効果範囲に入っているかぎり、ボクのような干渉系ですら、対象(ターゲット)が男の子にむりやり固定されてしまうために、バグを起こして能力が使えなくなるらしい。

 驚いた、普通干渉系の対象指定は“触れること”が条件なのに。しかも“枷”が効かないのは大事じゃないか。たしかに体質的に効かない人もいるにはいるけれども。

 男の子には後で魔術科に顔を出すように言って、承知を取る。必要なら生徒会長に直接話を通して欲しいと言うと、さすがに渋い顔をされた。当たり前か、会長の入学式の様子を見ていると、ね。

「じゃあ、オレ、ちょっと下がってるんで」

 男の子は白い子の肩を軽く叩いてから、何mか離れた。とたんに金属に触れている感触が戻ってきて、勢いあまって壊してしまうところだった。

 女の子は不安そうに男の子を振り返る。その度に、腰につけた小さな鈴がちりんと鳴る。男の子は男の子で、何やら落ち着かない様子だ。気になるのだろうか。

 口を出すことでもないのでボクは無言で座り直す。指先で触れて、少し軟らかくしてから、金づちで軽く叩く。あまり軟らかくしすぎると悲惨な感じになってしまうので、無造作ながらも細心の注意を払いつつ、だ。

 本来なら専用の機械だとか、下に保護用のスポンジとか敷かないといけないのだけども、ボクにかかれば簡単だ。まあ、手作業だからやはり時間はかかってしまうけれども。


 仕事をしてる間は、それに集中できるからいい。よけいなこと、考えないで済む。

 集中しないと、すぐに能力が不安定になるから、危ない。下手すれば暴発して、死ぬかもしれない。自分の能力で自滅する人は結構多いから。

 息を吐いたボクを、椎名が意味ありげな目で見た。









    /PM.6:51/Gymnasium,at AreaJ5/



 スピーカーから、高校過程までの生徒は体育館に集まれという放送が響く。そもそも新入生歓迎会に出ているのは6年生までだから、それ以上の人は関係ないのだけれど。

 天井から吊るされた照明がこうこうと照らすだだっ広い体育館を見回して、普段下ろしているネットを上げているせいですっかすっかにしか見えない体育館に軽く唸った。

 この学園、校舎1つ1つも相当でかいのだけど、第1校舎と第2校舎の真下にまたがってある地下体育館は、すごくでかい。区域で言うと、Jの5からMの10までを渡るバカみたいな広さだ。

 1区域が約50m四方だから、対角の距離は360mくらいか。普段は半分にして使っているけれど、こんなにでかい体育館が必要なのかとボクは常々疑問に思っている。

 ちなみに、第1グラウンドの対角距離は100mくらいで、第2グラウンドは220mくらい。グラウンドよりも広いのだ。これほどでかいので、なんと全校生徒が入れる、かなり余裕で。

 ラジオ体操どころか全員いっせいにスリラーが踊れるくらいだ。ボクが生まれたくらいにはもう死んでいたらしいけど、今の人にはあの超有名音楽家を知らない人もいるらしい。なんてこったい。


 で、そんな広い体育館で何をするのかと言うと、新入生歓迎会のトリのイベント、芸術部による総力イベントである。美術科が演出を手がけ、音楽科が場を盛り上げるという、芸術部にとっては文化祭につぐ全力イベントだ。

 そして加工科、開発科、情報科の連中はこんな時でも固まって話しているのであった。


「いやーしかし、毎度思うが俺らんとこって新入生は来ないよなぁ」

「学校的な所謂部活とは微妙にちがうからな、仕方ないだろ」

「はあ? C++(シープラプラ)しか知らない? なめてんのかお前、何年ここにいるんだよ」

「今更じゃね、むしろ?」

「これから習えばいいじゃんか、開発科なんて最近は全部情報科任せだぜ」

「でもそれ言ったら、シイナは機械語つかってるんだろ?」

「それ使っているって言わない」

「俺はその辺は分かんないな。でも、シーナがスゴい奴だってのは分かるぜ」

「出たよ、サン。ノロケんな、馬鹿」

「早くSDD来ないかなぁ」

「ねぇねぇ、数理科から帰ってきたレポート読んだ?」

「おう、懇切丁寧に企画のどこが駄目なのか解説いれつつ全否定してくれやがったアレなら読んだぜ。何がムカつくって、署名がヤヤさんとバリアムさんってことだよ」

「え、でもヤヤさんって頭はいいんだよね?」

「頭は、な。いや、正確に言うとあれは“勉強ができる”タイプだぁな」

「不可能だとか言われてもなぁ、材料は限界だし、構造も改変不可となると、魔術科頼りになっちまうよなぁ」

「おい、ハルカいるんだからその話すんなよ。一般兵向けの装備の責任者はあいつだろが」

「やべ、そういや、この前の作戦の軍の被害は100人近かったんだっけ」

「倒した敵の数はその何十倍さ。…………でも、相手の損失のほとんどがクローンとか機械兵の資源だけだと考えると、ちょっとな」

「だから止めろって、聞こえるぞ」

Check(チェック)Check(チェック)、でもさすがに聞こえてないんじゃないか? この距離だし」

 聞こえてるっつの。


 2702作戦の被害は軍が108、学園が3だ。でも、いまだに終わらない1910作戦や2004作戦のことを考えると、多すぎる犠牲に責任を感じずにはいられない。

 ボクのせいだと、自分を責めずにはいられない。泣きたくなるような気持ちで、すがるように、装備を変えていくしか、ない。

 そう考えていないと、つい自分とは遠いところのことだと感じてしまうから。自分とは無関係だなんて、無責任に恥知らずに思ってしまうから。そうやって自分のせいだと強く思っていないと、心が磨耗していくようなこの日常を、ボクはまともに生きられなくなる。


 そうなったらおしまいだ。

 ボクは本当に(、、、)人間じゃなくなる(、、、、、、、、)


 …………あれ? 本当に(、、、)ってなんだ? 人間じゃなくなる(、、、、、、)ってなんだ? ボクはいつから自分をそんな風に考えてたんだ? 

 思い出せないけど、何かが引っかかってボクは首をかしげる。はっきりとしたことは分からない、どうしてそんなことを思ったのかも。ただ、居心地の悪い感覚を覚えて首をかしげる。

 しばらくそうやって考えてたけど、結局思考が考えていたはずのところに行きつかなかったので、ボクは考えるのをやめて大きくあくびをした。


 しかし、マイペースなのかなんなのか、クセのある奴ばかりだからか、いつでもボクらの会話があまり変わらないのは何でだろうか。どんなときでも仕事の話がつい出てきてしまうのは職業病だろうか。

 そうこう考えているうちに照明が落ちる。周りのモニターに映るのは、ここからだと遠い東側の踊場。自然と新入生を踊場の目の前に誘導してやって、自分たちは白く光るモニターに目をやった。

 照明もなく、暗い壇上。うつむいて佇む少年少女。高まる期待と熱気を肌で感じつつ、スピーカーから聞こえるハウリングにボクは自分の耳を押さえた。


『――――――Are you ready!!?』

「「「「「「Year!!!!」」」」」」


 音の爆発。アンプが増幅した波がいっせいに殴りつけてきてよろけたボクを、後ろの誰かが支えてくれた。背後を見ると、徹夜組の皆は両耳をふさいで顔をしかめていた。

 音楽科の軽音バンド、“ShagyDog’sDream”。ボーカル男女の2人、ギター2人、ベース1人、ドラム1人、キーボード1人のバンドで、ロックからメタル、ポップ、バラードまでこなす音楽科のいくつかある軽音バンドの中では1番人気のグループだ。

 騒音部として汚名を着せられているボクらだけれども、音楽科連中のうるささには敵わない。人がいないからとボクらの工房の近くでひたすら練習しているあいつらは、本当に近所迷惑だ。

 ちなみに、ShagyDogStoryとはただ長いだけでおもしろくもないジョークのことを指すらしい。つまり、|現実《ShagyDog’sDream》は覚めないという皮肉なんじゃないかとボクは解釈している。もしくはただノリでつけただけか。

 SDDのコールが体育館内に響く。ボクは耳をふさいだまま顔をしかめる。

 ギターの金属音と、ドラムの爆発するような破裂音が、広大すぎる体育館に爆音で響き渡る。手をはなさなくても人間の体はほとんどが水なので、音波はボクを透過していくのである。すごくうるさい。


 ふいに、肩を叩かれて振り向いた。

 ラベンダーの匂いが僅かにして、ああエヴァだなと思いつつ、わざとしかめっつらのままに彼女を見上げる。白い制服に白衣を着た、いつもの服装のエヴァは、いつもどおりの困ったような顔で、口を開いた。

「――――――――」

 何か言うけど聞こえない。聞こえないフリをする。

「――――」

 聞こえないよ。

「…………――――」

 息を吐いて、エヴァは眉を吊り上げてこわい顔をしてみせた。珍しく、諦めずにボクのパーカーを引く。

 がんがんとうるさい音楽を振り切るように、エヴァはボクの腕を引っ張る。強めに引かれて、踏みとどまれずに彼女に抱き止められる。

 徹夜はしてなくても寝不足ぎみの頭では、彼女の服や髪にしみついたラベンダーの匂いに、つい身を寄せて眠りたくなる。何年も一緒にいる彼女に過剰に心を寄せていると分かっていても、きっとボクらはやめられない、お互いに。

 抱きしめたり、抱きしめられるのがどうして気持ちいいのか、前に考えたことがある。経過は省くけど、多分相手の存在を一番感じられるからじゃないかという結論に達した。彼女の柔らかい体とか、意外と強く引く腕とか、ラベンダーの匂いとか、そういうのが、全部感じられるからなんだろうって。

 ああ、でも、そういえば兄ちゃんに最後に抱きしめてもらったのって、いつだったっけ。学生になってからは、一度もない気がする。

「ハルカ」

 耳もとで、ささやくようにエヴァは言う。

「私、曲げないから」

 うなずく。普段優柔で不断なエヴァは普段何か決めたりしない分、一度決めたことは返さない。それを知ってるから、ボクは行くなとか何とか、言えないのであって、それを知っていてなお、うだうだと不満を口にする自分は、結構いやな奴なのかもしれない。

 エヴァは、ぎゅっとボクの腕を握る手に力を込めて、続ける。

「ハルカ、でも、私、…………絶対帰ってくる、帰ってくるから、だから、私…………」

 そんな約束に、意味なんてないのに。

 分かりきってるのに、約束なんて守られるものじゃないって。

 たしかなものとして信じるには、ボクらはもう長く生きすぎてる。


「…………分かった」


 それでも、ボクはそう言った。

「分かったから」

 エヴァは、きっと泣きそうな顔をしてるんだろうと思ったら、そう言うしかないと思ったから。彼女が決めたことならもう後はボクの中だけの問題なんだろうから、そう言うしかないと思ったから。

 だって、いつまでも困らせ続けるわけにはいかないじゃないか。説得できないなら、あきらめるしかないじゃないか。

 だから、

「うん…………もういいよ。もう何も言わない」

 エヴァは何かを言いかけた口を閉じた。言っても無駄だと思ったのか、いや、エヴァのことだから単純に言葉に迷ったのかもしれない。口の端を結んで、腕を強く握る。

 変わらず体育館内に響く音楽と歓声が聞こえなくなるようにと、ボクは目をつむる。

 近くに感じられるはずのエヴァが、ひどく遠く感じた。





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