三月二十八日 青嵐一
二千二十七年三月二十八日、午後六時十三分、輸送機DA-T258『リンドブルム』
「だからさぁ、“名付け親”がオレを指さして笑うんだよ。何で笑うんだって聞いたら、『受ける、マジ受ける』って、死ねばいいんじゃねあいつ!」
晴れて大学へ進級したと言うのに、如何して俺はこんな所で愚痴を聞かされているのだろうか。軽く頭を悩ませても答えが出ない事は明白だったので、敢えて問題を放置して隣で憤りを見せる友人の肩を小突く。
「リヒャルト、ダンカンがお前を睨んでるぞ」
「マジか? やべぇ」
主将に睨まれると大変な陸上部員は首を竦めてあちこちを見渡す。戦闘服を着た毛深い大男が犬の頭を竦めている姿は、愛嬌が無いと言えなくも無い。多分、遥なら『リヒャルトハイパーもふもふ』とか言うのだろう。愛嬌関係無いが。
「嘘だ馬鹿が」
「あ、馬鹿ってなんだよ」
「ダンカンは操縦席の方だ、当たり前だろ」
「いや、来るかもしれねぇじゃん。馬鹿はねぇだろ馬鹿は」
まあ、馬鹿は置いておいて。輸送機は漸く目的地上空迄来ていた。暫くしたら着陸体勢に入るだろう。
「って言うかランは、何で風紀委員なのにこの作戦に参加してるんだ?」
「別に、俺が居ようが居まいが、お前には関係無ぇだろ」
「そうじゃなくてさぁ」
にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべて、リヒャルトは俺の脇をつついてくる。
「会長と何かあったんじゃねぇの? なぁ、あったんだろ?」
…………うぜぇ。
「いったぁ! 普通刺すか!?」
大袈裟に軽く刺された腕を此方に見せ付けながら、リヒャルトは叫ぶ。一部の毛が短くなった丈だと言うのに、煩い奴だ。
「俺は刺す」
「お前ぇじゃねぇよ一般論だよ! 友人に刃を向けんな!」
友人に刃を向けるな、含蓄の有る言葉に一度頷き、然し俺は首を振って言う。
「残念だが、俺は親しい奴に程刃を向けるんだ」
「…………ハルカが可哀想に思えてきたぞ」
「遥じゃ無ぇよ、俺が彼奴にそんな酷い事する訳無いだろ。…………カインツだ」
「カインツーっ! しかも酷いって自覚あるのかよ!」
学園長に拾われた、孤児だった俺達の中でも、カインツは一番手の掛かる奴で一番生意気な奴なのだ。次男坊がそれじゃあ駄目だと言っているのに、彼奴は今日も最強に成る事丈を考えて修行とやらに励んでいる。馬鹿だから。そんな奴には、俺の針が刺さるのも仕方が無いと言える。
因みに、一番可愛いのが遥、一番確り者がエンデだ。名字も種族も母語ですら違うけど、皆俺の可愛い兄弟だ。更に因むと、リヒャルトはそんな可愛い妹に近寄る害虫と言う事に成るが、彼は俺の友人でもあるのでそれを面と向かっては言わない。若し手を出したり何かしたら、今の比じゃ無く串刺しだ。
「カインツの奴、今頃どの辺にいんだ? この前はなんとか火山に行ってたみたいだが…………」
「阿蘇山の火口だ、今頃南極にでも行ってるんじゃないか?」
『俺様は寒さを克服してくる!』と言っていたしな。抑々、彼奴は風竜だから、暑さも寒さも克服出来る筈が無いんだが。まぁ死ななきゃ知らん。
「…………じゃねぇよ、お前会長と何かあったんだよなって話だよ! 俺ぁ誤魔化されねぇぜ」
誤魔化されろよ。遥もそうだけど、別にお前等が喜びそうな事は無いって。それを言っても此奴は納得しないと知っているからこそ、俺は少し離れた床板の継ぎ目を見詰める作業に努める。
「へいへいラン君、一体何があったんだい?」
うざい友人の腕毛を一部を刈り込んで又悲鳴を上げさせてから、俺は一息吐いた。
『青嵐君、頼み事があるんだけど、聞いてくれないかな?』
頼み事が、作戦に関する事だとは、彼女の声の調子や表情から判っていた。だから、欠員の補充がしたいんだと言った彼女に他の奴を推す事も出来た。それこそ、“洗濯機”ユーリーや“完全犯罪”イェーガー、“指揮者”ソワール等を推薦する事は、出来たのだ、知り合いだから。
唯、そう切り出した凛が、縋る様な目をしていたから、断ら無かった丈だ。…………いや、断れ無かった、か。
第一に、加奈陀進攻中の友軍が苦戦している事は確かだ。亜米利加軍の猛防を押し切れず、逆に押し返され気味だと聞いた。今回の学園の作戦は、彼等を助けるのが目的なのだ。そして、“先攻不可”の学園が防衛と押し切り亜米利加本土に辿り着くには、欠員が出過ぎたのだ。
第二に、自慢に成るかも分からないが、俺は“針鼠”の“名前持ち”だ。“名付け親”に名前を付けられた以上、積極的に様々な事に関わらなきゃいけないのは確かなのだ。特に、俺は戦闘系だから、尚更。戦場慣れしてる俺が欠員補充に充てられるのは、まあ当然の事なのだ。
第三に、これが一番だが、学年こそ俺と同じでも彼女は学園全体を預かる“生徒会長”であるから、自分を律する事を承知している彼女が、そんな風に弱っているのを見過ごせなかった。見過ごせる筈が無かった。
…………以上、俺の今回の作戦参加動機だ。矢張り面白い物では無い。何依り、彼女が弱っているのを知った上で労ったり労ったり慰めたり勇気付けたりして遣ら無かった時点で、俺が如何ともし難い大馬鹿者である事を露呈して仕舞っているのだ。
詰まり、リヒャルトや遥が言う程俺達の関係は甘くは無い、と言う事だが。
然して考えている間にも、輸送機『リンドブルム』は高度を下げて着陸体勢に入った。積荷が多分に有るので、戦場からは少し離れた場所から陸路で運ぶのだろう。飛行科の連中も次いで来ているし、それで運ぶのかも知れないが。
俺が然考えていたのを見越した訳じゃないだろうが、操縦席に居た今作戦の指揮官である陸上部主将ダンカン・ライマイトが総勢四十名程が待機するこの大きな貨物部屋に入って来た。十二年生の厳つい主将は、部屋内で各々に自分を見詰める部員を無表情で一瞥して、大きな野太い声で言った。
「――――――――総員、降下用意!」
午後七時四十二分、戦場
「っち、狼に空を飛ばせるとはどういう了見だ」
未だにぐちぐちと文句を言っているリヒャルトは放り置いて、黒い戦闘服の上から茶褐色のジャンパーを羽織った。遥が自分で調整してくれたジャンパーだ。結局駄目に成っては仕舞うだろうが、それ迄俺を助けて呉れる大事な防具だ。地面に付きそうな程長い裾を一度払って、フードを被る。狭く成った視界で、眼下に見える戦場を見回した。
小竜の校章を背負う学園の戦闘機が同盟軍の証を脇にした友軍の戦闘機と共に飛んで行く。その後ろを、戦闘服を着た竜人や魔女が空を割いて飛び回る。険しい山合いを同盟軍の歩兵が投下された補給品を手に敵の厚い弾幕を掻い潜り進み、日の沈んだ事を喜ぶ歓声や咆哮が彼方此方で響いていた。
息を一杯に吸い込むと感じる、火薬と血、濃厚な生と死の臭い。場違いな程明るい夜の森。空を割く弾丸や戦吼、喧しい金属音と意味の無い声に怒号。戦場の風が、俺の身体にまとわり付いて、身動きが出来ない程に感覚が麻痺していく。
山の中腹に降下した俺とリヒャルト、その他武道部の蜥蜴男と陸上部の骸骨と人間の女子の五人は、一度戦場の様子を各々に窺って、溜め息を吐いた。酷い方だと思ったか、未だ良い方だと思ったのかは口に出さず、学年毎に金属板中央の色の違う“お守り”を掲げる。そこでリヒャルトが俺を見たので、仕方無く口を開いた。
「…………我等がブリッカー・クライン大学園、剣を抜くのは我等の名の下に」
「「「「Check、剣を抜くのは我等が大竜の名の下に!!」」」」
『――――八時だ。状況を開始しろ』
無線機からの指令に、全員が弾かれる様に走り出す。リヒャルトと蜥蜴男が後ろに着いたのを確認してから、坂道を一気に駆け下りる。陸上部二人は俺達とは任務が違うので、別方向へ向かった。詰まり今回はこの三人が一つの隊と言う事か。
「おい、お前、所属と名前」
リヒャルトが走り乍後輩に声を掛ける。任務を遂行する為には隊員の連携は必須だからだ。知らない相手でも、学園に帰る為には上手くやらなければいけない。だが俺は余り人付き合いが上手く無いので、こう言う時はリヒャルトが居て良かったと思う。
居ない方が良かったと思った事も何度も有るが。
「4年武道部剣術科、ラインです、先輩」
「そうか、陸上部のリヒャルト・アインツだ、宜しくなライン。前走ってる“名前持ち”は“針鼠”の何青嵐、風紀委員。お前、戦場は初めてか?」
「2回目です、まだ慣れません」
「慣れねぇ方が良い。ろくなもんじゃねぇ」
背後の会話を聞き乍も、足は止めない。この作戦、強欲とか大層な名前が付いているが、遣る事は至極簡単だ。まあ、作戦の名前は便宜上の物で、意味何て無いのが通例なのだが。
加奈陀に投入されている亜米利加軍を無力化し、出来れば首都迄進行したい。その為に、俺達学園生徒は敵陣営の真中を突っ切って指揮官を叩く。亜米利加軍の現在の主力は、大勢の複製兵、変異兵、機械人形と機械獣だ。この戦線にはその内の殆ど全部が投入されているとの話だ。
因みに、人材不足で人間の兵士の全員が将校以上に成っている亜米利加では、指揮系統が寸断されると隊が暴走するように成って仕舞い、民間人の居る場所には簡単に送れない馬鹿みたいな軍に成り下がって仕舞っている。昔の海兵隊依り質が悪い。だからこそ、民間人がこの戦場に居る可能性は排除しても良いだろう。
『こちらα‐1、標的T5までの距離は200!』
『α部隊はそのまま進め! 敵は巨大だぞ!』
『おいおい、あんなにでかいって聞いてねーぞ』
『航空科、一番乗りだ! 突っ込むぞ!』
『通達! 南側の友軍が苦戦中、増援頼む!』
『こちらθ‐3、援護する、後ろは任せろ』
『畜生、撃たれたっ! 糞っ、ポイント迄行けそうに無い!』
『衛生兵ー!!』
『T2撃破! T5の方へ援護に向かう!』
『ふっざけんなよ機械ごときがぁっ!』
『機械獣が出てくるぞ、気を付けろ!』
『やっべ、やられちまった。誰か俺の“お守り”、回収してくれよ』
『死ぬなよ、おい! まだ大丈夫だ、諦めんな!』
無線機から聞こえる戦況を見るに、余り良くないようだ。南側では巨大移動要塞『タイラント』を破壊しようと陸上部と軍が共同で戦線を張っていると聞いた。今の所十五機確認されている内の二機がこの戦線に投入されている事を考えると、矢張り向こうに取っても此処は重要な場所だと言う事か。
山を抜けると先には焼かれて何も無くなって仕舞った森が広がっている。誰が焼いたのかは知らないが、そう遠くは無い所に敵が塹壕を掘って待ち構えていた。俺が姿を見せた途端、それ迄無差別に弾幕を張っている丈だった火線が一気に此方に集中する。
「うっひょー!」
「うっわぁああぁっ!」
すかさず加工科特製の防弾盾の後ろに隠れたリヒャルトとラインの声を後ろに、俺は弾丸を払った。当たると危なそうな物丈最小限に払い退けて、残りはジャンパーを頼る。だが当たると痛いし吹き飛ばされるので極力当たりたく無い。
距離は七十、余り足の速い方では無い俺は飛んで来る弾丸に身を竦めつつ走る。手間取っている間に、リヒャルトが歓声を上げながら盾を構えたまま追い抜いて行った。次いでラインが悲鳴を上げながらも走って行く。獣人特有の獣の動きで蜥蜴と狼は七十の距離を瞬く間に零にした。
「チェストーっ!」
敵が注意を向ける暇も無く豪腕が唸り、火薬式突撃銃を構えていた複製兵の頭が一つ空に舞った。咬み付いて千切り捨てた何人かは直ぐに生命活動を止めて動かなく成る。手慣れた物で、リヒャルトは直ぐに十人程を吹き飛ばす。
「うわぁあああ!!」
悲鳴を上げながらも、剣術科のラインは左手に持った片曲長刀K-122『カトラス』でリヒャルトの方に意識が行って無防備に成った数人を斬り伏せた。中々筋が良い。
「青嵐!」
「分かってる」
重い発動機と無限軌道の喧しい音に、足を速めて敵の居なく成った塹壕に滑り込む。森から、無理に木をへし折り踏み付け現れたのは亜米利加軍の戦車。出入口の無い型だから、無人機なのだろう。主砲はそこ迄長くは無く、寧ろ脇の機関銃の方が威圧感が有る。ずんぐりとして縦に長い影法師を連れて、戦車は焼け野原を轟音と共にやって来る。
戦車は真っ直ぐに俺達の潜む塹壕に向かって来る。熱探知機位搭載しているだろうから当たり前と言えば当たり前だ。向こうも馬鹿じゃない。リヒャルト位馬鹿で単純だったら此方も楽なのだが。いや、リヒャルト並の馬鹿だったらこんなに長く戦争しないで済むな、何せ馬鹿だし。
「おい青嵐、何か失礼な事考えてるだろ」
「考えて無ぇよ、煩ぇ奴だな」
「いーや、絶対考えてた。俺には分かる、お前はそういう奴だ」
「黙ってろ、犬」
「犬じゃねぇ、狼だ!」
「犬だろ、俺の妹に尻尾振って見せて。今度首輪作って貰ったら如何だ?」
「あ゛? ぶっ殺すぞ?」
「あの、先輩? それよりあの戦車どうするか考えません?」
ラインの言う通りだ、これだから馬鹿は。
「これだから馬鹿は」
「やっぱてめぇはここで殺す!」
「出来るならな」
言いながら単身で塹壕から外に身を踊らせた。余りの選択にリヒャルトが呻く。即座に反応した戦車の機銃が此方を向き、弾丸を吐き出そうと息を吸う。更に主砲も此方を向こうと微調整を始め、一瞬後の惨劇を予想した悲鳴が背後で小さく上がった。
学園では、所謂“能力者”を種別に三つに別けている。それ迄の|ESP《ExtraSensoryPerception》と|PK《PsychoKinesis》丈では区分としては不適当だと言われたのだ。それで三つに別ける事に依り体調管理が楽に成った。
区分けは以下の通りだ。
一つ、“物質系”。何も無い場所にそのものを顕現する能力はこれに分類される。一つ、“干渉系”。物質系と似ているが、その場に既に存在する物を操る事しか出来ない。一つ、“感応系”。能力が及んでいるか否か、結果や過程が目には見えない様な種類はこれだ。
物質系と干渉系の二つを如何に明確に別けるかと言うと、同じ“発火能力”でも炎を手から出して見せる火炎放射型と物の温度を上げて自然発火させる型では区別されると言う事だ。“洗濯機”は物質系だが“加工屋”は干渉系、“指揮者”は物質系で“完全犯罪”は干渉系だ。同じ“怪力”でも、干渉系なら周りの空気を自在に操れる、感応系だったら身体強化、と言う具合にも成る。
一般的に、能力を使うのは頭に負担が掛かる作業だ。先に述べた順に負担は増えていき、使える頻度も減る。かと言い、だから有用だと言う訳でも無いのが悲しい所だが。まぁ、簡単に言うと、物質系は馬鹿で干渉系は頭が良くて感応系は根暗なのだ。
何が言いたいのか。
物質系は馬鹿だし頭に負担も大して掛からない、然も幾らでも使える。出来る事が限られているからやる事は単純で良い。干渉系は色々出来るが制御が難しいし余り何回も使うと寝込む。だが一番有用で選択肢が沢山有り、成長の幅も有る。感応系は負担が大きく一日に三度も使えば倒れて暫く動けない程だ。然し特殊なのが多く、実に重宝される。
俺は物質系である。そして余り悩むのが得意では無い。馬鹿ではないが。
刃を手の延長の様にから出す。銀色の鈍い輝きは半透明で、それが実物では無いと分かる。事実、この物質は存在しないし、質量も厚さも重さも殆ど無い。能力が不安定だから確りと実体化出来ない刃は、大して長い間は実体化出来ず、俺から少しでも離れると形を失って仕舞う。そんな物質系の癖に今一安定していないのが、俺の能力だった。
何も無い腕から手品のように両曲刃の鋭い短剣を二十本程出して、此方を向こうとしていた機関銃を切り刻んだ。質量も厚さも殆ど無い短剣は鋼鉄を易々と貫いて、暴発した機関銃は内部で火花と火薬を散らす。次いで、指先から先の細い刃を出しながら此方を向き掛けた主砲をなぞる。分解した金属片が地面に落ちる依り速く、限界の三尺強まで伸ばした刃を戦車の底から真上へ振り上げた。
「…………やっぱりお前、Hedgehoperより、Asassinの方が適当なんじゃないか?」
爆発することもなく、電気系統をやられて動きを止めた戦車を見ながら、リヒャルトは言う。ラインは目を丸くしてばちばちと音を立てる戦車を見ている。
「それは“名付け親”に言えよ」
名付けは彼奴の趣味なんだ、彼奴に言え。
午後九時十三分、戦場
作戦開始から一時間経った。が、状況は大して変わらず。指揮官が何処に居るのか分からないので無謀にも体を晒しながら敵陣営に真正面から突っ込み続ける。敵は地形に慣れないのか失敗許するので戦闘は苦ではない。だが若干ラインが遅れ気味だ。
遠くで閃光弾が上がる。向こうの任務は完了したらしい。無線機からは歓声が聞こえて来た。確かに複製兵と機械兵丈に成った、上々だ。然し直後から白兵砲が撃ち込まれる様に。流石に直撃したら不味い。
午後九時四十七分、戦場
完全に泥沼化。
リヒャルトとラインの使っていた盾が駄目に成る。更にラインが無線機からの声と白兵砲の所為か砲弾症に成って仕舞ったのでリヒャルトと一緒に残し、此処からは独りで進む事に。既に敵地のど真ん中な為、二人の事も心配だ。俺のジャンパーもそろそろヤバい。
南で閃光と爆音、無線でT5撃破の一報。敵陣要の『タイラント』を破壊したらしい。これで白兵砲も止まる、後は進行は軍の仕事だが、未だ此方の任務が終わらない。作戦終了、帰投時刻は午後十一時だ。急がないと不味い。
今一降下地からの距離が判らない。遭難し掛けている気もする。敵と遭遇時に無線機を壊して仕舞う。連絡が取れなくなる、本格的に不味い。頭の端に『だから兄貴はドジだって言うんだよ』としたり顔をするカインツが浮かんだ。苛ついたから帰ったら殴って置こう。
午後十時三十三分、戦場
見付けた。にやりと笑む、話す相手もいないから無言だが。無線機も無いし。
亜米利加軍の将校以上の階級は略人間だ。そしてこの戦線には恐らく指揮官以外の人間は居ないだろう、と事前に予測されていた。何せ山森の何も無い辺りだ。相手も今の位置依り北で戦争するのは嫌なのだろう。かなり南下した所に本部が在った。
「ええ、任せて下さい、|きっと上手く《 Everything》出来ますから」
未だ若い声が迷彩柄の天幕の下を行ったり来たりしている。上司と連絡を取っている様だが、俺には気付いていない。首から下げた認識表が、彼が動く度に音を立てた。
「しかし、奴ら、このテントを直接叩きに来ませんかねぇ、それくらいはやりそうで…………、とんでもありません! 自分は一介の兵士です、何があろうとも任務を遂行するだけであります!」
真面目君だな、と判断しつつ、目を凝らす。指揮官の周りには機械人形が三体と自動機銃が二個、それから指示出し用の端末が机の上に乗っている。他には何も見えないが、若しかしたら地雷やらも在るかも知れないが、それは近付かないと分からない。
端末に向かって厳めしい顔をしている彼の、連絡が終わる前に移動を済ませておこう。今なら気付かれ無いだろう。
「その通りです、サー。……………………|了解しております《Sir, yes sir.》」
背後に回り、奴が回線を切ったのを見計らって背後から近付く。探知機の範囲内に入った瞬間に此方を向き掛けた機械人形の厚い装甲で守られた胸の奥を一突きしてやると、内部の回路系統がやられて動かなくなる。素早くもう一方も動かなくして、伸ばした刃で遅れて動き出した自動機銃を叩き落とす。
「くたばれ!」
物音に気付いた指揮官が拳銃を構えて即座に撃って来た。旧式の火薬式自動拳銃、亜米利加の有名な奴らしいが、良くは知らないし如何でも良い。何せ大事なのは拳銃である一点だ。
右手を覆う様に刃を出して、無造作に銃身を掴む。驚いた相手が引き金を引くが、上に逸れて見当違いの方へ飛んで行った。指揮官は“針鼠”の名の由来にも成った剣山を見て目を剥く。直ぐに手から出した鋭く細い刃を相手の首に突き付け、端的に言った。
「動くな」
鈍く光る刃の先を荒い息で睨んで、兵士は唸る。掠れ気味の声が『化け物め』と言った気がした。
「お前、|この部隊の指揮官だな《 a commander of the corps, aren't you?》? |其処の端末で機械人形と自動機銃の設定を無効化しろ《Part with control of Automater and AutoMachineGuns,》、で|なければ明日の朝日は拝めないぞ《 you woudn't see tomorrow sunrise.》」
端的に脅す。端末の前に連れて行き、これでもかと言う程に刃を出して見せてやると、流石に言葉に詰まった様子で歯を噛み締める。兵士は無言で端末に認識表を読み込ませて合言葉を入力した。
「あぁ、もう良いんだ」
「何だって?」
端末の画面が切り変わったのを確認して、脅しに突き付けていた刃を押し込んだ。無造作に突き刺さった刃は何の抵抗も無く兵士の喉の奥まで進んで行って、払う手に釣れて首に赤い線を引く。何が何だか分からないと言う顔をしている男の体を押し退けて端末の前に立つ。
背後で兵士が倒れる音を聞きながら操作板を叩くと、画面には管轄内の機械兵と複製兵と変異兵への一括指示出しの画面が開いていた。機械兵と変異兵は指示出しに従う様に命令されている筈なので、此処で攻撃を止めるように指示を出せば良いのだ。複製兵は知らない。
「全活動停止、と」
命令が受理されたと言う表示が出て、機械兵と変異兵の状態表示が待機に成る。複製兵は特に何もしない。代わりに敵側の無線機の設定を初期化しておく。
これで俺の特別任務は終わりだ。生徒会長直々に賜った厄介事を確りと終わらせて、漸く息を抜ける。帰投後、恐らく詫びに来るであろう彼女に、大した事じゃなかったと言えもすれば、面倒は懲り懲りだぞと愚痴る事も出来る訳だ。知らず口元が綻ぶ。
隣に機械人形の残骸と人間の死体を横にしても、然して日常に思いを馳せられると言うのは、俺も大分可笑しく成ってきたかな。
否、違うな。
俺達は学園長に拾われた時から既に可笑しかったんだ。
何せ、戦争孤児だからな。俺も、彼奴等も。俺とカインツは未だ良い。七年前の災禍は、未だマシな方だったからだ。あれは“戦場”ではあっても、“地獄”ではなかった。だが、遥とエンデは違う。開戦直後の、連合国と同盟国が直接激突した沖縄戦は文字通り“地獄”だったと言われている。旅行先で巻き込まれた二人は未だ幼かった。親兄弟共々に亡くし、戦場に放り出され、見付かれば殺されると言う極限状態を、当時あの場に居た人々は経験したのだろう。
学園長が二人を連れて来た時、何も言わずに鋭い目をしていたのを覚えている。身寄りを無くし、その後三年近く彷徨っていたんだと思うと、可哀想で仕方が無い。
たった十八年しか生きていない俺に取って七年前なんて、随分と遠い昔の話だ。況してや九年前の自分等、他人でしかない。遥も、今は笑えているし、俺も今では疑問も持たずに人を殺している訳だ。
自嘲気味に笑い、思考を打ち切る。今はそれ依り、速く学園に帰りたい。無線機が壊れてしまっているので、支給の閃光弾を撃ち上げる事にする。
「…………む?」
閃光弾が入っている筈の内側の衣嚢に手を入れて、穴が空いている事に気付いた。どうせ無線機は壊すだろうと態々専用の閃光弾を支給して貰った上に一番無くしたり壊したりしないような所に入れたのに、まさか穴が空いている何て誰が思う。
然し、これでは任務完了の通知も出来ないし、帰投も不能だ。遥が俺の頭の中で呆れて見せる、『まったく、あんちゃんてばドジっこなんだから。この前もサイラスに回収に来てもらったんでしょ、ダメ兄貴?』。駄目兄貴で済まない。
溜め息を吐く。これは回収地点まで全力疾走の長距離持久走か。
午後十一時二十一分、輸送機DA-T258『リンドブルム』
「おい見ろよ、鼠が走り疲れてふて寝してるぜ」
「あいつ、ポイントから十キロ位離れてた位置に居たらしい、そっとしておいてやろうぜ」
「皆お疲れ様っ、保健委員からの差し入れドリンク配るよっ」
「待ってました! やっぱ運動の後はエナジーチャージ『命の水』!」
「この薬臭さがたまんねえ!」
「毎度思うが陸上部は何か中毒になっているよなぁ」
「誰だよ薬学科の連中の開発商品持ってきた奴! 誰が飲むんだよ!」
「今回の被害はどのくらいだったんだ?」
「来たのは37人だっけ? じゃあ3/37だな。まあ、今のところは」
「おい誰か、こっち手伝ってくれよ!」
「どうしよ、オレ、あいつ、守れなかった…………、目の前にいたのに、オレ、オレっ…………!」
「あー死ぬ、死ぬ死ぬ。血出過ぎてらもん、死ぬって」
「いっそ死んどけよ死人が。お前血出たって死なねぇくせに」
騒々しい機内、走り回る生徒達、爆音を上げて学園へ向かう飛行機。気だるさを訴える脚を誰かが蹴飛ばしたが、謝罪に応じるような気力は無い。せめて邪魔には成らない様にと壁際に寄って横に為っているが、発動機の音と振動の所為で寧ろ背中が痛く為りそうだ。
薄く目を開けると、行きとは違う荷物が積まれた貨物室には大なり小なり怪我を負い、疲れた表情でそれでも互いに言葉を交わし合う学生達が居る。戦場を見てきた後は皆、何でも良いから、どんな話題ても構わないから、学園の友人と話していたい気分なのだろう。
そして此奴もそんな連中の一人な訳だ。「いよぅ鼠君、またランニングしてきたんだって?」
「黙れ帰れリヒャルト。馬鹿に構ってられる気分じゃ無ぇんだ」
隣にどっかりと腰を下ろした暑苦しい毛皮野郎を睨むも、奴は何食わぬ顔で機内を見回している。長距離を全力で走った所為で痙攣している脚を誤魔化す為に横に避けて、場所を空けてやる。リヒャルトは相変わらず締まりの無い顔付きで俺に小さな掌程の大きさの小瓶を差し出して来た。
「まあこれでも飲めよ、多分楽になるぜ」
「…………薬科の実験台は御免だ、お前が飲め、そして『命の水』の方を寄越せ」
『エナジーポーション』と書かれた赤色の液体の入った小瓶を手で弾く。薬科の作った薬品何て危なくて飲めた物じゃない。以前から医学部の一部連中には迷惑掛けられてるので、特に薬科と生物科には。
「ばっかお前、研究部ご用たしのポーションらしいぜ? 飲んだら八時間は寝れないってよ」
「ドクペとRBが主食の奴等の御用達なんざ録な物じゃ無ぇだろが」
連続徹夜とかしなきゃいけない連中の何が参考に為るんだ。本気で寝れなく成るのが落ちだろう。夜勤なのに眠れなかったらイェーガーの奴に又いびられる。それは御免だ。今度の大会では今度こそ彼奴を伸して優勝してやると決めているんだ。
「ちなみにハルカのオススメ」
「早く寄越せ馬鹿」
リヒャルトの手から小瓶を奪い取る。片手で封を開けて中の液体を煽った俺を、馬鹿が呆れた様な目で見る。爽やかさを装った炭酸が喉を苛めながら降りていく。栄養飲料に有りがちな独特の味、薬っぽさを誤魔化し切れずに寧ろ強調されてしまっている。
後味は特に悪く無かった。息を吐く俺を横にリヒャルトは色の違う小瓶を煽る。飲み干した瓶を横に置き、リヒャルトは灰色の瞳を此方にちらりと向ける。
「っつかさ、青嵐ってハルカハルカ言う割には、本人にはあまり構ってやらないよな」
「……………………それは」
それには理由が有ってだな。思わず言い訳に開き掛けた口を閉じる。何で俺が此奴に言い訳しなきゃいけないんだ。如何して俺が腹を立てなきゃいけないんだ。
「あいつこの前、言ってたぞ」
俺が黙って居るのには何も言わずに、リヒャルトは独逸人らしい毅然とした顔で何の気も無いように変わらず慌ただしい機内を見回している。
「『あんちゃんとは呼ぶものの、実際血も繋がってないのにどうして兄貴なんだろ。学園長だってボクらを拾った時に何か言ったわけじゃない、ただそう言わないと、思ってないといけないように、ボクらは互いにそう呼び合う。そういうことなんだ。だから、きっとあの人も思ってるんだろね、何だよお前なんかって』」
「……………」
続けろ、と目で促す。リヒャルトは溜め息混じりに、彼奴の言葉を続けた。
「『だから多分、見下されてると感じるんだ。もう何年も一緒にいるのに、いまだにそう感じるんだ。劣等感? いや違う、そんなもんじゃなくて…………なんだろ、ボクは寂しいのかな? ねぇ、キミならわかる?』」
「…………リヒャルト」
「誤解の無いように言っとくが、これは俺に宛てた言葉じゃねぇからな。相室で友人のエヴァって女子。ついでにその日は酷い雨でハルカは仕事上のイザコザで武道部の奴らに殴られてた」
あぁ、と思い当たる節が有って頷く。確かにそんな事情で風紀委員として仲裁に出掛けた事が有る。遥が殴られたって言って加工科連中が皆売られた喧嘩を買ったから質が悪い。大騒動に成って風紀委員が俺を含め十人も出張る羽目に成った。
あのエヴァって女子に、遥が相当心を許している事は知ってる。あの日に見かけた二人は、本当に親友と言って良い関係なのだと、外から見ても分かった。あの子になら、確かにそう言うかも知れない。
「で? お前はなんでもっと構ってやらないんだ、お兄さん?」
手前ぇに兄さんと呼ばれる筋合いは無ぇ。
「昔、色々有ったんだよ。色々、な」
そしてそれをずっと言い訳にしてる訳だ、俺は。駄目な兄貴だと言われても仕方が無い、俺は昔から然だった。
苦い顔をして居る俺を一瞥し、リヒャルトは呆れた様に鼻を鳴らした。苛つく態度に俺が殺気を向けると、奴は肩を竦めて首を振る。此奴は単純馬鹿だから、俺の理由も言い訳も無視して、踏み込め無いのは俺に思い切りが無い丈だと宣いやがる。然言う所、弟に似てて嫌に為る。
奴は時計を見て息を吐いた。深呼吸の様な溜め息。それが此奴の、気持ちを切り替える為の、ある種儀式めいた行動だと知っているので、俺は目線で問い掛ける。リヒャルトは視線を落として、呻く。
「…………そういやライン、あの|リザードマン《EidechseMann》のことだけど」
「応、彼奴が如何した?」
「あいつ死んだよ」
ちゃり、とリヒャルトの手の中で此奴の“御守り”が音を立てる。俺達の学年色である藍色の金属板の裏に刻まれた文字を指先でなぞりながら、無表情に言う。
「何かワケわかんなくなってたみたいでさ、叫んで敵陣に突っ込んで行きやがった。止める暇なんざありもしねぇ、あっという間さ」
「……………………応」
然か、駄目だったのか。そんな風に考えて居る自分に嫌悪感を抱く。何時から死を悼め無く成って仕舞ったんだろうか。別に涙を流せと迄は言わないが、せめて黙祷位は…………。
「死ぬ何て、馬鹿だよな」
思わず呟いた。リヒャルトは、何も言わずに俺の肩を強めに叩く。
学園に着く迄寝ていようと目を閉じたが、先に飲んだ栄養飲料が効いているらしい。が、後悔しても遅い。穴だらけでぼろぼろに成って仕舞ったジャンパーを見下ろして、溜め息を吐いた。
タイトル変えてすんません。
あと、たまにルビうまくできてなくてすんません。
12/8/18
手直し、あちこち修正。
直しきれずおかしな感じに、ルビ振りができない。