3/27 HARUKA‐1
2027/3/27/AM.8:37/WestSide of SecondGround/
空の飛行物体を、ボクは見上げながら歩いていた。
「おー」
春も盛りの3月下旬。日本の気候は毎年の恒例のように、冬の終わった喜びを謳歌していた。
この学園も一応は日本に位置するので、当然ながらにその例外ではなく、ここ最近はすごしやすい天気が続いてる。生徒達も、実家から帰ってきた久しぶりの仲間達と一緒に騒いだり、新入生歓迎会に備えて準備したりしているようだ。
まあ、ボクの知ったこっちゃないが。
来学期からは6年生、高等部の最高学年が何を知らんぷりをするかと怒られそうだけど、ボク含めた加工科連中はそんな暇じゃないんだ。何せ第21期学年武器の調整がまだ終わってないわけで。
「…………おー」
と、いうわけで、というわけで本日1番の強風に耐えられなかったらしい制帽が幾つも宙を舞う。それを追いかける声が幾つも生まれて、グラウンドであたふたとしている。日除けにパーカーのフードを被っていたボクも、視界が新たに開かれたことにわずかの驚きを覚えた。
間抜けにその制帽が空を舞う様を見ながら歩いていたせいか、突然何かもふもふとした壁にぶつかる。
「おー?」
ぶつかったので当然のことに垂直抗力を受けたボクは逆側に倒れそうになる。力なくそのまま倒れそうになった体を、もふもふの壁がもふもふの腕で支えてくれた。
徹夜明けの頭と体ではそのまま受け身も取れずにぶっ倒れるのがオチだったろう。なので、多分でっかな隈が出来ているだろう目をもふもふの壁に向けた。
「おー…………」
顔を真正面に向けると紺色の冬制服の間から毛がぴょこぴょこと顔を出している立派な胸が目の前にあった。
ふむ、実にもふもふである。毛皮で包まれた身体は獣人や人獣の特徴だが、さわり心地のよいもふもふは中々無い。目の前のもふもふは、毛足普通かたさ柔らかいといったところか。つまり安い絨毯程度。
そこから更に目を上に向けると、至極真面目な顔で、こいつはなんだろうと考察しているような顔がある。彼の顔は黒毛のシベリアンハスキーに似ていた―――別に詩的な比喩ではなく。
「お?」
「おい、あんた、大丈夫か?」
心配そうな声。真面目君か、そうか。
「むぅ、大丈夫かと聞かれたら大丈夫と答えねばならんのだとボクは個人的に考えているのだけど、…………シベリアンハスキー君はどう思うかね?」
とりあえずぼーっとしていたことを誤魔化してみようとそんなことを口走るボク。眉を寄せて真剣に考え始めるシベリアンハスキー君。廊下で2人向かい合って考え込む姿は間抜けだろう。
「…………相手を心配させないという意味ではたしかにその方がいいかもな。でも、本当に駄目な時はそれを察させてやるくらいはしないとな」
ややあって、シベリアンハスキー君はそう言った。きちんと答えを返して来る辺り、彼の真面目さを思わせる。
「キミ、真面目君だね、所属は?」
「陸上部、専門は中距離走。三年生戦闘系近距離型」
やっぱり年下だった。ボクは5年生だし、背は小さくても偉いのである、えっへん。
「ふぅん、この前軽装備品揃えに来たでしょ」
「あ、あぁ、軽いのを、な」
「あれ、調整終わって納品済みだから。受け取りに行きたまえー」
言って、シベリアンハスキー君の肩を叩いて、ボクはふらふらと歩き出す。
「え? あ、おい!」
後ろから声がかかるが、知らん。ボクは徹夜3日目で死にそうなんだ、今から寝に行くんだ。
グラウンドからは新入生歓迎会に向けて行進の練習をしている音楽科管楽チームのトランペットの音が聞こえている。更に隣では陸上部の掛け声や球技部の歓声が響く。
寝不足の頭に突き刺さる音楽や歓声が恨めしいけど、普段のボクらも似たようなものなのでここは何も言わない。ただ足をちょっと速めた。
「おい見ろよ、加工科の奴だぜ」
「うっわすごい隈。オレ戦闘系でよかったぜ」
「研究部と工作部はマジ3Kだよねぇ」
「3Kって何だよ」
「おめぇら気合い入れて掃除しろよ! それでも美化委員か!? 風紀委員の奴どもに目にも見せてやれ!」
「「「「Check!」」」」
「そういや今は魔術科の奴らも修羅場なんだっけ?」
「この時期はどこもそうだろ」
「新入生歓迎会かぁ、俺やることねぇんだよなぁ」
「ねぇねぇ、そっちにTx254型いってなぁい?」
「んー、269ならあるけど…………ゴメンそもそもAl型だった」
「そっかぁ、ダンカンさんのとこ行かなきゃ駄目かぁ」
…………あ、今完全に意識とんでた。やばいやばい。
頭を振って意識を回復しようとするが、上手くいかない。寮へ行きたいのに道に溢れる生徒と睡魔と疲労にやられて、研究棟からまだ全然離れられていない。無駄に広いこのグラウンドからとりあえず校舎の方に行かなきゃいけないのに、それもままならない。
「うー、あー…………」
自分の足が絡まった。当然倒れる。受け身なんてとれるわけねー。
ずべしゃ、と道の途中で地面に身投げしたボクを、訝る視線が多数突き刺す。が、しかし最早ボクには起き上がる気力は無い、無い。
「おい、そこの加工科」
もう駄目だ、と現実逃避気味にこのまま睡魔に身を委ねようとしていたボクに、頭上から声がかけられた。
険のある、尖った声。女の子らしくも気を張った、何かを警戒しているような、そんな声。
聞き覚えのある声に、いっそ無視しようかなとも考えたが、頭を靴でごんごんされるので仕方なく這いつくばったまま顔を上げる。いたいっつの。
「カワイ、だっけか。あんた、私の依頼を蹴ったらしいじゃん」
予想通り、同クラスの“洗濯機”だ。ニヤニヤと口元は笑っているが、目は全く笑っていない。どうやら依頼を断られたことがそんなにムカついたらしい。
厄介なのに絡まれた。めんどーくさーい。
「あんた、いい度胸してるな、え?」
睨む“洗濯機”、無言のボク。ちなみに、“洗濯機”はローリングとロンリーと掛けているらしい。発想が日本人的だ。
ところで、ボクはまだ体を起こしてない。よし、起こそう。
「なんとか言えよ」
蹴られた。むかっ。
「キミさ」
眠いしダルいし、口を開いたはものの、後が続かなかった。頭が全然動いてる気がしない。色々ダメな感じ。
「えっと、キミたしか、何だっけ、短刀2本?」
「覚えてたのか、そうだよ、ダガー二本」
んっと、確かあの依頼は…………。
「あの依頼は断られたんだよ、魔術科に」
短刀に炎と氷のエンチャントが欲しいっていう依頼だったはず。
「加工科はちゃんと作って魔術科に送ったよ、担当はサンだったかな。そしたらナイトハイドの奴が無理だって」
「…………あ゛?」
うわ、こわ。殺気全開で睨んでくる“洗濯機”。通常運転のボクなら確実にビビりまくりだけど、今なら喉にナイフ突きつけられても無関心でいられるぜ。
「言っておくけど、あの仕事は加工科の責任じゃないからね」
こわいけど言ったった。徹夜テンションマジぱねー。
案の定、“洗濯機”はなにやらボコる気満々で手をパキパキ言わせ始める。暴力に訴えるとは、短気な上に短絡的である。
「てめぇ、覚悟はできてるようだな」
まあ、ボコられるのはやっぱりボクなのだが。
「戦闘系が研究系を殴るのかー?」
「大丈夫、どこも怪我はさせないから、な」
胸ぐらを掴まれた。だらしなく前を開けたツナギをびよーんと伸ばされながら、あー終わったかも、と客観的に考える。主観的に、ヤバいとか、痛いのやだなとか、考えられる状態にないのだ。
“洗濯機”はたしか中距離戦闘系の能力者だったはず。能力も、物質系だったと思う。つまり、同じ能力者でも干渉系であるボクは正直今は何もできない。疲れてるし。
“洗濯機”は、さすがに能力使うのはまずいとか思わないのか、凄惨な笑みでボクのお腹の辺りに手を当てて、力をこめる。その名が表す通りなら、ボクはぐるぐると回転された挙げ句にそれはもうひどいことになる、はず。良く知らない。
できれば気絶したボクを誰かが運んでくれるといいけど。
そう覚悟を決めて、強く目を瞑る。“洗濯機”は腹を掻き回すように力をこめて、
「――――そこまでだ」
低い、獣が唸るような低い声が、耳元で聞こえた。
目を開けると、ボクはつい今しがたまでいた場所より1mずれた位置に立っていた。顔を上げると、ボクの肩に手をおいた、年上の男子学生の姿が目に入る。それが何を示すのかは、恐らくこの学園に知らない者はいないだろう。
「俺の目の届く範囲で暴行とは、貴様、良い度胸だな」
灰色狼はそう笑った。
グレイの髪と瞳、鋭さを持ったシャープな顔立ちは、女子に人気だが、その性格から近づく者はいない。黒い委員服に風紀委員の黄色い腕章が、人目を引く。まあ紺のツナギの上に赤いパーカーをはおってるボクの言えたことではない。
“完全犯罪”のイェーガー・フライハイト。綴りはJager.Freiheit、ドイツ人なのだそうだ。8年生の風紀委員長、中距離特殊系の人狼、ちなみに後天性で能力者。チートか。
近々ある学園内での最強を決める毎年の恒例行事では今年こそ優勝するのではないかと言われている人物で、そんな人に睨まれる“洗濯機”は気が気じゃないだろう。ボクも気が気じゃない。
「ええっと、イェーガーさん?」
「何だ“加工屋”。助けてやるんだ、邪魔するなよ?」
睨まれてしまった。むぅ。
犬には好かれるタチであるボクは犬が好きだけど、イェーガーさんは犬っていうか狼だからちょっと怖い。だけど比較的心証はいいらしい。ボクが絡まれてると助けてくれるのは大概イェーガーさんか加工科仲間かリヒャルトだからね。
ビビる“洗濯機”。風紀委員は厳しいことで有名だ。
「た、助け」
「聞く耳持たん、|粛正《Hinrichtung》!」
「いやーっ!」
南無。
/AM.10:12/ResearchClub's Dormitory/
疲れた。ようやく寮に辿り着く。校舎から離れた場所にある学生寮は、遅く起きて人がちらほらと見られるが、研究部、工作部の寮はしんと静まりかえっていた。
頭はぐらぐら、視界はゆらゆら、足はふらふら。色々と限界なボクは自室の前まで来た。
が、
「うーあー」
視界がブラックアウト。というか意識と関係なくまぶたが下りる。
意識の手を離れた体が部屋のドアに頭をぶつけた。痛いとも思わない。完全に駄目になってるみたいだ。どうにもできなくてそのままごりごりと崩れおちる。
駄目だ、ここで寝ちゃおう。そうボクが意思薄弱にそう思った時、寄りかかっていたドアが唐突に開いた。
「…………ハルカ?」
細い、聞き取れないほどか細い声。馴れた声はそっとボクをつまみ上げて、意識を再浮上させる。
「ん、エヴァ、帰って来てたんだ、おかえり」
視界をめぐらせると、部屋着のラフな格好にボクの買ったパーカーをはおった女の子が困ったようにボクを見下ろしている。薄紫色の髪と目が、ほのかなラベンダーの匂いと共に揺れた。
「え、あ、た、ただいま」
同室のエヴァ・ジーン。研究部魔術科、努力真面目家の同学年の女の子。お兄さんがいるらしい。
研究部と工作部はあちこちで協力し合うので、少し前に寮が一緒になったのだ。おかげでこの寮に出入りする連中はほとんどが不規則な生活を送っていて、むしろ授業が無ければこうして昼夜逆転生活の方が主になってしまっている。わはは。
「わ、私も、今帰って来て」
どもりながらの喋り方にも馴れた。わたわたとしている姿が小動物ちっくでかわいい。
「魔術科は大変なんじゃない? まだ500個くらい残ってるでしょ?」
なにせさっき加工作業が終わったばかりで。
「大丈夫、先輩、帰って来たし」
そうなのかー、と適当に返して部屋の中に入る。ふらふらで壁に何回か頭をぶつけたけど、なんとか奥まで辿り着いた。
「魔術エンチャントは手作業だもんねー」
新入生に渡される“お守り”製作は加工科と魔術科の仕事だ。ドックタグみたいなもので、飾り気のないプレートの中には護符とプロフィールの書いた紙が入っている。魔術科の最低限のプロテクトがかかっていて、この学園の生徒は全員が持っている。
だけど1年しか効果が持たない。だから毎年、新入生の来るこの時期に、全生徒分のチャームを揃えないといけない。よって作業は徹夜当たり前。
「加工科の方じゃ、ある程度は楽できるんだけど」
鋳型はあるから、流し込めばいいだけの部分がかなりあるし。
「で、でも、大事」
「そのとおりっ、だ」
学生寮は、1年生から10年生までは2人一つの相部屋でそれより上は個室になっている。入学当初からずっと加工科所属のボクと、ずっと魔術科所属のエヴァとは、まあ五年間の付き合いになる。
部屋は二段ベッドとシャワールーム、トイレが付いてそれで終わり。校内にあるのでこれ以上は望むものもない。
「とりあえず寝たいなぁ」
「え、シャワー、浴びない、の?」
「めんどーくさーい」
もう寝たーい。
「だ、駄目だよ。連続で、徹夜してたんでしょ?」
「今朝も浴びたって」
それくらいするってば、人とも会うし。
まだ何か言いたげなエヴァに抱きついて、下段のベッドに身を投げる。ラベンダーの匂いがふわりと鼻をくすぐって、いい気分になる。
ボクより背の高くてスタイルもいい彼女が、ボクの抱きつき攻撃に甘んじるのは、彼女が慢性的な睡眠不足で、抱き枕がいないとろくに眠れないからだ。3日連続徹夜で眠れなかったのは彼女もってこと。
手を振りほどかないでくれるので、甘えるようにもっと抱き締める。うりうり、これがええんか。
「ハ、ハルカ」
困ったような声。どことなく焦っているようだと感じるのは、きっとボクの判断能力が低下しているからだ。
そのはず、多分。
「ん、お休みエヴァ」
断ち切るように目を閉じると、ようやく迎えられた睡魔が一気に押し寄せてきて、数秒と経たずに意識を拐われた。待ち望んだ眠りにためらいなく手を伸ばす。
意識が切れるちょっと前、エヴァが拗ねたようにズルいと呟くのが聞こえた気がした。
/PM.9:24/
「…………おおう」
寝すぎた。9時かよ、マジかよ。
思い出す、確か第2作戦アプリストスが今夜決行の予定だったはずだ。最終調整をしてやらなきゃならん。
「エヴァ、エヴァ・ジーン、起きて、起きろ!」
枕を叩いて騒いで、いつの間にかボクのお腹に顔を埋めてるすやすやな友人を起こす。
「ふぁ、ハルカ?」
「ボク仕事だから、また後でね!」
まだぼんやりとしているエヴァに言い残して、慌ただしく外に出る。前に持ち物確認。服装、ツナギ前締める、パーカーフード被る、手袋きちんとする、ブーツ紐結ぶ。持ち物、部屋の鍵、腰に金属棒、バッグは部活棟。
よし。ドアを蹴飛ばす勢いで飛び出す。第2グラウンドまではかなり距離があるけど、間に合うかな。
夜の時間帯は夜行性の獣人種や、昼間は出てこない連中で溢れかえる。右を見ても左を見ても、鳥の翼だとか毛皮だとかばかりだ。こうなると人間は肩身狭い。しかも幻獣種は戦闘系が多いから、なおさらだ。
「だから、西から上陸したら|異端審問官《иноверец.палач》が大量にいてよ」
「それで、逃げて来たのか?」
「当たり前だろが、あんな化け物相手にしてられるかよ」
「なぁ、西の戦線に“宵闇鴉”が向かったらしいぜ」
「本当か? どの辺りにだ?」
「ドイツ経由でロシア行きさ」
「おーい、飯食いに行かねー?」
「てめえ、この前俺の背中射ちやがったろ!」
「射ちましたがそれが何か!? アルマジロが目の前うろちょろとうぜぇんだっつーの!」
「いい度胸じゃん人間ごときが、プレス加工してやるよ!」
「東の方はえらい苦戦してるらしいじゃん」
「あーあ、早く戦争終わんねぇかなぁ」
こうして聞いてると、昼とは殺伐さが段違いだ。あちこちで英語ロシア語ドイツ語が飛び交う。ロシア語は分かんないからしょうがないけど、ドイツ語の割合はとても高い。フランス語の流暢な発音が聞けることはまれだ。まあ、人口の割合考えると、日本人は結構いるはずなんだけど。
話を聞いて分かるかもしれないが、この学園は今戦争状態にある。今といっても、9年前からだから、ボクはそれを知っててこの学園に入ったんだけど。
入るしか無いから、と言うとアレだけど、別に普通だ。兄弟も居るし。兄弟じゃないけど。
息せききって第2グラウンドに着くと、既に作戦に向けた準備が78%ほど終了していた。飛行科の連中と武道部、投擲科が互いに健闘を祈り、激励しあっている中、爆音をあげる機体を目指す。
「おーい、“加工屋”、こっちこっちー」
「Check、今行くー」
ドイツ、日本、両者が知力を尽くして製作した輸送機DA-T258『リンドブルム』、戦闘機DA-F408『ワイバーン』は、両機ともエンジンを噴かして暖気中だ。いつ見ても惚れ惚れする曲線美だ。今日も2人はかっこいい。
内部はボクらが手を加えて学園仕様にしてあるが外形は変えてない。なにせ輸送機は5機、戦闘機は2機しかない。自力で空飛べる奴が多数なので、飛行機は軍に回した方がいいのだ。
「やほ、遥。久し振りじゃん?」
制服に白衣を着た研究部スタイルで片手を挙げた男子に、こちらも片手を挙げる。日本人の特徴であるストレートの黒髪を適当に伸ばして、後ろで一つにゆっている。女みたいだといわれる外見は、確かに美人だ、男だけど。
「やほやほ走り屋、君も最終調整?」
「そんなとこ」
研究部情報科、谷口椎名。ボクより2つ上の女の子みたいな名前してる男。同じく工学系ってこともあってか、こいつとは性格がみょうに似てる。
「そういや、おととい米国防省のHPがやられたって」
「察しの通り、アレやったのオレな」
「自己主張の激しいハッカーってなんなの?」
「愉快犯なんだから別にいいじゃんか」
…………久し振りに日本語で話すと、やっぱいいなぁ。プチ感動。
「じゃ、オレワイバーンの方見なきゃだから」
「ほいよ、ボクも装備点検しなきゃだ」
飛行機から下りてきた陸上部の蜥蜴を1人掴まえて、積み荷の最終確認にきたと言った。承知したもので、すぐに中を見せてくれる。
爆音響く輸送機内に並べられた迷彩柄のシートに覆われた箱を開けると、中には薄くて軽くて丈夫がうりの防弾盾が大量に詰まれていた。いくら超人ばかりとはいえ、ライフルの弾が当たっても大丈夫な奴なんてそうそういないからだ。学生の命が大事、ちょー大事。
「さて、と」
右手の手袋を外す。息を深く吐いてから、縦に並んで入っている盾の背を指先でゆっくりとなぞっていく。
ボクの能力は干渉系だ。物体、主に金属に触れることで、そのものの状態を自在に変化させることができる。気体を固体に、固体を液体に、液体を気体に、自在に。制約も多いが、“加工屋”の名付けには背かないものと自負はしている。
指に触れた所から、力を流し込むイメージ。だけど実際はもっと数値的で、頭の中を巡る感覚は計測可能なはずで。計測可能ならそれは平面上に表せるはずで。
眼前に浮かび上がるような数値的なこの感覚に、名前があるとしたら、やっぱりそれは“欲”なんじゃないかなと、ボクは思ってる。
もっと深くに、
もっと近くに、
もっと確かに、
この手で感じられるように、
もっと、もっと。
足りないから求めて、求めても埋まらなくて、埋まったとしてもそれは一時的で、結局また足りないと叫ぶ。
科学ってのはそうやって進歩していくわけだ。そしてボクが実感的に思う、今触れている盾の成分や構造や強度を数値化したものも、きっと“科学”なんだ。
そして一度理論違いが発覚すると、計測結果を疑い、理論を疑い、最後には世界を疑うことになる。人間の欲から派生した物なんて、ろくでもないに決まってるんだ。
そうと分かっていても、誰もが“科学”を盲信したがる。
だから、今この学園含め、世界中で戦争しているわけなのだけど。“科学者”の1人として、その理由を理解している。
“不思議”があるといやなんだよ、計測不能はいやなんだよ。だからわけ分かんない奴らは隔離しないといけない。そういうこと。
対象が違えば、きっとその“欲”をこそ、“愛”と呼ぶのだろうけどね。
「…………なんちって」
自嘲するように笑って、箱を元のように戻した。大丈夫みたいだから、心配はいらない。
同じように一般人向けに積んである電気式突撃銃の点検と、電気式用、火薬式用の弾丸がちゃんと積まれているかの確認をして、大丈夫だと判断する。あとこの飛行機に積まれているのはボクには関係ないので、そろそろ引き上げよう。
「最終確認! 我々は今から、北はアラスカ、アンカレジ支部を経由してカナダに進攻中の友軍の援護に向かう! 参加するのは陸上部、航空部、武道部、だ。作戦開始は現地時間28日の2000だ、総員乗り込んで待機!」
「「「「Check!」」」」
飛行機から降りて来ると、既に参加者が整列していた。綺麗に整列している部と、てんでバラバラな部の差がはっきりと判る。どの部とは言わないけど。
第2作戦、アプリストス。今年入ってからの2つ目の進攻作戦、作戦番号は2702、アラスカからカナダに進行中の軍の支援に向かう、現在絶賛激化中の戦線の内の一つだ。
2027年3月末現在においては、アメリカ、ロシア、オーストラリア、アフリカ地域がいまだに手付かずの状態で、そこから大量の軍が送り込まれてくる。中国軍は絶賛ゲリラ活動中、アジアは制圧したものの、中東にもまだ手が届かない。いくらアジアは同意国、中立国が多いからと言っても流石に中東は一筋縄じゃいかない。
最近アメリカではクローン兵とミュータント兵の生産ラインが安定したらしく、特にファーロとモンテレーでの戦闘が激化しているらしい。あいつら、科学って言えばなんでも通るって思ってるんだろうなぁ。
ロシアは、やはりその寒さが厳しく、学園からも支援が送れないでいる。毛皮を持つ獣人種が送られてはいるけれど、戦況は芳しくないらしい。
ヨーロッパは、ごちゃごちゃしててよく分かんない。ただ元ソ連は今でも抵抗してる国が多いらしい。
そうそう、アフリカ、中東では今まで軍部が実権を握って戦争に参加していたんだけど、去年の冬から革命論調で戦線離脱してる。国内虐殺でそれどころじゃないんだと。
戦争が始まってからもう今年で9年目だ。上の学年の人達は早く元の学園に戻って欲しいと言うけれど、ボクらは今の状況しか知らないわけで。
でも早く戦争が終わって欲しいとは思う。知り合いが怪我したり、死んだり、知り合いじゃなくても友軍が倒れていくのは嫌だ。
終わらせる役目は、ボクのものじゃないから、他力本願にそう思う。
「遥」
声に顔を上げると、見知った顔の男が、いつもながらに眉をよせた不機嫌そうな表情でボクを見下ろしていた。別にこいつが特別高い、というわけではないのだけれど、何か見下ろされてると感じる。つまり目付きか。見下されてるのか。
「あれ、嵐兄、どしたの?」
「生徒会長直々に、出撃命令が下った」
なるほど、たしかに嵐兄は戦闘系では屈指の実力者だ。同じく幼なじみであるところのボクとかエンデとかと比較するレベルではない。年も離れてて家族同然だから、兄貴が強いのは当たり前かもわからないけど。
“針鼠”何青嵐、中国人にしては珍しく瞳の色素がちょっと薄く、灰色みたいに見えるのが特徴的だ。前回の最強決定戦では4位という、つまり学内で4番目に強い生徒だ。7年生になる風紀委員で、上司であるイェーガーさんに全力で牙を、って言うか針を向け続けてる奇特な生徒でもある。
「頼んでいたコート、上がってるか?」
「Check、加工科をなめんなよぅ、もう納品済みだぜっ」
嵐兄はカーキのコート、っていうかジャンパーがトレードマークなのである。昔、学園長に拾われた時に貰ったのがそれだったから、以来ずっと着ているわけだ。
急所の所に防弾と防刃加工を施し、ありったけの保護をかけたジャンパーは、しかし彼自身の能力でズタボロにされてしまうのであった。物使いの荒い奴だ。
「って、いうかあんちゃん?」
「…………何だよ」
「生徒会長直々に命令されたんじゃなくて、お願いされたんでしょ。で、断れなかったんでしょ」
両手を掲げて『お願い、ラン君行ってくれない!?』って具合にお願いされたに違いない。そして会長に気のある嵐兄は断れないのだ。全く、ダメな兄貴である。
「煩ぇ」
からかうんじゃねぇよ、と頭をわしゃわしゃとされた。近くに陸上部のトカゲ男が、微笑ましそうにこっちを見てた。
「時間だ、総員、作戦を開始しろ!」
指揮官は陸上部の主将らしい。張りのある声が響き、あちこちでCheckの声が聞こえた。
「じゃ、頑張ってね“針鼠”」
「お前もな、“加工屋”」
言って、ボクは乗り込み始めた皆の邪魔にならないように端に避ける。皆が一列にハイタッチで別れを告げてるので、その列に混じって作戦の参加者の無事と、それから銃や盾が役に立つことを祈った。
/PM.11:25/ResearchClub's Dormitory/
一時帰宅。
「エヴァー」
「あ、お帰、…………にゃ!?」
とりあえず一回抱きしめ。ぎゅっぎゅっ。
「ハハハハルカ?」
壊れたラジオなエヴァを引きずって、再度ベッドに押し倒す。いや、別にエロい意味は無いよ? ボクらそういう関係じゃないからね?
「エヴァまだ眠いでしょ?」
ボクも眠い。
「う、うん」
「じゃ、もちょっと寝ようぜー。仕事12時からだからさー」
寝ないと持たない。まだ大量に仕事が残ってるのだ。
ラベンダーの匂いに身を任せて、タオルケットにくるまる。また徹夜するために寝だめをしないといけない。エヴァのほのかなラベンダーの匂いは、安心感と眠気を誘うには十分で。
「えっと、ハルカ」
「んー?」
女の子ってやーらかいよねー。リヒャルトとかのモフモフもいいけど、これくらい柔らかさが欲しいよねー。
「だ、大事な、話があるんだけど」
大事な話? 何だろう。
身を起こして、シリアスな雰囲気を作る。エヴァも少し畏まった様子でベッドの上に正座した。ボクも正座する。
…………エヴァはどうして正座なんだろう。
「あの、大事な話なんだけどね」
「うん」
「私、今度作戦に参加することにしたから」
はっきり、どもらずに、彼女はボクの目を見据えて言った。言い切った。
「…………へー、どの作戦?」
自分から出たと思えないほど平坦な声が出た。上手く気持ちに整理がつかないのだろう。
「第三」
第3作戦、2703パルノゴスロシア遠征の任務で、始動は5月の中旬頃。北海道は国後島を起点に行われている1902防衛作戦に重ね、勢力の拡大を目論む大事な作戦だ。直接叩かれるかも知れない北、西、東においては、激戦が予想される。
事実、サイパン、硫黄島の防衛は死闘と言っていいほどのものを展開しており、同盟国であるイギリス、ドイツに比べると、日本は辛い立場にある。
「第3かぁ」
何で一番ヤバそうなのに行くんだろ。
そもそも、エヴァは一般人だ。魔術科所属ともなると、かなり任務はハードになるだろう。それが心配じゃなくて、なんだというのだ。
じっと、エヴァの目を見る。紫色の瞳には決意とか、気負いとかが見受けられて、
一瞬、大怪我を負ったり、体が不満足な状態だったり、口の聞けない状態だったり、動かなくなったりして帰って来た友人や、帰って来なかった友人の顔が思い浮かんで、消えた。
「…………何で?」
普段、そんなこと言わないのに。いきなり戦闘に参加するとか。
「んっと、理由、言わなきゃ駄目?」
「ダメ、許さない」
何を許さないんだって話だけど、ボクはそう言う。
ボクに他人の意志や、決意を変えるような権利は無い。自分で決めたことに口を出されるなんて、きっと相手が迷惑だ。迷惑なら、しない方がいい。
でも割り切れない。
死ぬかもしれないんだよ? そう言って彼女を困らせることはできる。止めた方がいいとも言える。
でも、でもだ。それをボクが言ってどうしようって言うんだ。
「うーん」
エヴァは困ったような顔で、ボクを見てる。服の端を、手が白くなるまで握りしめて、ボクは目を伏せた。
「…………ごめん、やっぱいい」
寝よう、面倒になった。どっちにしろ、今日明日の話じゃないんだ。
何より、考えたくなかった。相室のこの友人がいなくなることなんて。
はい、というわけで、オリジナルですね。
ゆっくりやっていこうかなとは考えているので、まあゆっくりしてって下さい。