ユビキリ ノ漆
戦闘によっての流血表現、死亡などの表記がありますので、(そこまで残酷に鮮烈には書いていないつもりですが)
そのような作品を好まれない方、もしくは小学生の方は、さくっと流してください。
恐らくこの話を飛ばしても、・・・・・・状況だけは概ね分かると思います。
読んでも大丈夫だという方は、お手数ですがさらに下へとお進みくださいませ。
「栄雅様!」
声と同時に栄雅の腕をつかんだのは、弓影だった。
それはまさに間一髪で、足元はぶらりと谷底へ繋がる空中へと投げ出されていた。
「よか・・・・・・ったぁ、怪我はありませんか?」
「弓影・・・・・・付いてくるなと言ったはずだろう」
こんな時に何を言ってるんですか、と弓影は笑った。
肌色を隠すための布がないのは、きっと人ごみに紛れてきたからだろう。
初めて栄雅は、弓影らしい年相応の姿を見ることとなって、こんな状況だというのに笑いがこみ上げてくる。
「それに、私だけじゃありませんよ。透影様、申し訳ありませんがお手を――」
「透影?」
まずい、と思った。
一人で出かけるといっておきながら、この様は何だときっと怒っているだろう。
そうして怒ったような顔と呆れた目をしながら、少し乱暴に引き上げて、否応なく馬に乗せて帰されてしまうのだろうか。
子どもの頃の自分と、当時の透影の姿が思い浮かんだ。
だが、栄雅が思い浮かべたどの顔とも、今の透影の表情は当てはまらなかった。
「栄雅さま・・・・・・そのまま落ちてはいただけませんか」
「透影様? 一体何の冗談を・・・・・・」
「どうか、安らかに」
透影は冗談を言っている顔でも無表情でもなかった。ただただ渋い顔をしながら、こちらを辛そうにして見ているだけだ。
引き上げようとしている弓影に、手を貸そうともせず。
「あなたを殺せ、と命が下ったのですよ。この状況なら怪しまれずに、事故死という事で始末できます」
「透影様、冗談にも程が・・・」
「冗談ではない」
透影の目が、そこで初めて冷徹な光を発した。
冷たい殺気がびりびりと肌を刺す。
それを察した弓影は、透影がゆっくりと刀を取り出すのを見て、栄雅を引き上げるのを諦め、とりあえず手を岩肌に固定させる。
そして自分にとっては先輩でもあり、親とも呼べるような存在を、栄雅を害する脅威とみなして同じように刀を取り出し、構える。
「栄雅様を本気で殺すつもりなら、排除します」
「弓影。お前ごときの段階で私は殺せまい。今なら逃げる猶予を与えてやる」
その口調は、栄雅が聞き慣れたどの透影の声とも違っていた。とても刺々しく、無情で、耳障りだった。
「情けをかけられる覚えはない! タアッ!」
「く・・・・・・ッ」
「エエッ!」
「・・・・・・!」
「ヤッ」
はたから見れば、弓影のほうが優勢に見えた。
連続して技を繰り出し、透影は防戦している合間に、躓かないようところどころ辺りをうかがっているだけだ。
時間からすれば三十秒ほどのものだっただろう。
あっという間に勝敗は決まった。
「が・・・・・・ッ!」
弓影の動きがぴたりと止まる。
見ると周りに透明な糸が張り巡らされていた。
透影は息切れ一つもしていなかったが、冷や汗を流している弓影の方は浅く息を繰り返している。
「やめろ! 透影!」
「敵と戦う時は地形を利用しろ、そう教えたはずだな?」
「・・・・・・」
「これがお前の未熟さだ」
「――――ッ!」
躊躇うことなく首筋に刀を当てて、引いた。
血飛沫が嘘のようにあがり、倒れ伏した地面へとどくどくと流れ出していく。
今にも消えそうな灯火を必死に燃やしながら、弓影は栄雅のほうを向いて、にっこりと微笑む。
「――ゆか・・・げ」
そうして彼は、目を閉じた。