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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第壱章
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ユビキリ ノ陸


 「栄雅さま」

 「なかなか順調みたいだな」

 「そうでございますね。宇井家、次郎太の息子をきっかけに足がかりも掴めようというもの」


地道な努力のおかげで、栄雅の地位は着々と確固たるものとなっていた。

しかしそのような俗世にまみれた話ばかりしていると、やはりどこかで息抜きをしたくなるというものだ。


 「透影・・・・・・今日の用事はこれで済んだな?」

 「はい、そう記憶しておりますが――まさか、出かけられるおつもりですか?」

 「その通りだ。気晴らしでもしないと気が滅入る」

 「いけません」


強い口調で止めたのは、共として影すらもつけようとしないためだった。

先日の雨に濡れたせいで、明良は風邪を引いてしまったし、栄雅も実は体調がいいとは言えなかった。

しかし、主だった症状は出ていない。頭痛も眩暈も咳もない。ただ少しばかりだるく感じるだけで、それは気鬱のせいだと栄雅は思っているのだが、透影に言わせると、顔色が良くないのだそうだ。


 「大丈夫だというのに。第一、ずっと外にも出ず屋敷に篭っているのだぞ? やっておれん」

 「――栄雅さま」


もし透影の表情を読むことができたなら、眉でも顰めているのかもしれない。

それだけ同情したような声で、こちらを気遣う気配がした。

そして、意外と栄雅の外に出たい気持ちが強いと知ると、諦めて言った。


 「分かりました。しかし、少しでも体調が悪いと感じられたらお戻りください」

 「分かってる。ああ、弓影。お前もついてくるなよ」

 「栄雅様、それはあまりに・・・・・・」

危険です、と言いたかったのだろうが、弓影は口を閉じた。

恐らく透影に止められたのだろう。



 「じゃあ行ってくる」

 「行ってらっしゃいませ」

 「せめて屋敷を抜けるまでお付き合いいたします」

 「ああ」


すらりと障子をあけると、こちらへ向かってくる影が見えた。

よく見るとそれは明良で、まだ少し青い顔をしている。けれど目は力を取り戻していた。


 「兄上。今そちらへ行こうとしていたのです」

 「どうした?」

 「もちろん、お手伝いをしようと思いまして」

 「馬鹿を言うな。風邪を引いたのだろう? 日ごろの無理が祟ったのだ。眠れるうちによく眠るといい」

栄雅が諌めると、明良は少しだけ拗ねたような顔をした。

 「もう大丈夫です。起きれるようになったから兄上のところで手伝いをするといったら、こんなにぞろぞろついてきて・・・・・・」

 「それは当たり前だ」


呆れたように栄雅が明良の周りを見渡す。

そこには明良のお付の者たちがぞろぞろと行列のように付いてきていた。

苦笑いを返しながら次々に礼を返していく。


 「それに手伝いは必要ないぞ。丁度今仕事は終ったのでな。これから気晴ら・・・・・・じゃない、少々遠出をせねばならん。お前は屋敷でじっくり静養する事だ」

そういうと、明良お付の者たちは目に見えてほっとした顔をした。

 「それならば仕方ありませんな」

 「さあさ、明良様。部屋を暖めておりますから、どうぞお戻りください」

 「お菓子もご用意しておりますよ」


いつまでもお菓子で懐柔される子どもとして扱われるのだ、と嘆いて栄雅に愚痴をこぼしていたことがあった。

その時はそれだけお前が愛されている証拠だ、と宥めてやったのだが、これは確かにやりすぎかもしれないと栄雅は明良に同情し、微妙な表情を浮かべる。

すると、それを悟った明良が同じような顔を返し、諦めたようにため息をついた。


 「仕方ありません。私は部屋に戻っています。どうか兄上、お気をつけて」

 「うん、留守を頼む」


どうにも弟の顔が寂しそうに見えたのは、きっと彼が風邪をひいているせいだろう。

栄雅はふと双眸を細めながら口元を緩ませた。

そうして頭を軽く撫でてやってから、屋敷を出た。




 「随分と天気が悪くなってきたな・・・・・・」

やはり最近は天候が悪いらしく、また空はぐずりだしていた。

本格的に降る前に、どこか雨宿りできる場所を探そうと、森の中へと入っていく。


 「どう、どう・・・・・・いい子だからおとなしくしていてくれ」

雨が比較的当たらない木陰に馬を放してやると、疲れたといわんばかりに蹲ってしまった。

草木が茂っているせいで、岩陰や洞窟などが見つからずに、とうとう歩きで探す羽目になる。

そうこうしているうちに、雨はどんどんと地面に染みを作りだしていた。


 「ここら辺の茂みは比較的濡れなさそうだ・・・・・・」

がさがさと奥に入り込んでいくと、雨がそれほど当たらない木陰があった。ただその分草も茂っている。

熊の足跡はなかったから、動物に出くわす可能性も低いだろう、そう思って栄雅がもう少し奥に入ると――


 「――何!?」

その先に、地面はなかった。

体がまっ逆さまに、奈落の底へと落ちていく。




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