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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第参章
59/66

ユビキリ ノ伍拾陸


 「ダメ? 誰か心に決めた人でもいた? 断ったら、僕は夜の蝶になってしまうかもしれないよ。もしかしたら男に走るかも」

 「それは、自然の理に外れますね」

 「あなたは? 怒ってくれないんだ」

 「ええ」


そこで初めて、彼はへらりと笑った。

関わろうとしてくれない彼の意思を感じて、京也は思わず吹き出す。


 「冷たいなあ」

 「冷たいですよ、それはとうに知っておられたでしょう?」

 「ぁ……」


言葉が続かない。いつもなら会話が続くのに、上手くいかない。

息苦しさを感じて、自分から薄緑を見ないように目をそらす。視界がじわじわとぼやけていく。


 「相変わらずだな」

 「……え?」


心底呆れ返った声と、心細そうな声が、上下で交わされる。

何者かが樹上より降り立ち、さくさくと落ち葉を踏みしめ、こちらに向かってきた。

厳格そうな切れ長の目、切りそろえられた豊かな黒髪、堂々とした体躯に姿勢の良さが相まって、威圧感を感じさせてもいいはずなのに、どこか柔らかい雰囲気が、印象をころころと変える。

そんな人物がどうして木の上にいたのだろう。


 「頼られるのがこいつは苦手なんだと聞いた。崇め奉られるのは、重すぎるのだと。呑気そうな顔して、繊細だと? どの口が言うのやら」

 「つゆ、くさ?」

 「ああ?」


返事と共に疑問を混ぜた声で、露草と呼ばれた男は首をかしげる。


 「別に背負えるようになったのなら、それでいい。お前の覚悟があるなら、連れ出してやれ」

そう言って身を翻し、立ち去っていこうとする男の手を、白梅は縋るようにつかんだ。


 「待って!」

 「……ッ!」


痛かったのか、苦い顔をして露草は振り返る。


 「思い出した、露草。……迎えに来てくれたんじゃな」

 「早すぎたか?」

 「いんや、ちいとも早うない。私が寝坊してただけじゃ」

 「遅かったと言いたいらしいな。で、どうするんだ?」

連れて行くのか、と問いかける瞳にかぶりを振る。

 「ううん……京也さん。貴方は強い。きっとお父上に気持ちを打ち明けることができます。きっと心に新しい、夕子さん用の部屋だって作れる」


――それに、貴方の心のよすがも新たに見つかるでしょう。


そうやって、彼は京也に別れの挨拶をした。

古い友人と、私はまた出かけることにします。元々私は旅の途中でした、お父上によろしくとお伝えください。

どんどんと進む話に、京也はついていけなかったが、さようならを言われる前に、精一杯、彼にこれだけは約束させた。


 「お願いです、また会いに来て。大人になるまでに、何回も。僕はあの家にいるから!」


たった一つだけ。自分から去ってしまう彼に聞いてもらえる、最後の我が侭。

こんな風に言わなければ、自分が死ぬ間際の、一瞬の擦れ違い程度で済ませられるような感覚がした。

言葉に詰まっていた白梅を、露草が小突く。

それを受けてよろよろと踏み出された足は、まるで老人のように覚束ない。


 「しゃあないなあ――。貴方の成長を楽しみにしています。お元気で」


今度こそ愛しげに頭を撫でられ、京也は堪えていた涙がこぼれ落ちるのも構わず、何回も大きく頷いた。



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