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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第参章
56/66

ユビキリ ノ伍拾参


 「体調はいいみたいだね。いやまったく、子どもの回復力は素晴らしい」


いいね、若いって。

そういう男は真っ白なひげを生やしているせいで、とても老けてみえるし、まるで熊のような体格をしているので普通にクマ先生と呼ばれているらしい。「五月蝿い」と露草に叩かれていたが、さほど痛がりもせずに笑っていた。さすがクマだと桔梗は感心する。


 「露草さん、これからどうするつもりだい?」

 「そうだな。桔梗はどうする? 元いた場所へ帰るか?」

 「・・・・・・帰りたくない」


吐息と一緒に漏らされた一言が妙に耳に残る。

どんな酷い思い出があるというのか、少し聞いてみたくなったけれど今はまだ、彼女自身の心の整理がついていないだろうと判断し、露草は小さく頷いた。

思い出したくないのなら、思い出さなければいい。深い深い海の底に沈めたままでも、十分生活は出来るのだ。決着をつけたいと自身が思えたとき、それを引き上げればいい。時が経っている分、自分で立ち向かうにしろ、誰かに助けを求めるにしろ、前より容易くなる。

最も、幼い身でそんな重石を抱えているのが、不憫でならない。けれど、初対面の人間にそこまでの感情を向けられても甚だ迷惑だろうと、思考を打ち切る。


 「なら、一緒に旅でもするか?」

 「おいおい、そんなに簡単に決めちゃうの」

 「いいんだ。何か難癖をつけられたら身元不明だとは知らなかったとか何とか白を切る。切り通す」

 「・・・出たよもう。誰かさんの悪影響。俺が子どもの頃より酷くなっている気がする」


ホント、恨むよ。

頭に手を当てながらぼやくクマを、目で追っている露草を見て、桔梗は考えていた。

これは転換点なのだろう。それも、この男に拾われて関わりを持った時から始まった、考えているより大きな転換点だ。そしてそれは、きっと悪いようにはならない。

本当ならここで警戒心を感じた方がいいのだろうが、後から考えれば、桔梗も疲れていた。その弱った心に付けこまれたということではない。とはいえ、結果何も危害を加えられなかったから良いようなものの、実際問題、あれは無謀な決断だったのだと、将来、赤面することになる。けれど、それはまだ遠い遠い先の話で。


義足をつけて機能回復を図る治療はとても辛く。痛いし、きついし、すぐに止めたくなったのだが、それでも物好きはいるもので。隣で瞳を静かに揺らしながら自分の体を支える男のせいで、ちっとも止めたいと言い出せないのだった。

クマ先生もにこにこ笑うばかりで、頑張れ頑張れと邪気なく言うものだから、強がって歩き出す。いつの日だったか一歩、また一歩と進みだし、ゆっくりながらも着実に歩みを進め、やがてそれほど遠くない未来に、隣で微笑む男と共に走る喜びを取り戻す。

そうして男はまた静かに笑い、ふと相棒は今頃どうしているかと思いを馳せたりするのであった。



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