ユビキリ ノ伍拾弐
気を失わなかっただけでも大したものだ、と露草は感心した。
震えたまま、顔を青白くしたままで少女は今はなき空間を見つめて動かない。
「怪我をして、熱くなって、ずっと動かなかったの」
「相当に酷い怪我だったんだろう。残しておけば、全身に毒が広がる。だから切らないと命が危なかった」
涙を堪えるように顔をくしゃりと歪め、唇を戦慄かせる。どうにも痛々しくて、露草は思わず手を伸ばした。
「よく頑張ったな」
「・・・ふっ」
堰を切ったように涙が流れたが、せめてもの意地で声は出さない。拭っても拭っても止まらないので、終いには布団を顔に押し付けたまま、頭を撫でる露草の手を受け入れていた。
「そういえば、名前を聞いてもいいか? さっき言ったとおり、俺は川本露草だ」
「あたしは・・・桔梗」
「名字は?」
桔梗はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
「知らないのか。なら、俺と同じ川本とでもしとこうか」
「・・・・・・」
桔梗は目を丸くして、露草を見上げた。
まじまじと見てくる様子に怯んだのか、露草は気まずそうに視線を逸らしながら、「嫌か」と一言だけ聞いてくる。
桔梗は再度首を振った。今度は小さく。
「嫌じゃない・・・」
「そうか」
また露草はぽんぽんと頭を軽く撫でてやる。
温度が心地よくて、暫らくそのままの体勢でいると、「子どもを相手にラブシーンか!」と突っ込みを入れてくる闖入者のおかげで、にわかに騒がしくなる。でも、やっぱり嫌じゃなくて、桔梗は何年ぶりかに笑った。