ユビキリ ノ伍拾壱
彼女の体はどんどん熱くなり、そして冷えていった。
夢うつつの中で優しく頭をなでられた気がしたけれど、そんな行為とは無縁だから、きっと風が自分の髪をゆらしたのだろう。
「おい、意識はあるか?」
「・・・・・・」
これもそうなのだ、とやはり思った。
きっと、自分の願望が作り出した優しい声。ずっと気遣ってほしかった反動。自分だけに、向けられる視線。
そうしてふわりと体が浮くような感覚がして、記憶は途絶えることになる。
「こればかりはなあ、仕方がない。全く、この子の親もどうして放っておいたのか・・・」
「いないのかもしれないな」
「ああ・・・・・・それだったら親戚だったり施設の者なり世話をすべきだと思うんだが。よほど酷いところだったのかね。おっと、呼ばれてるから行くよ。苦しそうだったら気軽に呼んでくれ」
「分かった。すまない」
「良いって良いって」
ぱたぱた、と軽快な音がして人の気配が去っていく。うつらうつらと波間を漂う気分で暫らく過ごしていたが、やがて冷たい空気が入ってきて目が覚めた。
「おっと。流石に毒だろうな」
動作する気配の後、空気の流れが止まり、横でキイと軋む音が聞こえる。
「あ、起きたか? ・・・いや、起こしたか?」
「だれ?」
「俺は露草だ。川本、露草」
彼女の目に写るのは、どことなく寂しげな笑みを浮かべた男だった。
二十代後半の、痩せぎすでもなく、悪戯に筋肉を盛り上げているわけでもない平凡そうな男だが、じっと見ているとどこか儚さのようなものを感じてしまうのは、露草と名乗った男の性格のせいだろうか。
「ここはどこ?」
「病院だ。知り合いの医者がやっている小さな病院だから、静かにゆっくり休める」
「何であたしはここに」
「・・・・・・お前は倒れていたんだ。線路の近くの草むらに。足を引きずって、熱を出して」
そこで露草は辛そうに言葉を切った。
自分が質問攻めにしても、淡々とはっきり答えてくれるこの口調が早くも気に入りはじめていたが、それが止まったことにちょっと驚いた。
そして、彼の言葉を数秒遅れで咀嚼するように理解していく。気を失う前の記憶も回復し、そして視線をずらす。
「――ッ!?」
途端、彼女は口を押さえたまま動かなくなった。
露草も視線の端で痛ましそうにこちらを見、同じように彼女の視線の先を見やったが、そんなことは蚊帳の外での出来事である。何故なら彼女は、自分と繋がっているはずの足が綺麗に無くなっている衝撃に耐えることで、精一杯だったからだ。
拍子をとるように、かたん、と窓枠が鳴った。