ユビキリ ノ肆拾玖
当ても無くぶらぶらと歩いていた。ろくに手もちがないまま空き腹を抱えてうろつき回るというのは、かなり前にもこの国で経験した事だったが、これが標準装備だとはいいたくない。
早朝の散歩は二人にとって馴染み深いものだった。昼間からいい年をした男性が外を歩いていたら、少なからず好奇の目に晒される。だが地形を覚えるのには見て回った方がやはり早いので、人の目を気にしないでいい早朝はまさにうってつけの時間だった。
ちち、と気の早い鳥が露草の肩にとまる。
薄く東の空は白みはじめているのだろうが、未だこの辺は夜中といってもいいほどの暗さなのに、どこにでも変わりものはいるらしかった。
「動物にも好かれるようになるとは、やっぱり私のせいかねえ」
「・・・・・・さあ、それは何ともいえないが。動物は嫌いじゃない」
嬉しそうに声を鳴らした鳥の頭を人差し指でつついてやると、大慌てで飛び去っていった。
「こら」
「ごめんごめん、苛めるつもりはなかったんやけど」
飛び去ってしまった鳥を見送りながら、露草は寂しそうに空を仰ぎ、なかなか姿を見せない朝陽を恨むかのようにため息をついた。
「白梅」
「・・・ん?」
どこと無く予感のようなものを感じて、白梅は若干間をあけた。それを気にせず、露草は足元をぬらす草についている露をじっと見つめている。
「俺は、旅に出ようと思う」
「・・・・・・旅、ね。今みたいにじゃなく?」
「一旦、一人になりたいんだ。お前に頼らず、あの地で」
あの地、とはまさにあの地。祝福されない生を受け、望まれた死を経験したろくでもない思い出ばかり残る地か。
あそこのどこがいいのだろう。露草を苦しめるばかりの、どうしようもない思い出。彼が唯一執着しているものと言えば、弟の記憶。
「川本家を見てくるんじゃったら――」
「違う。お前だって分かっているだろ」
「ん」
「誰もいない地になろうが、ちょっとだけ滞在してみたい。またここに戻ってくるから」
白梅はにやりと笑った。その笑いが少し不気味に思えて露草が無意識のうちに後退ると、ちょっぴり傷ついた様子で、でも楽しげな様子でこちらをじろじろと観察してくる。
「な、なんだその笑い」
「なんか、いいなあ。私のところに戻ってくるって言い方。空間っていう意味やろうけど、家族ーって感じがする」
「うん――?」
はた、と気づいた。もしかしなくても今、自分はとても恥ずかしい事を言った気がする。
彼にしては珍しく顔を赤らめた。それを指摘しなかったが、期待していたのが丸分かりだ。
「馬鹿」
「ええよー、馬鹿でも何でもー」
にやにや笑いを収めようともしない様子に若干腹が立つが、後の祭りで。
「戻ってきてな、ちゃんと。そん時にはもっと笑えてるとええね」
「最初に会った時もそんなことを言っていたな。どうなるか責任は持たないが――そうなるといいなと、自分でも思うよ」
本当に今日は珍しいこと続きだ。
双方の思いが重なっていた事には気づかず、彼ららしくないやり取りを続けて、あっさりと別れた。
何年経とうが、きっと同じように逢えると信じて。