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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第壱章
5/66

ユビキリ ノ伍


明良の元服の日から丁度一月がたっていた。

相変わらず明良は屈託のない笑みを浮かべながら栄雅の行く先々へとくっついてまわっている。

しかし、纏まった空き時間が出るたびに、栄雅はいつもどこかへふらっと外に出て行ってしまうのだが、その行き先を明良は知らされずにいたので、とうとう聞いてみる事にした。



 「兄上はいつも休みのたびに遠乗りに出かけられますが、一体どこへ行っておられるのですか?」


藩主の弟とはいえ、藩主の仕事を全て教えられるわけではない。

段階的なものもあるし、決して少したりとも漏れてはならない秘密の仕事もあるだろう。

だからそのせいか、問いはあくまで控えめにこっそりと投げかけられた。

それはいつものように馬の状態を見極め、遠くへ出かけようかとしていた直前であった。

ちなみにこの時はいわゆる秘密の会合の日だった。


 「内密の話し合いがある。お前がもう少し藩主の仕事に慣れてきたらいずれ連れて行ってやるとしよう」

だから今は見逃してくれと困ったように笑んだ、栄雅にしては珍しい表情に、明良は内心驚きつつも、「分かりました、行ってらっしゃい」と明るく送り出す。


 「なかなか・・・・・・この生活を続けていくにも無理が出てきたのかもしれないな」

 「しかし民の心をつかむまでもう少しといったところです。次は主だった一族との連携を図ることを更に強化していけば、兼良様の影響力も幾らか弱まるかと」

 「だな」


最近になって何度ついたか分からないため息を、栄雅は億劫そうにはいた。

既に馴染み深い影とは別に、最近では更に気配が複数増えていた。

それは兼良の手の者だったが、既に手懐けている。


 「――全く父上も、既に隠居の身だというのに精力的だ」

 「一度権力を捨てられたはずでしたのに、惜しくなってしまわれたのでしょうか」

 「いや。俺に厄介ごとを押し付けたいだけだろう」

難儀な事だ、と主従揃ってため息をついた。

といっても影がため息をついたのかは分からなかったが、恐らく雰囲気でそうだろうと栄雅は思っていた。




 「あーあ、何とか終った。くたびれた」

 「栄雅様。誰が見ているか分からないのです。どうかお口を閉じてくださいませ」


たしなめるように言ったのは潜んでいる影のうちの一人だった。

自分よりも幼い声にふっと苦笑いを零しながら、栄雅はぐんと背伸びをすると、一つ大きな欠伸をする。

困ったように再度名を呼ぶ影に、少しだけ老成した声が間を取り成すように口を挟んだ。

 「弓影。辺りには誰もいないようだ。私たちがいる時くらい、肩の力を抜いてみてもいいだろう」


自分の味方をしてくれた声に、栄雅は嬉しそうに笑いながら、弓影に反論する。

 「透影の言うとおりだ。それに誰かがこっそりと見ていたら、本当はお前が対処しなければならないだろうが」


欠伸してたら、さり気なく自分から目を逸らせるように工夫するとか、と提案した栄雅に、今度は透影がこちらに矛先を向けた。

 「栄雅さま、気を抜かれるのも結構ですが、何よりもご本人の意識が大切ですよ」

栄雅ははいはい、と気の抜けた返事をした。

本当に分かっておられますか? と少しだけ怒気を滲ませたような透影の声が、やはり姿を見せずに木陰から響いてくる。


見事なものだ、と栄雅は毎度の事ながら舌を巻いた。

気配を察する事が出来ないのは、小さい頃から変わらない。

しかし透影は、父親から自分が幼い頃よりつけられている御守と護衛を兼ねている人物で、兄であり父であり師であるかのような存在だったので、どうしても遊ぶ時や勉強の時は渋々姿を見せてくれる。

一方弓影の方は、自分が元服した折に忍びの里に直接交渉して呼び寄せた人物であるせいか、最初の対面の時に一回、任務を申し付ける時にたまに姿を見せるくらいで、後は声のみでの交流しかない。

他にも弓影と同じような者たちはちらほらいたが、それは代々の栄雅の役職に付くべき者たちなので、個人的な守りといえばこの二人が挙げられた。

長年共にいるせいか、通じ合うものも多いと栄雅は感じている。



 「少し風が出てきましたね。栄雅さま、早めに帰ることにいたしましょう」

 「だが・・・・・・」


栄雅は渋った。それというのもこの日のこの時間帯にはよく鬼のところへ行っていたからだ。

今日を逃してしまうと、いつ会えるか分からない。

そこで栄雅は、自分が思ったよりも鬼との逢瀬を楽しみにしている事に気づいた。


――お互いに愚痴をこぼしたり、他愛もないことを話していたりするだけなのに。

  どうしてここまであの鬼に会いたいと思うのか。


 (恐らくあののんびりした笑顔が癒しになるんだろうな)


ゆったりとした空気が彼の周りにはいつも流れていた。

その空気に感化されて、いつも気を張ってささくれだった自分の心もいつしか解れていく気がする。



あの鬼に会えないことは残念だったが、透影の声がいつになく真剣だったので、帰る事にした。

幼い頃から透影が世話を焼いていたせいか、栄雅は今となっても逆らえない部分も多い。

それに、自分の体調を気遣っての事だと分かっていたから、明日はきっと会いにくると誓いながら三人は帰路についた。




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