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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第弐章
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ユビキリ ノ肆拾弐


 「もう一つ聞いてもいいですか」

 「ええよええよ。この機会じゃ、何でも聞いときー」

 「だからなんでお前が答えるんだ。それで、何が聞きたい?」

 「何故、ここに立ち寄ってみようと思われたのですか?」


この質問にはちょっとだけ期待が含まれていた。

明良の中で兄は憧れの対象として刻まれている。関心事に自分のことも含まれていたら、やはり嬉しい。


 「その前に明良、お前がどうしてここにいたのか尋ねてもいいか?」

 「あ、はい」


逆に聞き返されてしまった。

かつて栄雅であった兄なら別段隠すような事でもあるまいと、素直に理由を説明する。



 「川本家の影についての文書があったのです。『影の構成の中に、花咲家の者を入れるように』と。ご覧になりましたか?」

露草が頷くのを確認し、また後を続ける。


 「先代の当主、花咲太一郎は早くに亡くなり、今の代に引き継がれてからも影を差し出していません。記録を見れば先代の前、花咲約進の代に息子が一名影に加わっています。忍びの里から人員は足りていますが、記録が残っている限り、何らかの約定が結ばれたのだと思い、花咲家自体に詳しい事情を聞こうとして赴いた次第で」


わざわざお忍びで話を聞きたがったのは、大事にしたくなかったからだろう。

影のことは川本家の家族と直属の者たちしか漏らさない決まりで、極秘事項の中でも最たるものであるからだ。


 「本当なら、お前に宛てた書状に私が信頼を寄せていた者たちの名を連ねたことも、するべきじゃなかったが。あの時は時間がなかったからな。今となっては仕方がない。あれはもう廃棄したか? ・・・よし。それでも、これだけは書面にするわけにはいかなかったからな。家族の者たちが守り通した秘密だ。それなら相応の敬意を払って取り扱うのが決まりだろうよ」


長くなる、まだ時間は大丈夫かと聞いた時にはすっかり日が暮れ、いつ影が屋敷へ引っ張っていこうとするかも分からない時刻だった。

しかしこの時を逃せば、一生兄と会話をする機会は失われる。そう確信していた。失われていたと思っていたものだ。再度逃すわけにはいかない。一晩だけでも学び、一晩だけでも歓喜と惜別に浸るのだ。



 「大丈夫です。お話ください」

 「しっ、ちょっと待って」


ゆらりと風が揺らいだかと思うと、栄雅付きの影が姿を現す。顔を伏せ、こちらの顔を見ないまま語る。


 「お話中、すいません。灯りを用意しております。・・・どうか場所を移っていただけないでしょうか。ここでは夜風がお体に触ります。人払いをした小屋が近くにございますので」


近づくなと言っておいたのに、と明良は渋い顔をしたが、露草と白梅はそれもそうだと苦笑いした。


 「・・・仕方ない」

 「気遣ってくれたんじゃね。優しいねえ。ここ何年もそんな経験した事なかったなあ」

 「頑丈だからな。大体今のはお前じゃなくて明良のために言ったんだぞ」

 「――ッ!」


栄雅の元の名を呼ぶ、しかも呼び捨てで呼ぶなどということは、栄雅よりも低い立場であるはずの流れ者には到底無理な話だ。それなのに何の躊躇も咎めもなくその音を発した事実に、影は身を硬くした。


 「会話を聞いても、姿を見てもならない。いいな」

 「かしこまりました」


再現されたやり取りに、詮索するなという意を汲み、影は背筋を伸ばす。

押し黙ったまま小屋まで案内した後、完全に気配を消した。



 「申し訳ありません。若い影でして」

 「いや、あれくらいの影がいい」


露草は目を細める。

影にしては心配性な気がするが、人間味を感じられる方が栄雅にはいいだろうと思う。それにどこか弓影や透影の姿が思い起こされた。



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