ユビキリ ノ肆拾壱
明良は疑う素振りを見せることはなかった。
不安そうな眼差しを向けてはいたものの、白梅に対しては堂々と質問を重ねている。
兄の言葉だからと全面的に信じているのかもしれないし、はなから偽りだと決め付けているのかもしれない。もしくは、同じような話を以前に聞いたことがあるのかもしれなかった。
迷うような表情を浮かべ、意を決した顔で再度露草を見つめる。
「吸血鬼、という存在をご存知ですか?」
「何だそれは?」
「ばんぱいあ、って奴じゃ。血を吸った人を自分の眷属にして使役するとかなんとかいう伝説がある」
「これは私が勝手に推測した事にすぎません。白梅さんは吸血鬼の類では無さそうですし、血を吸ったわけではなく与えたということですから通常とは違いますが・・・兄上を眷属にしたと仮定しても差し支えはないでしょう。実際傷が癒えて、命が永らえましたから。けれど、それなら許容できる範囲ですが、吸血鬼について私が聞いた話では、眷族を利用してさらに仲間を増やそうとするとか」
「・・・・・・何が言いたいんだ?」
話の着地点が見えないことに焦れて、露草は続きを促した。
「つまり、白梅さん自身か兄上自体に人を惹きつけるような、そういう仕組みが働いている可能性はないのだろうか、ということです。杞憂に過ぎないのかもしれませんが。先ほど見た兄上は、確かに何度も思い返した昔のままの姿なのに、すぐに兄上だと気づけなかった。どこか違う雰囲気を感じて・・・・・・いえ、やはり兄上が人外という話があまりに衝撃的だったので、突拍子もないことを申しました。忘れてください」
「・・・・・・」
露草はそんなものお前の言うとおり杞憂に過ぎない、心配性だなお前はと笑い飛ばしたかった。
だが、できなかった。
なぜなら異国の地で女性や男性に話しかけられ、友好的な素振りを見せられた回数があまりにも多かったからだ。日本人がただ物珍しいからの行動かと思っていたが、眷族ゆえの餌の仕組みが働いているとしたら、一体自分は他人にどう見えているのだろう。
「餌、か」
「そんなつもりはなかったんやけど・・・」
「分かってる」
急に落ち込んだ空気に、図らずも正解を指摘してしまった事に気づいて、明良は気まずげな表情をした。
「血は吸わないんだろう?」
「ああ」
「じゃあ俺も吸わないんだろうさ。それだけで十分だ。人に嫌われるより好かれるほうが行動しやすくなる面もあるだろうしな、まさに生まれ変わった気分だ」
「兄上・・・」
「変わったねえ。昔は自分ひとりで立っているような顔しとったんに」
「そうか?」
「そうよ」
「――・・・・・・」
会話が交わされるたびに、疎外感を感じてしまう明良に気づいたのか、白梅はにっこりと笑いかけた。
「心配やろうけど、必ずお兄さんを幸せにします」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あれ? 何で固まってんの?」
「・・・お前、なあ」
「天然ですか」
「ああ。こいつを友人とも相棒とも呼びたくなくなってきたな。もう何でもいい。一時他人のふりをしたいほど恥ずかしい」
「なんでじゃー」
あきれ返り、鳥肌まで立てそうななんとも言えない顔をした兄に、本気で不思議そうな顔をしている白梅。
いつの間にか苛立ちも忘れ、彼なら兄を任せても大丈夫だろうだなんて、明良まで白梅の調子に感化されてしまう。
微かに風が吹いて、目の前から桜の甘い香りが漂ってきたことに、なぜだか涙腺を刺激されるような気がした。