ユビキリ ノ参拾玖
「そういえば兄上、今まで如何してこられたのです?」
一番初めに口をついて出たのは、その疑問からだった。
露草のほうは別段隠す事もないので、正直に告げる。
「こいつと旅をしてきたんだ。各地を放浪し、海の向こうにも渡った。異国の言葉だって少しは話せるようになった」
そうじゃね、と頷く白梅を覗き見ながら、二人を羨ましく思った。
遠方に異国に精通した人物がおり、その友人から古い言い伝えや文化の一端などを見聞きする機会があったからだ。
明良はさらに重ねた。
「では、何故急に姿を消されてしまったのか、お聞きしてもいいですか?」
「それは――っ」
これには詰まってしまった。明良が信頼していたはずの父親に殺されかけたとは口を避けても言えやしない。
長考の末にようやく口から出たのは、「とある事件に巻き込まれて」と真実に先端だけ掠っているような返答しか、露草は与える事が出来なかった。
「命を危うく落としそうになって、そこを救ってくれたのがこいつというわけだ。それ以来ずっとこの白梅と共に旅をして暮らしている」
「兄上は・・・・・・」
兄が言っている言葉は真実かもしれない。
だが、その説明は全て表しているのではないという確信があった。
周りの者の甘やかしを良しとはしない兄だったが、彼自身も何だかんだで明良には甘かった。
ということは、自分に関係するものが起こした事件だろうか。その中でも特に衝撃が大きいものは裏切り。
一重に事件といっても巻き込まれたわけではなく、自身が事件の当事者で誰かの裏切り、それもとてつもない残酷さが秘められているように感じられる。
そこまで考え、当時の彼の周囲を鮮明に思い出すことが出来た。
彼の傍にいたのは、自分。常時近くにいたのは影。兄が接していたのは信頼できる貴族や民の有力人物。それを快くは思っていなかったであろう古参の者に、自分たちの父親――
唐突に恐ろしい事実に行き着き、身震いしそうになるのを心の中だけでとどめた。
思考が終って兄の顔を見たが、そこには悔恨も悲嘆も見受けられない。
例えば自分が無理に事件の真相を聞き出そうとしても、琴線に触れない程度の当たり障りのない言葉でしか語らないだろう。もしもここで自分が栄雅としての愚痴をこぼしても、困った顔も嫌な顔もせず、当たり前のように話を聞いて同情し、癒してくれるだろう。そんな自分と兄を、白梅という男はやはり隣で笑って見ているのだろう。二人をどんなに困らせても、彼らはどこまでも許容してくれるのだろう。
これから先――、自分と彼らとの線が交わる機会はない。どれだけ時が経とうと、どれだけ間近で生活しようと離れていくばかりで、唯一介入できた瞬間は、遠い昔に完全に失われている。どう足掻いても自分は無力なまま生きていき、彼らは自分が追いつくことの出来ない厳しさと優しさを内包したまま、二人で生きていく。
そう悟った時、明良はわけも分からず苛立ちを感じた。