ユビキリ ノ参拾捌
「本当に――どうして・・・・・・」
その先は続かなかった。
どうして、ここにいるのか。どうして、いなくなったのか。どうして、今頃現れたのか。どうして、生きているのか。どうして、姿が変わっていないのか。もし妖怪ならばどうして、姿が見えるのか。そして、今まで如何していたのか。
疑問符だらけであろう頭の中を無理やり押さえ込み、口をつぐむ。目を伏せた姿が、一緒に過ごした頃と面影が重なって、露草は懐かしげに目を細めた。
「『留守を頼む』。それだけ言って消えてしまわれた」
「うん」
「手紙にも、『後を頼む』とだけ」
「土産も書いてあっただろう?」
「ええ。おかげさまでいろんな者と知り合うことが出来ました。本当に――曲者ばかりです」
「そうだろうな。苦労して、努力してきた顔だ。・・・うん、いい藩主になったな。明良」
「もっと、兄上から学びたい事がたくさんあったのに」
「かもしれない。だが、俺から学ぶ事なんてありはしないよ。あれから何年経っている? 藩主として働いてきた年数はお前のほうがもう長いだろう」
「そういうものではありません」
「・・・・・・そうか」
それきり黙ってしまって、どちらとも話を続ける事が出来なくなってしまった。
言いたいことはあるはずなのに、むしろ積もり積もった話が喉まででかかっているというのに、全く口から出てこない。
「何じゃろう、ちいとも兄弟の再会らしくない会話やねえ」
呑気な声が割り込んできた事に、明良は緊張の色を見せた。先ほどから兄が事情を隠そうともせずに傍においているのだから、何かしらの繋がりがあるとは思っていた。だが、兄の友達なのだから寡黙だと勝手に思い込んでいたのだ。
「兄弟らしさを求められてもな。年月が経っているのだから子ども扱いするわけにもいくまい。第一、会話が見つからないし」
「なんかあるじゃろ。こんな国行ってきて美味いもん食べた、とか」
「そうだな、仏蘭西での料理は美味かった。独逸の肉料理とかも」
「こんな国のこんな景色が綺麗じゃった、とか」
「帰ってきてからの日本の桜がやっぱり綺麗だな。特に咲き屋敷と呼ばれるだけあって花咲家の桜は見事だ」
「だからそれを、弟さんに話しちゃり言うてんの。私に言ってどうするんじゃ」
「・・・聞こえてたよな?」
「ええ」
「じゃあそういうことだ」
「どういうことじゃ・・・」
本当に珍しい白梅の突込み姿と、これまた始めて見る兄の拗ねた顔がどうにも可笑しくて、明良は笑い出してしまった。
「その御仁は・・・風体もそうですが、性格もかなり変わっていますね。いや、大変失礼ではありますが」
弟がまさかこの人に突込みを入れられるなんてと心の中で挿んだことには気づかず、味方を得たとばかりに相槌を打つ。
「どんどん言ってやれ、明良」
「何じゃ、こういう時だけ兄弟揃って。弟さんもおんしに似て性格悪いんか」
「『も』って何だ、『も』って。その前に明良を馬鹿にすると俺が許さんぞ」
「あーもう、ほんに面倒くさい奴じゃのう。軽口を本気にするけえ、好かん」
これは参った、という顔をして頭をかく姿に愛嬌が感じられて、兄弟は揃って笑みを浮かべた。