ユビキリ ノ参拾漆
「『露草らしい』といえば『らしい』けどね。おんしは皮肉しか口にせん」
「じゃあもっと『らしい』ことを言ってやろうか。『言葉を少しは統一しろ』」
「うわ、懐かしいねぇ」
示し合わせたように二人ともなく歩き出した。
漂う雰囲気がどこか違うことにお互い気づいていたが、敢えて何も触れずにそのままを保ち続ける。何かを探りあうような、試しあうような、ぎりぎりの線を渡っていく。
取り留めのないことを口にしながらも、真剣には考えておらず、視線も微妙に結び合わぬままで歩を進める。先ほど誰かと会話していた男が露草の横を通り過ぎた。瞬間、鼓動が大きくなったことに気づかれてしまっただろうか。
男は数歩離れた所で立ち止まった。気づいたように身を硬くし、何か考えるような素振りをしてから振り返る。しかし、先ほどすれ違った二人組の姿はもうなかった。ぼんやりと印象に残っている袖の色が、角を曲がって行った気がしてその後を追う。
「立ち止まったよ」
「・・・ああ」
「久しぶりじゃ」
「ああ」
「追いかけてくるかもね」
「ああ」
「待ってあげんの?」
「・・・・・・死んだ奴がか?」
「死んでたらここにはおらんじゃろ。変わっただけじゃ」
緊張しているのか、露草は唾を飲み下す。いつものように茶化す事もなく、白梅は露草の左肩を強く握った。少し痛かったが、むしろ正気に戻してくれるくらいの強さで、かえって嬉しかった。
「少し離れたところに行こう。人気がない、いい場所があるんだ」
「わかった」
男は早足で後を追った。小走りで追っても追いつかない。総髪の後姿と角を曲がる袖の色だけが、妙に焼きつく。
やがて諦めの色が見え出した頃、また前にいる人物は右に曲がった。もうここで見失ってしまったら当初の目的を果たして帰ろう。そう自分に言い聞かせて角を曲がる。
曲がると、総髪の男は今までのように消えうせることなく、確かに立ち止まってこちらを振り返っていた。
その姿を認めた瞬間に、勝手に体が歓喜に打ち震える。有りえない、絶対に有りえない、のに。
「――ッ! ・・・・・・下がれ。屋敷に帰るんだ」
「しかしそれでは」
「なら離れたところで待っていろ。決して会話を聞いても、姿を見てもならない。いいな」
「かしこまりました」
渋々、諦めた様子で影は男のもとから去っていった。
目線を上げると、自分から数十歩離れた先で総髪の男が佇んでいる。そしてそれからさらに離れると、何かの社があり、その石段に白髪で散切り頭という、なんとも目立つ風体の男が座っていた。
「兄上?」
呼びかけると、総髪の男は戸惑ったように身を震わせ、逡巡して答える。
「大きくなったな、明良」
そう言って、露草は微笑んだ。その笑顔が長年一緒にいる相棒の表情と酷似しているとは、露ほども気づかずにいた。