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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第壱章
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ユビキリ ノ肆


 「兄上・・・・・・藩主というのは大変なものですね」

 「そうだろう・・・・・・ようやく気づいたか」


億劫そうに立ち上がった栄雅は青白い顔をしていたが、傍に控えていた家来の一人に、二人分の葛湯を持ってこさせるように言った。

それというのも、連日の執務で同じように忙殺されて青白い顔をしていた、甘い物好きの明良を気遣っての事である。

 「すいません、兄上。本来ならば私が・・・・・・」

 「余計な気を回さないでいい。弟なのだから、弟らしくたまには甘えていろ」


元服の日から十と少しばかりの日にちが経っていたが、それまでは幼子のような甘さを見せていた明良の表情は、見違えるように大人びていた。

それでも冷血になったとか、傲慢になったとかいうわけでもなく、頼もしさを醸し出している。

将来はきっと、藩主である栄雅を支えていく立派な若人になっていくだろうと誰しもが予感できた。

そのような周りの期待も薄々感じているのだろう。本来ならばそこまでの必要はなかったが、明良は栄雅に四六時中くっついて、藩主とは何たるかを学び取ろうと尽力していた。

それがまた微笑ましさを感じさせる。



 「さて、これで今日の分は片付いたな。明良、お前も疲れただろう。後これで急ぎの用事は終るから昼飯でも食っていろ」

 「いえ。お付き合いいたします」


これからやる用事が実は一番手間がかかり、厄介だと明良は分かっていた。

それを見越して栄雅も休んでいいといったのだが、どうやら明良はあの時の栄雅の言葉どおり、すぐさま藩主に代われるようになるほど有能になろうと、学ぶ姿勢を崩そうとはしなかった。

その気持ちを察して栄雅はそうかと言ったきり、好きにさせておく事にする。




 「ううん・・・・・・」

 「お疲れ様でした、兄上」


肩の関節をほぐすようにしながら遅めの昼餉をとっていると、すらりと襖が開いた。

承諾も得ようとせずにそんな真似をする人物は、この土地では最高位の栄雅を除いて一人しかいない。彼らの父親、兼良である。


 「宇井との話は終ったようだな」

 「父上」

 「どうだ、明良。栄雅から学ぶ事はいろいろと多かろう。数日栄雅の傍で生活を見ていてどう思った?」


父親だからとはいえ、栄雅に敬称もつけないことに一瞬戸惑った明良だったが、栄雅の目配せを見、無礼には気づいていないふりをして、にっこりと笑った。


 「はい、父上。やはり兄上には到底及ばないという事が改めて分かりました。民と直に接しておられる兄上はとても大変そうで、一緒に回る私さえも若干疲れを覚えるほどですが、得るものは多いかと存じます。兄上を支えていけるよう、一層精進しようと新たに日々誓う毎日で」

 「そうかそうか」


楽しそうな明良に兼良は、笑みの形に刻まれた口元の皺を一層深くした。

目の前の二人を見て、栄雅は薄っすらと微笑んだが、対照的に兼良はそんな栄雅を見て一瞬顔をゆがめる。

そしてその一瞬を栄雅は見逃さなかった。


 「これをあまりこき使ってくれるなよ。勉強熱心なのはいいが、そのせいでわしの屋敷には最近とんと姿を見せんようになってしまったからな」

 「それはすいませんね。明良が離れたくないというものですから」


いい加減に子離れをしろと毒づきたくなったが、ぐっと押さえる。

あくまでも笑みの形を崩さなかった栄雅を見て、ふんと鼻息荒く部屋を出て行く。

土産代わりの小さな菓子を明良にやるのも忘れず、風のように去っていった。



 「兄上・・・・・・と父上は、何かあったのですか?」

 「さあて。虫の居所でも悪かったんだろうさ。だが、そういうことを父上の前では言うなよ」

腑に落ちないといった表情だった明良だったが、これでお終いだと書き物を始めた栄雅の横顔を見て、小さくため息をつきながら自分も食事を片付けさせた。




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