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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第弐章
38/66

ユビキリ ノ参拾伍


 「清治郎、来なさい」

 「――!」


呼ばれた途端、全身にぴりぴりとしたものが駆け巡ったかのようだった。さあやってきた。とうとうやってきてしまったこの時が。


固まりながらも足を踏み出す後ろで、清一郎が冷や汗を流す。清一郎は彼なりに罪悪感のようなものも感じてしまう。どうか弟の長年の恋が実りますように。そのために、どんな些細な事でもいいから娘さんが気に食わないことがありますように。

およそ長男らしくない願いだが、今年の宴だけは上手くいってもらっては困るのだ。だってそれは望んでもいない婚約の成立と同義だから。



 「お前ならもう分かっているな。わざわざここに連れてきた意味を。さあ、ご挨拶を」

 「ですが、父上。私には決めた人が――」

 「挨拶を」


有無を言わさない父親の鋭い眼光に、挨拶くらいならと折れてしまうのが悪い癖だった。

項垂れながら、それでも女性の前で情けないところを見せるのもどうかといつものように背筋を伸ばす。


 「は、初めまして。某は花咲清治郎という者で――」

 「・・・・・・くっ」


抑えきれなくなったように娘が手で口元を隠した。身を震わせているのは、どうやら笑っているようで、くすくすと笑い声が響く。


 「なんだい、ありゃあ」

 「さあねえ」

 「清治郎さん、なんかやらかしたかね」

 「清治郎さんだからねえ」


ぽかんと目を丸くさせた人々は、声量を抑えてひそひそと囁きだした。ちなみに補足しておくと「清治郎だから」という語は侮辱ではなく、不出来な子を見守る親のような言い草であった。


そんな中「彼だから」と称された当の本人は既に飽和状態のようで、おろおろと父親と目の前の娘を交互に見やるばかりである。息子の様子を見て、塔十郎でさえ豪快に笑い出した。屋敷から料理を運んできた母親も、どうやら何かを察したらしく、笑み崩れている。


 「ごめんなさい、笑ってしまって。だって――あんまりにも緊張されているものだから」

ころころと笑う娘はようやくそれだけを言うと、塔十郎のほうに顔を向けた。促されて塔十郎も笑いを収める。


 「もう、いやだわ」

 「くっくっく、いや。不出来な息子で申し訳ない。こんなのでいいなら貰ってくれるかね」

 「ええ、それはもう・・・・・・ッ」


ぽかんとした顔から真っ青に色を変化させたのが可笑しかったのか、さらに眼前の二人は笑い出した。

しかし、幾らなんでも出会って即夫婦になる決意など無茶が過ぎる。


 「父上、とそこの娘さん。悪いが私には心に決めた人がいて、だからその・・・・・・貴方とは一緒には」

 「分かってるわ、そんなこと。っていうか大概鈍すぎるよね、清ちゃん」

 「は・・・・・・え?」


戸惑うように辺りをうかがえば、事情を知らない者たちさえ数名口元を押さえていた。

白梅にいたっては隠そうともしておらず、露草は頭を抱えながらもやはり口元が緩んでいる。一人清一郎だけはほっとした顔をしていた。


 「ち・・・ちうえ?」

 「間抜けな顔を晒すな。どれだけ鈍くて行動が遅かろうが、いい加減気づいているだろうに。第一、私がお前の思い人を知ったのがいつだと思っている」

 「私よ、わたし」

 「お良!? 何で、お前・・・・・・今日ははずせない用事があったんじゃ」

 「だから。外せない用事でしょ? 清ちゃんをびっくりさせる、とっておきの」

 「してやられました、父上」

 「おう、清一郎。お前が結婚する気なら誰かいいのを見繕ってやるぞ。今回の件で四方八方に声をかけたからな」

 「いいえ。私は遠慮しますけど。そろそろ清治郎が一杯一杯みたいですよ」


嬉しいのか怒っていいのか分からない表情のまま、清治郎は固まっていた。

塔十郎が隙を見て白梅を覗き見ると、白梅は握りこぶしをつくって親指を上に立てていた。意味は分からなかったが、笑顔を返しているので“上出来”の合図だろうと察する。

その様子を横目で見ながら、お良が頬をつついたりくすぐってみたりと清治郎に悪戯を仕掛けていた。


 「ちょっ、やめろ!」

 「あら、だって清ちゃん固まってるんだもの」

 「んー? ということは、清治郎は俺の義弟になるってわけか! ・・・・・・なんだかいつもと変わんねーな」

 「まあ元々全員の弟って感じやったもんねえ。けどそれで言ったらお良ちゃんが私の義妹になるんか。ああ、それは嬉しいかも」

 「じゃあ俺たちはある意味兄弟だな」

 「そうなるねえ」


呑気に笑う兄たちを横目に、ようやく落ち着いてきたらしく、清治郎は恨めしげに父親を見やった。


 「父上・・・・・・謀りましたね」

 「お前には散々手を焼かせられてきたからな。せいぜい驚かしてやるのも悪くはないだろう」


にやりと笑う父親を前に、そしてにこにこと嬉しそうに笑う兄と母親、加えて祝福する友人たちに最愛の女性が傍にいるとなってはぐうの音も出ない。清治郎はいかにも仕方がないという風に、肩を落として笑み崩れた。



 「おー、幸せそうな顔しとるねえ」

 「こちらは一件落着、か」

 「こちら?」

 「ああ、いや・・・・・・こっちの話だ」

 「ふうん」


呼応するように甘く温かな風が二人を包み込む。

気が早い友人たちが祝杯だと騒ぐ、咲き屋敷の灯りは一晩中絶える事がなかった。



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