ユビキリ ノ参拾参
「清治郎、清一郎。ちょっといいか」
「はい。何でしょう?」
「清治郎、お前にどうかと思っている娘さんがいる。今夜の花見に呼んであるから、思う存分交友を深めるといい。清一郎。清治郎が逃げ出さないように見張っておけよ」
「は、はあ・・・」
「父上! 俺・・・私はっ」
「すでに決めた事だ。文句はないな?」
「・・・――はい」
身を翻し去っていくその背中の後ろで、残された息子たちはひそひそと囁いた。
「阿呆、なんで言わんの。お良ちゃんに告白したときの勇気をもう一回だけ出しいっ」
「ほんなら、せーちなら言えるん? 無理やろ!」
「けどこんままやったら好きでもない人と一緒ならなあかんよ。そんなんお良ちゃんにも悪いやないの。折角お良ちゃんだってせーじのこと好きだって言ってくれたんに」
「・・・でも」
「・・・そんなんやったら花見にお良ちゃん誘い! んで、悪いけど私はこん人と一緒になるって娘さんに直接断ればええ!」
「ん・・・・・・、うん」
ようやく決心したのか浮かない顔で、しかし静かに決意を秘めた顔で清治郎は頷いた。「ていうか、人のことばっかり気にしてないでせーちもさっさと嫁貰えばいいんに」と聞こえよがしに呟くのも忘れなかった。
「どうやった?」
「だめや・・・・・・あいつ、どっかに出かけとるらしい。なんか隆と一緒に呼び出されたとか家の者が言いよったけど」
「隆ちゃんと? ・・・・・・うーん、なんやろね」
このままでは好きでもない人と政略結婚させられてしまう。それが当たり前の社会にいるとはいえ、冗談じゃない。
清治郎は何としてでも、お良を花見に連れて行き、相手に叩きつけてやるのだと意気込んでいた。当初の目的から若干脱線しているような気もしてきたが、そこまでは構っていられなかった。
やっとお良を捕まえたのは、花見まであと一刻、という時間だった。
「お良、今夜家に来てくれ! 後生だ!」
「ええ? 何よいきなり」
「実は・・・見合いさせられるかもしれん。親父が今日相手にどうかと思ってる娘連れてくるって言ってて、だから・・・・・・!」
「清ちゃん、ごめんね」
「お良?」
「今夜は、どうしてもはずせない用事があるの」
「・・・・・・」
「だから、ごめん」
妙にさっぱりした顔でお良は振り向かずに清治郎に背を向けた。
所詮、女子の情などこのようなものなのだろうか。しかし何十年も抱いてきたこの思いをすぐ諦めきれるほど、自分は賢くも潔くもない。
清治郎は一人ででも縁談を何とかしてぶち壊してやる、と意気込んで道を引き返し、屋敷の中へと戻っていった。