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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第壱章
3/66

ユビキリ ノ参


その日の空は、灰色に塗りつぶされていた。

いつものような青はどこにも見えず、昼間だというのに夕方かと思えるような薄暗さである。

栄雅の後に付いてきていた少年は不安そうな顔をして背後を振り返った。

振り返られた数人の共は、落ち着かせるような笑みを浮かべるも、内心では彼らも早く帰って休みたいものだと栄雅を見つめる。



 「土産に何か狩っていってやりたかったんだが・・・・・・このぶんじゃもう駄目だろうな。仕方ない、土産には何か酒でも買っていくか。明良、それでもいいか?」

 「はい、兄上。ご無理をいって申し訳ありませんでした」


父に何か土産を持っていってやりたいと言い出したのは、栄雅の弟である明良だった。

僅かに赤みが差した頬をしていて、精悍な顔立ちの栄雅とは違って幼さが垣間見える。

人好きのする性格で、いつも明良が笑うと、藩の者たちに関わらず、栄雅さえも気持ちが和らぐのを感じていた。弟ながらとても可愛いと思う。

そしてそれは彼らの父親とて例外ではなく、特に明良は父親の大のお気に入りだった。

その父親の愛情を知っているからこそ、土産を持って帰りたいと言い出したのだろう。それならば、明日十三になるというのに未だに可愛い可愛いと持て囃されて、少々甘えたがりのある弟に男として手本を見せてやろう。そう思って一緒に狩に出たはいいが、そうこうしているうちに一気に天気は悪くなってしまった。

遠くの山では一瞬雷さえ見えるような天気である。

引き返そうとしたときにはすでにぽつぽつと雨が降ってきていた。



 「そういえば、明良。お前は明日十三になるのだったな」

 「はい」


何度も元服するその日を待ち望んだ。それは既に分かっている事だったが、噛締めるように確認する。

早く兄上のお役にたちとうございます、と屈託のない顔で笑う明良の顔に、とうに忘れたはずの怒りと寂しさが胸のうちに一瞬掠めたが、それをなかったことにして、木陰で馬を止めた。

雨をしのげるような大木ではあったが、共の者たちまで入れるほどではない。

少々不機嫌そうな顔をしながらも、内密の話でも有るのかもしれないと暫し明良と栄雅を離れた所から見守る。


 「これをお前に預ける事にする」

 「これは・・・・・・?」

不思議そうにそれと栄雅を見比べる弟の手に、押し付けるようにして渡すと、遺言だと一言だけ返す。


 「――兄上!」

病でもあるのかと心配そうな顔をした明良だったが、首を振る栄雅を見て、そういうわけではないことを知る。


 「遺言というか、やらなければいけない仕事を覚書みたいにして連ねておるだけだ。とはいえそれでも誰彼構わず見せてはならない、完全なる秘密事項だ。大切な秘密を預ける事で、成人する事の重さと、藩主としての苦労を思い知らせてやろうと思ってな」

悪戯めいた兄の笑いに、ほっとしたような笑みを明良はようやく浮かべた。

そういうことですかと困ったように頭をかく。


 「これは大変なものを頂いてしまいました」

 「しかし、それは俺に何かあったときに始めて開け」

 「・・・・・・?」

 「遺言といったのはそういう意味よ。仕事というのは自ら見て学ぶものだ。父上からも聞けるだろうが・・・・・・、俺のやる事を間近で見ていった方が早く身につくだろう。いいな、明良。俺に――私がたとえ病で倒れるような事があっても、すぐさまお前が代われるようにいつでも準備をしておくのだぞ。いつ何時であってもそのような心構えでいけ。それでこそ川本家の男子だ」



公務の時以外では、自分の前で自らを俺という兄が「私」といった事で、これは栄雅としての藩主としての言葉なのだと気づく。

兄の諭しに明良は笑みを消し、真剣な顔で頷いた。

満足そうな顔で栄雅も頷き返すと、ようやく二人は共の者を引き連れ、急いで屋敷へと引き返していった。




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