ユビキリ ノ弐拾伍
「随分と手厳しくあられるのですね」
「露草殿・・・」
さっきは驚いた素振りなど見せなかった塔十郎だったが、物思いにふけっていたのか、僅かに体を固まらせた。
「これは失敬。都合が悪いようなら、お暇・・・」
「いえ、こちらこそ失礼。少々昔を思い出していましてね。いきなり今に引き戻されたようで、自分でもよく分からない心地がするのですよ」
「昔、ですか」
塔十郎はふと笑った。
「そういえば、清治郎さんのことですが」
「あれが何か?」
「いえ・・・、清治郎さんは誠実そうな方ですから、色事などには無縁だろうと思いまして。ご当主になられるのでしたら、些か心配ではないのかと。私が言っても詮無いことですが」
「あれは、頑固な子です」
一体誰に似たんだか、と呟いた塔十郎の顔を見つめ続けることなく、そして不自然になりすぎないよう無難な相槌を打っておく。
「あの年になってまで、誰も娶ろうとしない。清一郎に関しては既に諦めているのですが」
「お二人とも、先を見据えておられるのでしょう。清治郎さんも秘めた決意をお持ちのようですし」
「露草殿は慧眼の持ち主でいらっしゃるようだ」
いや、結構誰にでも見破ることができるような、とは口に出さないほうが賢明だろう。
苦笑しながら言った塔十郎を見ると、どうやらお良のことは薄々感づいているようだった。
「清治郎さんは、その・・・心に秘めた方がおられると、お見受けしますが」
「食べ屋敷の娘さんでしょう」
「やはり、ご存知でしたか」
「清一郎は隠すのが上手いが、清治郎はすぐ顔に出る。清一郎は歯を食いしばって耐えますが、清治郎は泣きながら耐えます。・・・・・・馬鹿息子ですよ、どちらとも。足して割るくらいが丁度いいんですが」
親の口調だった。厳しくて優しい父親の姿だ。
口では辛辣な物言いをしていても、やはり心配なのだろう。
「気づいてはいるのですがね。代々の因縁ゆえに、栗町以外の娘さんにしてほしいというのが本音です」
「咲き屋敷と食べ屋敷のご家族が対立しているとは、清一郎さんからお聞きしました。・・・・・・昔に何があったのか、お聞きしてもよろしいですか? その、立ち入ったことならば無理にとはいいませんが」
ここまででも相当に家の事情に踏み込みすぎている。気を悪くしてもおかしくない状況だったのだが、清一郎しかり現当主の塔十郎しかり、昨日会ったばかりだというのに、気を許してくれているらしかった。
「伝統でいえば栗町も花咲も同じなのです。どちらも同じ時期に川本の殿様に拾い上げられ、立派に家として存続できるようになりました。花咲家初代当主の方雪に子が出来なかったため、自らの末の子、約進を花咲家の養子にして、家が途絶えぬようにしてくださったのも川本末久様です」
慣れ親しんだ川本の家。
末久は五代目栄雅であり、露草の曽祖父にあたる人物だった。会った記憶はない。
「いきなりですが、露草殿はこちらに住んでいたことがおありで?」
塔十郎の切れ長の目が一層鋭さを増した。
探ってくる、心の奥深くまで。
露草はつ、と背中に汗が伝う感触を思い出していた。