ユビキリ ノ弐拾肆
「行ってしもうた・・・」
「相変わらずだな、そちらのお父上は」
「そっちもあんまし変わらないやろ。まあ、分からんでもないけどね」
「・・・どういう意味だ?」
「長男にはいろいろあんのよ」
「お前は蘭法医だろ?」
「まだなったわけやないのに、気が早いなあ」
清一郎は意味ありげな笑みを浮かべると、弟と父親がどうしてるか見てくると言い残し、歩いていってしまった。
「清一郎殿?」
「露草さん、白梅さん。もう少ししたら準備が整うと思いますから、楽しみにしててくださいね。またね、お良ちゃん、隆ちゃん」
「あ、ああ・・・」
「お兄ちゃん。清ちゃん大丈夫かしら?」
「それを確かめるために清一が行ったんだろう? 大丈夫さ、あんなんだけど一応長男なんだから・・・」
あんな、とは随分な言い草だが、そういえるほど親しいということなのだろう。
それよりもさっきの言葉が気になるようで、ちらちらと家の奥をうかがいながら、隆吉がお良の肩を軽く叩く。
「ほら、早く家に入らないと親父殿にどやされるぞ」
「あ、待ってよ」
「じゃあ、えー・・・・・・白梅さん、露草さん。また」
そういえば、さっきお握りでお腹がどうとか言っていたわね、なんてちくちく言い合っている兄妹の後姿を見送りながら、とりあえず白梅たちも中に入ることにした。
「踏み込みが足らん! 立て!」
「は、はい!」
「こりゃ、宴の直前まで続くかもしれんなあ・・・・・・」
「清一郎さん」
「あ、これはこれは。お見苦しいものを」
道場の入口の壁にもたれ、身を隠すようにして中の様子を伺っていた清一郎が振り向くと、露草が背後に立っていた。
「おや、白梅さんは?」
「あいつなら料理を見てくるとか言って・・・男ながらに料理を作るのが好きらしくて」
「それは向上心がおありになっていいことですね」
「ところで、清治郎さんは放してもらえなさそうですか? 栗町家と話しただけで、いつもあんなに?」
「いやあ・・・・・・なんでしょうね。父上ももしかしたら感づいてるのかもしれないですね」
「お良さんのこと、ですか」
清一郎は返事の代わりに、悲しそうな笑みを浮かべた。
いくら家同士の深い禍根とはいえ、弟の恋はうまくいってほしいのだろう。
「私も準備のほうを見てきますね」
それじゃ、と辞していく背中を見送り、親子の方に再度向き直ると、清治郎がくたくたになりながらも未だ木刀を振るっていた。
僅かに息を切らしつつも、息子を打ち据えるかのように猛攻を続けていた塔十郎はようやく満足したらしく、木刀を壁にかけた。
「お前には覚悟というものが見えん。家というものの重さを噛み締めねば到底後は継げぬぞ」
「ご指導っ、ありがとうございました!」
平伏した清治郎の頭を暫く見つめていた塔十郎は、やがてくるりとこちらへ向かってくる。
露草がこちらにいたことには気づいていたようで、驚く素振りもなく会釈し、前を通り過ぎていった。清治郎がへたへたと針金を曲げ、道場の冷たい感触を味わっているのをちらりと見遣ったが、露草は塔十郎を追うことにした。
「父の姿」を知ってはいても、「あるべき父の姿」を知らない露草の何かが、花咲塔十郎の覚悟とやらを聞いてみたくなったのかもしれなかった。