ユビキリ ノ拾伍
白梅は便利だ。
このような言い方をすると、少し自分が非情になったような気もするが、それが正直な感想だった。
元流行、ではあってもその地方、その国の文化や常識を知っているし、言葉もある程度通じる。
白梅の人間離れ、というか日本人離れした長身と柔らかな物腰は、外国でのいわゆる紳士に繋がるものがあるのだと、露草はようやく分かった。
巧みな話術と、豊かな表情。何より優しく微笑んで小首を傾げれば女性の顔が薄っすら染まるのを、露草は何回見たことだろう。
「あら。お連れの方はどうされたんですか?」
「ああ・・・・・・今日は別行動で。たしか探している本があるのだとか」
「そうなんですか、それは良かった」
良かった?
その台詞に首をかしげた露草だったが、すぐに失言に気づいた女性は慌てて首を振った。
店に通ううちに、看板娘と思われる女性と顔なじみになっていた二人だったが、そんなに慌てている様子を見るのは初めてだった。
「ち、違いますよ! そんな、あの方はあの方でとても素敵な方ですけど・・・・・・! いえ、何を言っているのやら。そうではなくて、丁度美味しいお菓子が手に入ったので、よろしかったら食べられませんか? お二人で食べるにはちょっと量が少なかったので・・・」
「いいのですか? ・・・・・・こんなに高そうな」
値段の事しかいえないのが歯がゆかった。もっと気の利いた台詞をいえないものか。
しかし女性はそんな露草の気持ちさえ分かっているように、良いんですと笑顔を見せた。
「遅かったな」
「ええ本を見つけたんじゃけどね。思ったより高かったから、買おうか買うまいか悩んでしもうて。お? 何じゃその包み」
しまった、と露草は思った。
二人で食べるには量が足りない、と言われていたのだからさっさと食べて、証拠隠滅しておくべきだっただろうか。
「女性からの贈り物かね。隅におけんのー、まあそれも分からんでもないわ。色男じゃからねえ」
「嫌味か?」
柔和な顔立ち、すらりとした体躯。
どこをどう取っても美形といえる白梅に言われると、どうにもそうとしか思えない。
しかし白梅は真面目な顔で、というか真剣さをだそうとしている顔で「まさか」と言う。
それがどうにも含みを感じて睨んでやると、白梅は我慢しきれなくなったらしい。
「私よりも露草の方が人気やないの」
「それがどうも納得いかない」
欧米諸国の中、日本人というのは黄色い猿、のように蔑視されているものだと思っていた。
それが少数派なのかもしれないが、どうにも周りの自分を見る目は違うのだった。
日本人の中では長身の部類に入る露草だったが、外国に来れば平均身長か、限界の線をいっているくらいだ。
性格も白梅のように人に好かれるような愛想が良いほうではない。
なのに。
どこか寄せられる視線が熱い、ような。
女性からは白梅との人気を二分しながら囁かれ、男性からの握手を求められて返せば、どこか握られる手が痛い。
礼儀作法で間違った事をしてしまったか、はたまた白梅と共にいることの嫉妬か、などと考えてみたが、どうも的を外れているらしい。
流石に男性から思いを伝えられる事は皆無だったが、どうにも憧れのような熱い視線と、気のいい友人が増えていくというのは明らかに前と違う反応だった。
「多分、日本人が珍しいからと思うけど」
「一時的なものだろうな。しかし落ち着かない」
「いずれ慣れるて」
洒落た店で茶を飲んでいる姿は英吉利や仏蘭西の風景にでも溶け込んでしまうような男なのに、この日本の爺みたいな口調はどうにかならないものだろうか。
二人でいるときは日本語で会話するのだが、その度に何度思ったかしれなかった。
「英語にも大分慣れてきたみたいじゃけぇ、また違う国に行ってみるかね?」
「・・・お前には放浪癖があるみたいだな」
「楽しいじゃろ?」
折角この土地に慣れてきたところだったのに、と少々寂しく感じつつも「まあな」と返す。
ちょっと眠たそうな顔をしながら、白梅は露草の返事に少しだけ得意げな笑みを浮かべた。