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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第壱章
17/66

ユビキリ ノ拾肆


 「どうせなら、各地を見て回ろうじゃないか」


そう言ったのは白梅だった。

これまでずっとこの土地に住んできた白梅が動こうと言い出すなんて、一体どういう風の吹き回しかと思ったのだが、こうして全国を回ってみれば、自分の気も晴れてくる。

そこでようやく、白梅が旅を持ち出してきた理由が分かった。


 「ありがとうな」

 「・・・・・・いきなりどうしたんじゃ? 風邪でも引いたか」


本気で額に触って熱を測ろうとする白梅の手を払いながら、「そんなんじゃない」と冷たく返したが、彼は自分が小屋から出て、知っている誰かに見られる事を恐れていると察したのだろう。

鈍いようにみえて、心の機微に敏感な鬼というのは、鬼の中でも珍しいんじゃないだろうか。

しかし、白梅はそれを持ち出す事はなかったし、こちらとしてもそれでいいと思っていた。



 「どこに行っても私の白い髪は目立つようじゃな」

 「当たり前だ。爺さんならともかく、お前みたいな若者にしか見えない奴が真っ白だったら、もう隠すしかない」

露草がそう冷たく返すと、白梅は不服そうに自分の頭に巻かれた頭巾を恨めしそうに見上げながら、団子を頬張った。


 「だから山奥に引っ込んどったんじゃ。でもたまには外に出たくなるから来てみたが。随分ここら辺も変わったねえ」

 「年寄りの言い分だな」

 「・・・・・・すぐ露草もそう言うようになるて」

 「・・・・・・・・・・・・」


――鬼は永遠の時を生きるのか。


それは、露草がずっと抱いていた疑問だった。

白梅は時々、何十年、何百年も生きていたのかと思わせるような口ぶりをする。

何か言いたげな露草の視線を受けて、いつものように白梅は穏やかに笑うばかりで、何も言わなかった。



 「お兄さん、寄ってかないかい?」

 「は?」


声をかけられて、振り返ると甘い匂いと派手な色彩が飛び込んできた。

たった今、後ろに誰か座ったのは気づいていたが、胸元をくつろげた着物と濃い紅の色からして、夜の仕事をしている女性らしい。

こちらが振り返ると女はゆっくりと首を傾け、僅かに伏せた目に妖しい色を乗せている。


 「いや・・・・・・俺は用事があるから」

 「じゃあその用事が済んだら、おいでよ。いつでも待ってるからさ」


またね、と片手をそっと胸の上に置かれる。ちらりと上目遣いに露草を流し見てから、薄っすらと広がってきた夕闇の中へ颯爽と去っていく。自分の魅力を印象付ける事に慣れた仕草だった。


 「笑い事じゃないぞ」

 「え? いや、相棒が好かれておるのを見るんは嬉しいよ。良かったなあ」


露草は舌打ちしたくなった。

遊郭と言われる場所で、女が自ら誘うのは珍しいと思っていた。僅かに漏れ聞いた話からではそこでなされる会話や、外には客引きの者たちがいるのだというくらいの知識くらいで、実際に夜の街になど行ったことはない。


何しろ、栄雅だった頃には影がいつも傍に付いていたし、そこまで興味もなかったから、色事とはほとんど無縁といって良いほどなのだ。

誘われるのは悪い気はしないが、どうやって断ればいいのか判断に迷うというのに、この鬼ときたら助けようともせず面白がるような瞳をこちらに向けるだけで、何の役にも立ちやしない。


 「何膨れとるんじゃ、別に初めてやないんじゃろ?」

茶化すように聞いてきた白梅が、初めて憎いと思った。

睨みつけてやると、白梅の表情が若干強張る。聞いてはいけなかったことに、今更気づいたようだった。


 「まさか誘われるのも初めてか? っていうことは――」

 「・・・・・・」

 「・・・りょ、領主やったわりには、修行僧みたいやね」

それだけ言うのが精一杯な白梅だった。


笑顔を作ろうとする白梅だったが、睨み返してくる露草の前ではそれもただ虚しいだけだ。

第一何故こんなところに(とはいっても遊郭の近くというだけで、そこを目的地としているわけではないのだが)二人しているのかといえば、これも白梅が言い出したことだったのだ。

いわゆる情報が集まる場所、ということらしい。


多くの人が立ち寄る場所には様々な流行と今の情勢、いわゆる文化の一端が集められているという。

旅をしたことはないが、聞けば露草も確かにそうかもしれないと思った。

けれど、今になって露草は後悔し始めていた。

その様子に気づいた白梅が取り成すように、すっくと立ち上がって遠くの方を見やる。


 「たしかこの先に美味い飯屋があったはずじゃけん、そこまでの辛抱じゃ」


そういえば美味い店がこの辺りに集まっていたはずだと聞いたのも、こちらの方に足を向けようと思った理由の一つだった。

食べ物を意識したせいか妙に腹がすいた気がして、白梅が無理やり変えた話の流れについて行ってもいいか、と露草はようやく重たい腰を上げた。



確かに飯は美味かった。

見目形は露草が栄雅として慣れ親しんだものと比べれば質素ではあったが、口に合う。何しろ白梅と露草二人きりだといつもいつも似通ったようなものばかりになるので、たまには違う食事も有りがたい。

白梅はゆるりゆるりとつまみを口にしては、少しずつ飲んでいく。けれど肌は白いままで、顔も素面なので酒には強いらしい。

特に目立った会話もないまま、銚子を空にしていく。


時に露草も付き合いながら、心地よい眠気が来るくらいの酒量でとどめておく。やがて勘定を済ませて店を出ると、既に辺りは真っ暗になっていた。

月明かりも今宵は月が雲間に見え隠れしていて心もとない。

灯りで足元を照らしながら歩いていると、大きな花の木に出くわした。

枝垂れ梅が屋敷の外へとのびているらしい。屋敷の中から賑やかな声がしている。


 「どうやら梅見をしているようじゃな」

 「こんな寒い日に。もの好きもいるものだな」

 「私らも人のことは言えんがね」


最もだ。

納得したのか二人顔を見合わせると、まるで少女のようなくすくす笑いに襲われた。

酒のせいだったのかもしれなかった。



 「『匂いたつ 夜空に浮かぶ白梅よ

   星と見紛う 憎らしさかな――』」

 「呼んだ?」

 「詠んだんだ」

 「あんたが梅を嫌っとるとは知らんかったわ」

 「嫌いなものか。梅花が白いのを詠っているだけだろうが・・・第一俺が詠んだんじゃないぞ」

 「ふうん? じゃあ誰の歌ね?」

 「さあ、誰だったか――」



ふと風が吹いて、梅の香りを攫っていった。

懐かしいような悲しいような、そんな風に気持ちが揺らいだのはやはり酒のせいなのだ、と露草は思うことにしてゆるりゆうるり、白梅と夜道を歩いていった。



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