ユビキリ ノ拾壱
「具合はいいんか?」
鬼の問いには腹の虫がくうと返事をした。
鬼は笑みを零しながらええみたいやね、と食事の準備をしてくれる。
「今度は何日経った?」
「一日ちょっと。でも、歩けるくらいには回復したみたいじゃな。やっぱり新しいもんは再生力も違うんかねえ」
まずは飲み物を腹に入れろ、との教えは川本家からだった。
鬼になってもその習慣は変わらず、茶をすすってから、汁物、青菜の順に食べていく。
「さすが、藩主だった奴はこんな山奥でも順序正しいの」
「そういえば・・・・・・今、藩はどうなっているんだ?」
「代理でお父上が取り仕切っているそうだが、いずれ弟さんに譲るつもりじゃろうね・・・・・・ちなみに、おんしは死んだことになっちょる」
「そうか・・・・・・」
それで、いい。そうされることを、望んできたはずだ。
「透影が・・・俺が谷から落ちたと報告したんだろうな」
「そうなんじゃろうね。私も詳しくは知らんが」
「・・・・・・・・・・・・」
「辛いか?」
「あ、いや・・・・・・ただ、明良が」
「弟のことね?」
「明良が、幸せになったら、もういい」
鬼が僅かに小指を動かしたのを視界の端に入れながら、露草はぼんやり考えていた。
生も、死も、全て受け入れる覚悟はできた。
人間としての生が終った事は死、しかし鬼としての生を受けた事で完全な死ではなく。つくづく厄介な生涯になりそうだったが、何故だか悲観する気にはなれなかった。
自嘲するように笑った自分を見て、目の前の鬼が、きょとんしている鬼が・・・・・・怒ったようにこちらを見ている。
怒ったように? 何故。
「おんしは、己の事だけ今は考えんか。私はおまんに生きてほしい言うたじゃろ。抜け殻拾った覚えはなかぞ」
「だから・・・・・・言葉を統一しろというのに」
真剣な顔も、これでは笑いを誘っているようにしか見えない。
「伝わっておる。それで充分じゃ」
拗ねたように言ってみせた鬼の顔が子どもっぽくて、また笑いを誘う。
「気持ちの整理をつけているんだ」
何も自暴自棄になって、流れるままに、何もせず生きていこうとしているわけじゃない。
その事を悟ったのか、鬼は黙ってしまった。
「明良は可愛かった。妾腹だろうが、なんといってもたった一人の弟だ。性格もいい、皆から愛された。でも私は愛されなかった。その事を羨みもした、と思う。けれど明良が憎いわけじゃない。だから藩主を譲る準備を進めてきた。それが早まっただけだ。俺のしてきたことは間違っちゃいない」
「・・・・・・」
「後もう少し待てば、親父殿も手間をかけないですんだのに。短気だなあ」
「恨まんの?」
「恨んで解決するような問題じゃない。ただ心残りが在るとすれば、そうさな・・・・・・明良が傀儡にならなきゃいい。あれは賢い子だ。いい方向に藩を導くだろう」
鬼は眩しいものでも見るかのように、目を細めた。
「おんしはのう・・・・・・無欲なんか、寛大なんか、捨て鉢なんか、冷酷なんか・・・・・・怒っとるのか悲しんどるのかも分からん」
「何も考えてないさ。むしろせいせいしてるよ。これで仕事しなくてよくなる」
「人間は強いの」
「そうだな・・・・・・いや、俺も今は鬼だぞ」
「じゃあ鬼も強い」
「ならお前も強いんだろう」
そう結論付けると、鬼は目をまん丸にして、それから思い切り噴き出した。