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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第壱章
10/66

ユビキリ ノ拾


目が覚めると、まず感じたのは温かさだった。

ぱちぱちと薪がはぜる音がする。

寝返りをうとうとすると、やはり体は動かなかった。


 「・・・・・・なんでお前が」

首だけを動かすと、端正な顔が目の前にあった。銀の髪をした鬼が無邪気な顔で眠っている。

声で目が覚めたのか、薄っすらと目を開けていた。

 「しかもなんで裸なんだ」

お互い上半身だけは裸だった。不満そうな声に対し、鬼は不思議そうな顔をして問う。


 「人間は寒い時にはこうやって温め合うんじゃろ?」

 「それは雪山で遭難した時だろ」


こういうところがこの鬼は抜けている。

幾ら美しかろうが、自分は男に抱きつかれて嬉しがる性向は持ってない。


 「そりゃすまんかったな」

体に回していた腕を解くと、毛皮で自分の体を包んでくれる。

そうして肩と膝を支え、抱えようとする鬼に、思わず焦って声をあげた。


 「お、前・・・何するんだ?」

 「何って。動けんじゃろ? 鬼になっても、まだ傷が完全に回復したわけじゃないんよ。じゃから暖炉の傍が暖かい思うて」


そういうことかととりあえず納得したものの、ふわふわ浮かぶ足も、見上げなければいけない鬼の顔も全てが不安定で、何でこうなったのだろうと、栄雅は終始悩んでいた。



 「俺は、死ななかったのか。鬼になった、と?」

 「今更じゃね」


もっともだ、とも思ったが、それくらい基本的なことに気づけないほど動揺して、ぼんやりしていたのだから仕方ない。

呆れた様子の鬼が話してくれるのを待つ。


 「川で、おんしは意識を失ったが、心臓が動く気配はまだ微かにあった。とりあえずそのうちに、こうやってな・・・・・・血を垂らしたんじゃ」

爪を手のひらに食い込ませる形で握りこぶしを作った鬼を見て、嫌そうに顔を顰めた栄雅に、すまんと鬼は詫びる。


 「嫌がるのは分かっとった。けど、あの時はそれしかなかったんじゃ」

 「・・・・・・仕方ない。それでそれからどうした」 

 「それだけじゃ。家に運んで寝かせて、あれから六日は眠りっぱなしじゃった。そこでようやくおまんは目を覚ましたっちゅうわけで」

 「あれから、六日も経っているのか?」

 「うん。思ったより早かった」

血が少なかったからかの、と鬼は呟いた。

そこでようやく気づく。


 「お前・・・・・・目が赤いな」

 「ん? ああ・・・・・・らしいね。飢えを感じたときは、目が赤になるという。いつもは違うんやけど」


綺麗な薄緑色をしていたはずだったが、まるで川で見た自分の血の色のように、紅色をしている。

彼が飢えを感じているということは、付きっ切りで看病をしてくれていたということなのだろうか。


 「人を、食うのか?」

 「食わんよ。ほかにも食うもんはあるじゃろ。肉も魚も、野菜だって食べる」

 「俺に・・・・・・角はないのか? 尻尾は?」

 「少なくとも、私には生えたことないなあ」

 「鬼じゃないみたいだ・・・」

 「じゃけ、出来損ない言うた」


鬼は奥から飲み物を持ってきた。

動物の乳のようで、僅かに甘みが足されている。


 「それを飲んで、もう一眠りするといい。その頃には内臓も回復して、たくさん食べれるじゃろ」

 「お前は・・・・・・?」

 「私は――私も傍で眠っているよ。だからお休み、露草」

そういえば自分は露草だった。もう八代目栄雅は死んだのだ。



声の響きに不安を感じ取ったのか、鬼は安心させるように隣に寝転んだ。

隣に誰かが寝ている傍で眠る事は滅多になくて、落ち着かない気持ちと、安堵の気持ちが合わさって目を閉じる。

それにしても鬼は、やっぱり自分のことも俺といったり私といったりだ。

統一しろと言いたかったが、そう言ったらきっと「通じておるんだから、どうでもええじゃろう」と返すだろう。


 「そういえば、鬼・・・・・・」

 「ん?」

 「鬼の、名前はなんという?」

 「私ね・・・・・・私の名前は、ないよ」


気に入ったのか、何度も露草の髪を梳いていく。僅かに額に触れた小指が冷たくて気持ちよかった。

目を細めながら「自分の名がない」と言った鬼は、悲しいのか考え込んでいるのかよく分からない表情のまま、どんどんとぼやけていく。

露草は「そうか」と囁いたが、やっぱりそれも睡魔が攫っていく途中だったので、名無しの鬼に聞こえたかどうかは分からずじまいだった。



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