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1-〔6〕 真夜中の訪問客

 「おい、起きろ」

耳元で呼ばれて、オレは寝ぼけ眼をこすった。

「う……ん?何だよ父ちゃん、まだ真っ暗じゃないか。もうちょっと眠らせてくれよ……」

もう一度目を閉じて、布団をひっかぶる。

 「起きろ、チビスケ」

 ……、父ちゃんの声じゃないっ!

 「げっ!?お前……っ!」

アンバールが横に寝てるのをすっかり忘れてたオレは、慌てふためいて叫び声を上げそうになった。

 アンバールは、ガバッとオレの口を手で塞ぎ、早口に囁く。

「静かに!」

 わーっ、わーっ!何すんだよー!放せよーっっ!!

「落ち着け。敵が来る」

 ……、……?

 "敵"の一言に、水をぶっかけられたみたいにシャッキリ目が覚めた。

 「敵?……誰?それとも……、何?」

オレも、枕元の短剣をつかみ、囁き声で訊いた。

 「わからん。人か……獣なのかさえ。こんな妙な気配は初めてだ。お前さんは、何か感じないか?」

 オレは耳を澄ませた。

 窓を揺らす、隙間風の音。隣の客のいびき。近くの別の宿から漏れてくる、酒場女の嬌声。猫が喧嘩する声、夜鳴き鳥の声。微かに街の城壁にこだまする、河の音。……

 特に変な物音は聞こえない。なのに、何だろう?ちりちりと胸騒ぎがする。

「わかんない。でも……、気のせいじゃないってことだけは、わかるぜ」

 アンバールはゆっくりと、まずカーテンを、次に窓の鎧戸を開けた。……とりあえず、外に怪しいモノはいないみたいだ。

 満月の青白い光が部屋の中を照らした。時刻は、草木も眠る水の刻(※午前二時頃)ってところか。

 窓から吹き込む風は、ひんやりと湿っている。

 あちこちの食い物屋さんの残り香や、生活排水の生臭い匂い、山から漂ってくる春の花の香りなんかがごちゃまぜになった、かぐわしいとは言い難い空気だ。でも、異臭はしない。

 ピンと張り詰めたオレの神経に最初に引っ掛かったのは、ギシ、ギシと廊下の床板が軋む音だった。

 客の誰かが共同便所に行こうとしている――というのとは様子が違う。一歩ごとの足取りがやけにのろい上に、時々立ち止まっては、フンフンっと動物が匂いを嗅ぐように荒く鼻で息をしている。

 こっちに来るまでにはまだ時間がありそうだ。オレは急いで髪を結わえ、腰にベルトをきつく締める。キリッと気分が引き締まった。ブーツは、履かない方が自由に動けそうだな。

 "敵"がオレ達の部屋の方へ近付くにつれ、足音だけでなく、床が沈み込む振動まで伝わってきた。

 アンバールは扉を正面にして、床に片膝ついてしゃがみ、鞘を払った長剣を肩に担ぐようにして構える。

 この部屋は狭い。扉から入ってきたヤバいモノを仕留めようと思ったら、立ち上がりながら振り抜く最初の一撃で決めなくちゃならない。

 アンバールが無言で顎をしゃくった。オレも黙って頷き、そろりと扉に近付く。

 フンフン、フフンッ……フハァーア。

 "誰か"――あるいは"何か"はオレ達の部屋の前で、他の場所より長く立ち止まり、念入りに匂いを嗅いでいる。そして、大きく息を吸い込み……、

 バキョッ!!

 「「っ!!」」

 アンバールとオレは横に飛び退いた。

 "誰か"が入ってくるとしたら、扉の隙間からそろーっと掛け金を外すとか、そうでなけりゃ、何度か体当たりするとか斧で叩き割るとかして鍵をぶっ壊そうとするんじゃないかと思ってた。

 何にしろ多少手間取るはずだから、その間に不意を突いてこっちから扉を開け、機先を制するつもりだったんだ。

 まさかそんな暇もなく一撃で、戸板が蝶番ごと外れて、窓枠にぶつかるほどの勢いで吹っ飛んでくるなんて!

 ぬうっと、ぶっとい、毛むくじゃらの腕が部屋の中に伸び、頭と、反対側の肩が戸口をくぐり抜けてきた。

 大男……、なんてもんじゃない。身の丈十尺(※約三メートル)はある。肩幅が広すぎて、正面向きじゃ部屋ん中に入れなかったんだ。っつーか、横向きでも、胸板の厚みだけで戸口につっかえそうなぐらいだ。

 ……人間じゃねーよ、こいつ。

 巨人が無造作に足を踏み出す、その足元を見たオレは、滑り込みながらサッと床のマットを引っ張った。

 巨人はつんのめって戸板の上に倒れる。その弾みを利用して、アンバールは窓枠に立て掛かった戸板をテコの原理で押し上げ、巨人の体を窓の外に放り捨てた。

 「起きろ、起きろ!化け物だ!」

アンバールが大声を張り上げる。

 たった今扉が壊れた大きな音で、とっくに周りの奴らも起きてるだろ?……って、カタギさんなら思うんだろうけどね。

 どっこい、こういう宿に寝泊まりする連中って、物騒なことに慣れっこになってるから。喧嘩や、酒盛りのどんちゃん騒ぎで派手な物音がすれば、ちょこっとは目を覚ますかもしれない。でも、自分には関係ないやって思ったらまたすぐにグースカ眠っちまえるぐらい、神経が図太いんだ。

 裏通りの路面に落ちた巨人はグウッと低く唸ったけど、ほとんどダメージを受けなかったみたいだ。異様に長い腕で、ガッと窓枠に飛びついてきた。

 ニュッと窓から突き出した顔面を蹴って、アンバールはもういっぺん巨人を突き落とす。立ち上がりかけた巨人の猫背めがけて、戸板を投げ落とし、その上に飛び下りてクッションにしながら地面に着地した。オレもアンバールに続いて、表に出る。

 巨人は忌々しげに頭を振り、戸板の両端をつかむと、バキンッ!と煎餅みたいに簡単にへし折って脇に放り捨てた。

 じょーだんだろ、おい……。

 "巨人"といっても、体の比率が並の人間とは全然違う。脚はカブのように太い短足、胸から肩の筋肉は異様にムキムキと盛り上がり、腕は、ちょっと前屈みになっただけで地面に届くほど長い。

 一本一本の指がオレの腕ほどにも太い、あのごっつい手に捕まったら、オレの頭や胴体なんか一ひねりに握り潰されてしまうだろう。

 「無事かっ?」

ゴーシェと仲間の傭兵達が、宿の表から、道路の反対側に回り込んできた。巨人を挟み撃ちにする格好だ。

 巨人は横向きになって、ゴーシェ達とオレ達を左右に見比べる。

 「まさか……!」

「モーガン……!?」

傭兵達が動揺している。

 うそっ!?でも、言われてみれば確かに……!

 ケダモノじみた凶暴な人相だけど、目鼻立ちや、もじゃもじゃの髪型や、何より頬と額の見覚えのある傷跡に、モーガンの面影がある。素っ裸の体の足首に、ズボンの切れっ端らしきボロ布が引っ掛かってるけど、そーいやあんなの着てたような……。

 傭兵モーガン……だったかもしれない怪物は、ゴーシェ達よりも、オレとアンバールの方に向かってきた。オレ達は剣で牽制しながら、走って後退する。

 ここじゃ、このバカでっかいのとり合うには狭すぎる。広い場所に出ないと……。

 大通りと交差する十字路、でもまだ狭い。水汲み場のある広場まで退いたところで、アンバールは怪物に向き直った。


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