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1-〔5〕 ダイアモンド・スピリット

 部屋に入って、今聞いた話を整理してみると。どうやらオレの方が耳がいい――のかどうか知らないけど、喧噪の中で会話を聞き取るのが上手いことがわかった。

 父ちゃんが生きてた頃は、メンバーが常時三十人以上はいる、おっきな盗賊団で暮らしてたんだもんね。食事時なんかいっつもすごい騒ぎで、誰かとしゃべりながら後ろで他の奴が話してることも聞いたりとか、慣れてるんだ。

 ふー、一つでもアンバールより得意なことがあって良かったよ。世話になるばっかりで、お荷物だとか思われちゃ嫌だもんな。

 「矢張り今は、魔竜戦争の直前だな。スタールビアがギヤマニアの属国になって、スターサフィアも圧力をかけられている頃だ。シトリン姫とバルトー公子は、それぞれ逃亡生活を送りながら抵抗軍を組織中……。二人が結婚してコランダム大公国を興すまで、あと一年といったところだろう」

 オレ達はトレジャーハンター(宝探し屋)――平たく言って盗掘師、もっとミもフタもなく言っちゃえば墓泥棒だ。昔の城跡や墳墓に眠るお宝をメシの種にしている。

 当然、歴史や古文解読の教養もあるんだけど、それにしてもアンバールは随分よく勉強してるみたいだ。オレには聞き取れても意味のわからなかった言葉とか、時代背景とか、全部解説してくれた。

 「何でこうなっちゃったんだろ?やっぱ、あのお宝に魔法の力が残ってたのかな……」

「その、"例のお宝"のことだが。お前さんは、どこまで知っているんだ?」

アンバールはベッドに腰掛けて、長い脚を組み、前髪を指で梳りながら尋ねた。

 椅子の背もたれに寄り掛かって、斜めになった天井を見上げていたオレは、姿勢を正した。

「"ダイアモンド・スピリット"。七つ集めればどんな願い事も叶うっていう、魔法の宝石……だろ」

「それは、民間伝承レベルの知識だな」

アンバールは鼻先でフンと笑った。あ、また馬鹿にしてる。

 「お前さんはダイアモンド・スピリットを、中から魔神が出て来る"魔法の壺"か何かの仲間だとでも思っているのか?」

「違うのかよ?」

「違うな。"どんな願いも叶う"というのは、言葉の綾だ。そうだな……例えば、"一国の王になればどんな望みも思いのままだ"というのと同じほどの。王になれば、莫大な富や武力権力でもって、庶民には到底手の届かない様々なことを実現できる。だが王といえども、死人を生き返らせたり、太陽を西から昇らせたり出来るわけじゃない」

「それじゃ、ダイアモンド・スピリットの正体は?」

「"魔力の増幅器"……とでもいおうか。土木工事の現場で、滑車やコロを使って重い荷を運んでいるのを見たことがあるか?あんなものだと思えばいい。人間の魔力の限界を超えた、とてつもなく強力な魔法を操れるようになるんだそうだ」

 アンバールの説明によると、七つのダイアモンド・スピリットのうち六つは、この世界を司る二神四皇――太陽神、月神と、水火風土の精霊皇――の力に対応しているらしい。どれか一つ持つだけでも、並の魔法使いの数十倍の強さになれる。六つ集めて、それぞれの力を自在に引き出せる"鍵"のダイアモンドを使えば、更にその数百倍、数千倍もの絶大な力になるとか。

 「時を飛び越える魔法も、理論だけは研究されていながら、人間の魔力では不可能と言われていたはずだ」

「あの時、何かのきっかけでお宝の魔力が引き出されたってわけか……」

「恐らく、こいつだ」

 アンバールは金のペンダントを振った。

「この真ん中に付いているのも、ダイアモンド・スピリットのかけらだそうだ」

「ひょえーっ、そうなの?」

「知らなかったか。まあ、無理もない。俺も、こいつを譲り受けた時には何も聞かされなかった。長いことかかって、自分で調べ上げたんだからな。……それと、お前さんは一つ間違えてるぞ」

「何だよ」

「ダイアモンド・スピリット自体に魔力はない。荷車が、誰も押さないのにひとりでに荷物を運んだりはせんようにな」

「……というと?」

 アンバールは自分とオレを指差した。

「多分、魔法を使ったのは俺達自身だ」

「えっ!?だってオレ、呪文も何も知らないよ」

「俺もだ。だが俺達は、バルトー大公とシトリン妃の子孫だ。稀代の魔法使いだったという二人の素質を受け継いでいたんだろうな」

 オレは腕組みして、唸った。

「うーん、すると、元の時代に戻るには……」

「こいつは推測だが……、同じ状況を再現する必要があるだろうな。

 まずはダイアモンド・スピリットを手に入れること。そして俺達二人が、今度は偶然ではなく、確実に魔法を使えるようになること」

「お宝の方は、またこのペンダントを使って探し出せるだろうけど……、魔法って、どうすりゃいいんだよ?」

「さあな……、差し当たって、本でも調べてみるか。魔法時代のシャンデリア市には国内最大規模の公立図書館があって、誰でも自由に閲覧できたはずだ」

「何日ぐらいかかるんだろ。路銀、足りるかなあ……」

 二人が持っていた古銭を合わせると、一ヶ月位はそこそこ困らないだろうと思われた。

 オレ達の時代のカラート銀貨、金貨も、潰して地金にすれば使えるだろうけど。古代よりも銀や金の含有率が低いんで、かなり価値が目減りしちまって勿体ない。

 "仕事"をするにも、三百年前ともなれば大分勝手が違う。遺跡の情報とか、一から調べ直さなくちゃならないし……。

 「足りなくなったら、そうだな、俺達も魔獣退治に挑戦してみるか?その腰に差してるのは飾りじゃないんだろう、チビスケ」

と、アンバールはオレの短剣を見て言った。

 「何なら、今ここで腕前を見せてやろうか?こういう狭い場所だったら、お前のデカブツより分がいいぐらいかもな」

「そいつはおっかないな、遠慮しておこう」

アンバールは軽く笑って受け流した。

 オレは短剣の鞘に掛けていた手を離し、ふんと胸を張った。

「弓だって名人級なんだぜ。そりゃ、強い弓は引けないけどさ、的はバッチリ外さないんだから」

「ああ、そうだろうとも。見事なものだった」

 ハッと、ついオレの目と声が険しくなった。

「……見てたのかよ」

 親父が公開処刑された時のことだ。

 貴族や大商人を何十回って襲撃してきた"凶悪犯"だから、ただの縛り首じゃ済まない。少しずつ皮を剝がれたり、手足の指を一本ずつねじ切られたり、じわじわと時間をかけてなぶり殺しにされる予定だったんだ。

 オレは親父が長く苦しまないように、処刑場の広場の外から、一撃で親父の心臓を射抜いた。仲間に、一番強い自動弓の弦を巻き上げ機でギッチリ引き絞ってもらって、それから狙いを定めて引き金を引いたんだ……。

 「俺だって、いつ何時しょっぴかれるともわからん身の上なんだぞ。冷やかしじゃない。

 ボンクラ貴族どもをキリキリ舞いさせた、あっぱれな義賊の面構えを拝んでみたかったのさ。……お前さんは、母親似なんだな」

「悪かったな、不肖の息子で」

「多分お前さんが思ってるよりは、俺はお前さんを買ってるつもりだぞ、チビスケ」

アンバールはくしゃくしゃと、俺の金髪頭を撫でた。

 「だったらチビって言うなよな」

ぶーたれるオレを無視して、アンバールは伸びを一つすると、さっさと上着とブーツを脱いだ。

「さて、もう寝るか。明日は、街の門が開いたらすぐ図書館に行ってみよう」

 あのー、そのことなんですけど。

「何でベッドが一つなんだ?」

「文句は宿のオヤジに言え。俺は二人分頼んだぞ。こういう安宿にはよくあることだ。混んでる時は、見知らぬ同士三人ぐらい一つのベッドに詰め込まれることもある。その分、元々料金は安いようだが……」

アンバールは、胸に掛けていたペンダントをズボンのポケットに押し込み、さっさと上着を脱いでベッドに横になる。

「明日からは、もう少しまともな宿に泊まった方がいいな。勝手に他の客と相部屋にされたりすると、打ち合わせに差し障る」

 「オレ、床で寝るわ」

オレは荷袋を枕に、マントを体に巻き付けて、ごろりと床のマットの上に寝転がった。

 「何を警戒しているんだ。俺は女しか抱かんぞ」

「……。女の人なら抱いたことあるんだ……。どのくらい?」

「数なんか気にしてるうちはガキだ」

うっわー、遊び慣れてそう……。

 アンバールはひょいとオレを抱え上げて、ベッドに下ろした。

「何すんだよ!?」

「床は冷える。風邪を引くぞ。俺の足を引っ張りたいのでなければ、しっかり休んで疲れを取っておけ」

「……」

ううーん……ここまで言われて意地を張ってちゃ、信用してないみたいで感じ悪いよな。しょーがないか……。

 オレはショートブーツを脱ぎ、腰のベルトと髪の結い紐を解いて、布団に潜り込んだ。

「服も脱いだ方が楽だろう」

「嫌だよ、野郎同士で素肌をくっつけて寝るなんて、気色悪ィ」

 あー、矢っ張りこいつ、体がでかいなあ。狭っ苦しー。

 「お前さん、こんなに伸ばしていて邪魔くさくないのか」

背中合わせになったアンバールは、くすぐったそうにオレの髪を払った。母ちゃん譲りの蜂蜜色の髪は、脇の下ぐらいまでの長さがあって、いつもは首の後ろで一本にまとめてるんだ。

「伸ばしっぱなしの方が手間がかかんないよ。しょっちゅう切らなくて済むもんさ。きっちり縛れば、短いのがワサワサまとわりつくより、かえってシャキッとするし」

「そんなものか?」

アンバールはちょっと身をよじったけど、十も数えないうちにぐっすりと寝息を立て始めた。早っ!

 ……あふー。オレもたちまち眠くなってきた。

 誰かと一緒のお布団で寝るのなんて、何年ぶりだっけ?

 アンバールの背中がぬくい……。酒が入って血の巡りが良くなってるんだな。何だか……父ちゃんを思い出す、なあ……。


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