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1-〔2〕 "月の涙"草

 ぜーっ、はーっ、ぜーっ、はーっ。

 「どうやら、追ってこないようだ」

森を反対側まで突き抜けた所で、アンバールはやっと足を止めた。

 「あ、あのなー……っ。オレとお前じゃ、歩幅が違う、んだから……」

オレは息を切らせてへたり込んだ。

 草地に、さっきアンバールがつまんでいた白い花がたくさん咲いている。上品な香りがふんわりと、ほのかに闇に漂う。

 アンバールがオレの横に膝をつき、今度は白い花を束にしてむしり取った。

「チビスケ、この花が何だかわかるか」

「さあ?知らないな。見たことないよ」

「俺も"見た"ことはない。が、この香りには覚えがある。……"月の涙"草だ」

「ツキノナミダ……?」

 弓なりにしなった細長い茎の先に、雫型につぼんだ白い小さな花が付いている。束にして横から見ると、三日月お月さんが涙を流してるみたいだ、ってわけか。

 「魔力の濃い土地でよく育つそうだ。魔法時代にはそこら中に生える雑草だったが、今はごく限られた場所だけで栽培できる希少種だ。それを何千個も絞ってようやく一瓶採れる香水は、よほど上流階級の貴婦人でなければ使えない贅沢品なんだが……」

 ふうん……って、あれ?

「おい、こら。そんなご大層なもんの匂いを、何でお前が知ってるんだよ」

 一瞬、余計なことを口走った、と後悔したように、アンバールは視線をさ迷わせる。が、すぐにフンと鼻先で笑って、気障っぽく前髪をかき上げた。

「さあ、何でだろうな」

 ……、……。深く考えないようにしよう。

 「えーと、じゃあ、この花を集めたら一財産になるのか?」

オレはトレードマークのバンダナを外して広げ、早速その中に花を摘み集めようとした。

 アンバールは溜め息を吐く。

「商魂逞しいな、お前さん。今考えるべきことが、他にあると思わないか?」

「あっ!」

オレはポンと一つ手を打った。

 「そうだよ。ここは一体どこなんだ?さっきの空飛ぶ化け物は何なんだよ?アンバール、お前はわかるか?」

「見当はついている。が、あまりに途方もない……」

よく見たら、アンバールは冷や汗をかいているみたいだ。

 「どうしたんだよ。わかってんなら、勿体ぶらずに言えよな」

アンバールは即答を避け、開けた丘の麓に目をやった。

「あれを見ろ」

 城壁に囲まれた街の灯が見える。

「シャンデリア市……?」

あんなに大きかったっけ。それに――、

「河が……」

「そうだ。北側の城壁の背後を河が流れているだろう」

 アンバールは振り返った。

「そして、こいつだ」

城へ続く森の入り口に、オークの大木が二本立っている。

 「お前さん、来る時どの道を通った?」

「シャンデリアの街から丘を登って……」

「俺もだ。昔の登城ルートの両側にオークの木があった。一本は倒れた老木からの孫生えで、もう一本は根本に大岩を抱き込んでいた」

 アンバールは年取った方の木のうろを覗き込んだ。

「こいつが、老木にあったうろ」

そして、若い方の木の隣にある岩を撫でた。

「こっちは、木の根に飲み込まれていた岩だ」

 言われてみれば、形が似ているような気も……?でも、はっきり覚えてないし。

「つまり?」

「ここは、魔法時代のシャンデリア市だ」

「……、へっ!?」

「恐らく、魔竜戦争の直前、丁度現代から三百年前ぐらいのな。そう考えれば、全ての説明がつく」

 あっ……、そうか……!

 シャンデリア城の外城壁は、魔竜戦争後、世界の魔法の力が失われてから増築された。

 その後百年ぐらい経つと、河の流れが変わってシャンデリア市は生活用水と交通の便が悪くなってしまった。王都は北方のペリドット市に遷都されて、シャンデリア城は廃墟となり、城下町の人口は最盛期の十分の一ぐらいまで減少したんだ。

 飛竜も"月の涙"草も、魔法時代なら当たり前の存在。兵士達の話していた聞き慣れない言葉は古語だった、ってことだ。

 「だけど、どうして……!?一体何が起こったんだよ?お宝の魔力のせいなのか?」

「そこまでは、俺にもわからん。わからんから……、なあ、エメルダ」

アンバールがオレを名前で呼んだ。

 「何だよ。改まって」

「一時休戦にしないか」

「ああ?」

「この状況下では、手を組んだ方が得策だと思わんか。元来た場所に戻れるまで」

 何でお前なんかと。と、いう言葉をぐっと飲み込んで、オレはしぶしぶ手を差し出した。

「……賛成」

「よし、決まった」

アンバールはパシッとオレの手を軽く叩いた。

 「まずは宿を探すぞ。何か腹に入れるのと、情報収集だ」

アンバールはさっさと、街へ下りる道を歩き始めた。

 「えっ、でも、とっくに城門が閉まってるだろ」

街の城門は、日の出もしくは一番鶏の声で開き、日没と同時に閉じる。今も昔も変わらない習慣のはずだ。

 「今が魔法時代なら、シャンデリア市の下町は城壁の外まで拡張している。どこかに、開いている宿もあるだろう」

アンバールは立ち止まらず、振り向きもせずに言った。

 「あっ、待てったら!だから、オレとお前じゃ歩く速さが全然違うって言ってるのに」

オレは早足で追いかけた。アンバールが三歩歩く間にオレは四歩歩くぐらいじゃないと、付いていけない。

 「ほう、ようやく自分がチビだと認める気になったか」

「オレがチビなんじゃない。お前がでかすぎるんだよ」

 くそー、癪に障るなあ。早いとこ帰る方法を見つけて、相棒なんか解消したいよ。

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