表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

2-〔9〕 商都ベニトアイト

 王都シャンデリアを出発して一週間。

 ここは、商都ベニトアイト。ギヤマニア島南部でも屈指の大都市だ。

 あー、今夜は久し振りに宿屋に泊まれるよ!

 何せオレ達は、金髪のコランダム人のガキ(オレ)と、ちょっぴり国籍不祥のにーちゃん(アンバール)と、思いっ切り国籍不祥のにーちゃん――実は人間に変身してる飛竜族ラピスという、かなり怪しい一行だ。小さな村や町じゃ、目立ってしょーがない。

 これまでは、愛想は無いけどアドリブ(嘘八百とも言う)利かすのが上手いアンバールが、最小限人里に下りて食料調達したり道を確かめたりしてくれてた。

 でも、ここから、ラピスの弟が捕まってるらしいタイガーアイ砦までは、もうあと三日ぐらいの道程だ。この辺で、まとまった買い物とか情報収集とかしておきたいところ。

 ベニトアイトには海港があって、スタールビアや自治都市コーラルからの貿易船も沢山発着してる。"外国人"がウロチョロ歩き回っても、珍しがられないんだ。


 さてと。

 街に着いたら、まずお風呂。おっふろっ!

 ……ってのが、一人で"仕事"してた時のオレの行動パターンなんだけど。

 官憲にしょっ引かれる恐れもある今は、必要性の薄い用事は後回し。

 一番最初は、まずそれ。オレ達が指名手配されてないかどうかの確認な。

 神殿とか商人組合会館とか、大きな宿屋とかいった、大勢の人の集まる場所には、お尋ね者のお触れが貼り出されてる。

 筆頭は、矢っ張りバルトー公子とシトリン姫。賞金百万ディアムって、すげーよなー。

 ラピスは、オレがシトリン姫にそっくりだって言う。流石ご先祖様、三百年経っても、血のつながりって侮れない。

 だけど、向こうは十八歳。アンバールと同い年だもんね。五つも年下のオレが間違われることはないだろ。

 幸い、オレ達自身に賞金がかかったりはしてないみたいだ。

 王城の警備兵をしばき倒してトンズラこいたけど、人殺しとかしたわけじゃないし。広く一般に報せるほどじゃないってことか。兵士の駐在所とかには、一報入ってると思っといた方がいいだろうけどな。

 とりあえず、何か騒ぎでも起こさない限り、不審がられることはなさそうだ。

 と、わかったら、お次は買い物!

 ……の前に、資金調達が先。

 名残惜しいけど、驢馬くんともここでお別れ。家畜市場で仲買人さんに引き渡した。きっとすぐ、お百姓さんか商人さんが荷運び用に買うだろう。新しい飼い主がいい人だといいな。達者で暮らせよー。

 ラピスを隠すために使ったテントも売る。道中、折角だから寝泊まりしたけど……木の上で野宿するのに慣れてるオレには、かえって、冷たくて固い地面の上は寝心地悪かった。夜中に何度も目を覚ましちゃったんだよな。

 それから、道々練習のために倒してきた魔獣から採った、牙や角も換金。細工物の材料になるとかで、専門の問屋があるんだ。

 問屋で解体もしてて、丸ごと持ち込んだ方が、毛皮や肉まで余さず買い取ってくれて、儲かるっちゃあ儲かるんだけどね……。

 魔獣の肉を食べるのが魔獣化の大きな原因だって知ってるオレらには、流石に、素知らぬ顔して魔獣の肉を売るなんて出来ない。

 ラピスが教えてくれるまで気付かなかったけど、街中の定食屋とか、露店の弁当屋で格安で売られてるようなのは、ほとんどが魔獣化した鹿や猪とかの肉だって。年中そんなのばっかり食べてたら、数年で体調を崩して病気になったり、魔獣化したりしてしまうって……。

 その点でも、アンバールとオレがこの時代に来てすぐ、神殿のお世話になれたのは、ビギナーズラックだったと言っていい。神殿では基本的に菜食だし、"気"のバランスの取れた敷地内でほとんど自給自足してるから、食の安全が確保されてるんだ。

 ともかくも、まとまったお金を手に入れたオレ達が真っ先に向かったのは――、

 武器屋。

 「んっ……これかな」

オレは手に馴染む半弓を一張り選んだ。

 実は、元の時代のシャンデリア城に"仕事"に入る直前に、使い慣れた弓を壊しちゃってたんだ。買い直そうにも手持ちの金が底をついてたんで、『これはきっと、今回の仕事が大成功して、もう弓なんて要らないカタギの生活が送れるようになるとゆー天啓に違いないっ!』とか無理矢理気持ちを切り換えたけどね。かなり心細かったんだよ。

 え?遠隔攻撃魔法を覚えたから、弓は必要ないんじゃないか、って?

 それがさ。オレの魔法は、強すぎるの!

 ガタイのでかい魔獣をやっつけるのにはいいけど、日々の糧にする野兎とか山鳩とかを狩ろうとすると、木っ端微塵にしちゃったり、周りの貴重な自然を傷付けてしまったりで、使い勝手が悪い。……(まさかり)で栗の皮むこうとするみたいなもんか?

 慣れてくれば、もっと弱ーく力加減も出来るようになるんだろうけど。

 それに、魔法を使う時にも、弓は役立つんだ。

 オレの覚えた技は、雷と風で出来た見えない矢を射るような感じ。なんだけど、実体のある本物の矢を芯にして撃てば、的を定めやすくなるらしい。

 「弓か。弓は、どうも苦手だな」

アンバールがオレの横でぶつくさ言う。

 「へえ?オレなんて……」

と、自慢しようとしたら。

 アンバールは無造作にオレの手から弓を取り、庭先に置いてある試し撃ちの的を射た。

 タンッ!

 矢はど真ん中を射抜く。

 それだけなら、『はい、お見事、パチパチパチ』でお終いだけど。

 "矢継ぎ早"って形容そのまんまに、もう一回。

 ダンッ!!

 二番目の矢は、最初の矢を跳ね飛ばして、深々と同じ一点に突き刺さった。

 ぅおいっ!

 目をまん丸くした、オレと武器屋の親父の横で、アンバールは首を捻る。

「今一つ、威力と連撃速度が物足りない」

 いっ、嫌味な奴っっ!!


 気を取り直して。

 今度こそ、お風呂!おっふろー!

 食糧とか蝋燭とかの消耗品の買い物はアンバールに押し付けて、オレはお風呂屋さんに向かう。……いや勿論、後で交替するよ。

 旅の楽しみといったら、温泉巡りだろう!なんてな、趣味娯楽の話じゃないよ。

 ……いや確かに、半分は趣味娯楽なんだけど。

 お風呂って、水と燃料をたっぷり使うから、場所によってはものすごい贅沢なんだよな。

 でもギヤマニア島には、温泉がいっぱいあるんだ。そういう天然のお湯を利用した浴場の入場料は庶民価格で、大抵、定食一食分より安いぐらい。

 運がいいと、山奥でひょっこり小さな温泉を見つけて、密かに"マイ温泉"にしたりも出来るよ。ただし初めての場所では、水質チェックは念入りに。鉱毒が溶けてたり、突然熱湯が噴き出したりすることもあるからなー。

 と、それはさておき。

 必要がなくたって風呂好きな方だと思うけど、オレの場合は"仕事"柄、頻繁に体や服を洗うようにしてる。

 ここで、突然ですが質問です!

 トレジャーハンターっていったら、どんなのを思い浮かべる?

 カタギさんがパッとイメージするのって、きっと、昔の王墓とか、海賊の隠し財宝を探し出す……みたいなヤツだと思う。

 んー、成る程、一山当てれば世紀の大発見、子々孫々まで大金持ち!だろうけど。

 そういう大掛かりなのって、個人ではなかなかやらないよ。

 ある程度裕福な商人とか王侯貴族とかが、探検隊を組織して、何年も何十年もかけてやっと一カ所見つけられるかどうか、だろ。それまで食いつなげるだけの、資金力がないとね。

 対照的に、"その日の食い扶持を稼ぐ"ために大勢の奴らがやってるのは、探索技能なんてほとんど関係ない、単なる"墓泥棒""火事場泥棒"だ。

 新しく作られたばっかりのお墓から副葬品を掘り出したり、戦争や疫病で放棄された村から、めぼしい残り物を拾い歩いたりするのな。

 オレは、そーゆうのはやりたくない。気分的にも、実利的にも。

 埋めたてホヤホヤの亡骸とご対面したり、災禍の爪跡も生々しい廃村を漁ったりするのって……どうよ?

 トレジャーハンターたるもの迷信を気にしちゃならんっ、とか言ったって、祟られそうな感じ満点だ。っていうかもう、悪鬼魍魎の仲間入りしたみたいで、すげー気が滅入る。

 感傷を抜きにしても、新しい場所をターゲットにするのって、生きてる人の家に盗みに入るのとあんまり変わらない。遺族や元住民にバレて捕まるリスクが大だ。

 病気に感染する恐れもある。

 麻疹(はしか)やペストは、大流行してごっそり人を殺すこともある怖い病気だけど、一度治ったら二度と罹らない。だから、自分は絶対罹らないって確信があれば、疫病で全滅した村とか、病人の墓とかでも平気で掘り返せるんだけど――、

 なーんて思ってると未知の病気でバッタリ、ってなこともあり得るからなー。

 じゃあ、オレやアンバールがやってるのは何か、って?

 矢っ張り、廃村や廃寺狙いではある。

 ただし、ここでキーポイントになってくるのが、魔法時代の終焉だ。

 オレ達の時代から三百年前――"現時点"から遠くない未来――を境に、価値の大転換が起こってるんだ。

 例えば、陶磁器やガラス製品は、魔法時代の物の方が質がいい。

 アンバールがいつか言ってた"月の涙"草みたいに、魔法時代が終わった途端に稀少になった動植物だってある。

 魔獣化した動物の牙や角、骨、甲羅とかは、ほとんどは大味で耐久性が低めだけど、中には、金属みたいに硬いのや、宝石みたいに綺麗なのもある。

 ……ってことで、三百年以前なら庶民が普通に使ってた"ありきたりの"食器やアクセサリーでも、今となっては高い骨董的価値が付いてたりするわけ。

 これってオイシイよ。

 探し当てるのに、情報収集・分析能力とか、観察力、推理力とか、高度なスキルが必要になるけど、苦労に見合うだけのメリットはある。

 第一に、三百年以上も前のものとなると、番人がいたり被害者に訴えられたりする心配がほとんど無し。

 墓荒らしって、実はただの窃盗よりも刑罰が重いんだけど――多分、死体損壊・遺棄罪とか加わるからだよな――検挙しなくちゃならない犯罪者が巷に溢れてる昨今、被害届の出てない事件をわざわざ追及する奴なんていないよ。

 たまーにどっかの検問で引っ掛かっても、"収穫物"の一つ二つ渡せばパスだ。

 ……ってか、アウトローのオレの言うことじゃないけど、公務員の給料がインフレに追い付いてないのって、国的にマズイだろ。賄賂はびこり放題!

 それはともかく、第二に、"埋蔵量"が王侯貴族の墓なんかより遙かに大きい。

 ざっくりと"仕事"の手順について説明すると――、

 始めに、古地図や昔の帳簿、言い伝えとかから、廃寺や廃村の場所に見当を付けて、痕跡を探す。あるいは、最近放棄された村でも、古い時代のお墓や井戸や、ゴミ捨て場が残ってないか調べる。

 狙い目は、まずは矢っ張りお墓。富裕層みたいに金銀宝石や武器防具ってことはないけど、庶民でも大抵は、故人が生前愛用してた物を副葬品にしてる。

 井戸や泉の底に落とし物が沈んでることも、結構ある。

 "ゴミ"だって馬鹿にできない。割れたガラスの瓶とか、ひびの入った角製のコップとか、牙から削り出したナイフの折れたのとか……。素材として充分、再利用可能。

 神殿や、領主の家には、いざって時のための財産が隠してあったりもする。そんなに大金じゃなくても、民家の床下とか壁の隙間とかにも、ヘソクリが貯めてあったり。

 計画的に村を棄てた場合には、そういうのは当然持ち出されてるけど、突然疫病で全滅した場合なんかは、誰にも気付かれずに残ってる時もあるね。

 廃墟の中でじっと座ったり、歩き回ったりしながら、そこに人が住んでた時のことを考えるんだ。自分だったら、どこで何をするかな?大事な物をどこに隠すかな?って。

 すると――、人工的な目印っぽいものとか、周りと様子の違う石材とか、地面のくぼみとか出っ張りとか、見えてくるんだ。

 こつこつ貯めたらしい壺いっぱいの銅貨が、ただの錆の塊になってたりする一方で、子供が一生懸命集めた貝殻のコレクションみたいなのが、今では本当の"宝物"になってるのって、複雑な気分……。

 "収穫"を終えたら、お墓にはお花をお供えして埋め戻す。

 今日び――っていうか、古来、こんなことする奴は珍しい。大抵の墓荒らしは、掘ったら掘りっぱなし、ほったらかしだ。

 だけどオレは、大盗賊ジュラルミンの息子だもんね。お亡くなりになった人が相手でも、"盗みはすれども非道はせず"は守ってるよ。

 最後に、手を合わせて、元の持ち主の皆様のご冥福をお祈りします。

 これ、大事なとこ。

 やむを得ず皆さんから財産を分けて貰ったのは、決して決して、楽して遊んで暮らすためじゃないからね!まっとうな暮らしに戻るための、貴重な資金にさせて頂きますよー……ってさ。

 本当だよ。オレいっつも、早くこんな稼業からは足洗いたいなーって思ってる。

 で!ここから、足はともかく、体を洗う話につながるわけよ。

 "収穫"したお宝を持って、街に行く。

 親父の盗賊団にいた頃の経験で、盗品専門の闇市の立つ場所とか、時とかも知ってるよ。いわゆる"盗賊宿"の在処も……。

 でも、近くにそういう場所が無い時は、普通の骨董屋とかに持ち込むことになるよね?宿屋とか酒場とかで、フレンドリーに周りの人達と会話したりもしなくちゃならないよね?

 田舎から仕事探しに来ました!とか、遠くの親戚を訪ねに行く途中です!みたいな爽やかな顔してさ。

 そーゆう時に、だよ。"仕事"から上がってそのまんまだと、臭いで薄気味悪く思われることがあるんだ。

 どうしても、泥とか砂埃とか、草の汁とか付いちゃうもんね。

 土の匂い――っていっても、お百姓さんみたいな、健康的な日向の匂いとは違う。かび臭い、陰気ーな臭いだ。

 お天気とか時間帯によっては――例えば嵐の夜なんか、幽霊とか妖怪変化じゃないかと思われて、追い返されたこともあるぐらい。

 それだからさ、人前に出る前に、まず体も服もしっかり洗って身綺麗にしてるの。

 この時代に来てからは"宝探し"はしてないけど……でも、別の面で"正体"がバレないように、油断は禁物。

 いい匂いの香油(アロマオイル)を練り込んだ石鹸なんか使ってるのも、贅沢してるわけじゃないんだよ。必要経費なんだよ。


 お風呂から上がったら、大変なことになってた。

 待ち合わせ場所の広場に行くと、何だか騒がしい。

 オレはまず、アンバールとラピスを探して――矢っ張り、アンバールは背が高いから目立つなあ――合流した。

 「どうしたの?」

「魔獣化した動物が、こちらにやってくるらしいのですが……」

ラピスの答えは歯切れが悪い。

 魔法感知力が人間よりずっと鋭いラピスだけど、大勢の人や動物達でごった返してる雑踏の中じゃ、気配を見分けるのが難しいらしい。

 広場につながる大通りの一本に、みんなの視線が集中してる。逃げようとする人と、野次馬に行こうとする人が、押し合いへし合いしていた。

 ブアァアーッ!

 魔獣っぽい雄叫びと、人の悲鳴が、だんだん近付いてくる。

 広場の入り口辺りにいた人達が、わあっと口々に叫んで後退った。とうとう、魔獣が広場に入ってきたんだ。

 アンバールには、他の人達の頭越しに様子が見えたんだろう。ハッと表情が険しくなった。……いや、元から無愛想な顔してるけど、更にね。

 オレは背伸びしたり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりして、ようやく――、

 見えた。

 「嘘……だろ……?」

 見えた途端、ぞわっと寒気がして、オレは無意識のうちにラピスの腕を強く掴んでいた。

「どうにかなんないの……!?」

 ラピスは哀しそうに首を横に振る。

「どうにもなりませんよ」

 ごめん。聞くまでもないことなのに。

 何とか出来るものだったら、ラピスは自分の両親と戦う必要なんてなかった。

 "一度、魔獣化したモノは、二度と元に戻すことは出来ない"

 わかってたけど、でも、聞かずにはおれなかったんだ。

 だって……だって……、

 魔獣になったのは、オレ達と旅をしてきた驢馬くんだったんだよ。

 見間違いじゃない。

 オレんち、元は牧畜農家だったから。同じ種類の動物が何百頭いようが、ちょっとした模様とか顔付き体付きの特徴で、ちゃんと見分けられる。

 ブファッ、ブファッ!

 ほんの半日前までは大人しい驢馬くんだったモノは、輓馬を二回りも大きくしたぐらいの魔獣だ。手当たり次第に、周りの人や馬を蹴飛ばしたり、ワニみたいな牙の並んだ、耳まで裂けた口で噛み付いたりしてる。

 広場を巡回していた警備兵さん二人が、魔獣を止めようとした。

 でも、一人は蹴倒されて動けなくなり、もう一人は応援を呼びに広場を走り出ていった。

 ああ……、もう回復したと思ってたのに!念のために、売る時『ちょっと体が弱ってるから、自然な生の草と野菜をあげて』って言っといたのに……。

 "気"の淀んだ大都市の中にいるだけで、"気"のバランスの乱れが悪化したんだろうか。

 魔獣化の仕組みを知らない人に、どう説明すれば良かったんだろう?『何でそんなこと知ってるんだ』って怪しまれて、ラピスが飛竜族だってバレちゃったら、弟くんを助け出すどころか、オレ達まで捕まっちまうかもしれないし……。

 ……なんて、今更あれこれ考えたって後の祭りだ。

 今までオレは、魔獣に襲われた人達やラピスの話を聞いたり、魔獣に荒らされた森や畑をこの目で見たりしても、まだどこか他人事のような気でいたんだと思う。

 正直言って、魔法を覚えたオレは、魔法時代を終わらせるのは惜しいなあって思ってた。

 例えば、治癒魔法でほとんど瞬間的に止血出来るってだけで、どれだけの人間が命の危機から救われるか。

 親父の盗賊団でも、傷自体は急所を外してるのに、出血が多すぎて死んだり、後から傷口が腐って腕や足を切り落とすしかなくなったりした仲間が何人もいた。裏方でそいつらの看病をしてたオレは、いっつも、すげー悔しい思いをしてたんだ。

 それに、いつでもどこでも近くの水脈や雲から水を引き寄せられる、ラピスの魔法。

 オレが五歳の年はひどい干魃で、やっとまとまった雨が降った時には、畑も牧草地も半分以上枯れちゃってた。

 あの時、こんな魔法が使えたら……。せめてもう一週間早く水が手に入ってたら、餌不足で沢山の羊や牛を潰す必要なんかなかったのに。ひいては、弟も母ちゃんも死なずに済んだし、父ちゃんとオレが盗賊になることもなかったんじゃないか……なんて、つい考えた。

 魔獣は怖いけど、でも、現代だって狼や熊とかの猛獣との戦いは続いてるし。『魔獣が発生したって、片っ端から退治して被害を食い止めればいい』っていうこの時代のギヤマニア王国の方針に、オレは賛成したくなってた。

 だけど、魔獣はただの"害獣"とは根本的に違うんだ。

 家族や友達や、手塩にかけて育てた動物だったものが、ある日突然、心の通わない化け物に変わってしまう。そして、被害者であるだけじゃなく、加害者になって他の人も巻き込んでしまう。

 その理不尽さは、飢えや病気で亡くすのとは比べ物にならない。

 ほんの一週間だけの付き合いで、名前も付けなかった驢馬くんが魔獣になってさえ、こんなにショックを受けるんだもの。


 「アンバールさん」

ラピスが呼び掛ける声で、オレはハッと我に返った。

 「ああ」

アンバールは、さっき買ったばかりの弓のカバーを外した。

 ラピスの魔法は、人間のものとは形式が大きく違うから、街中で使うわけにはいかないんだ。でも……。

 「待って」

オレはアンバールを止めた。

「オレがやるよ」

「……出来るのか?」

「やる!」

 ベニトアイトは海港都市だけあって、水皇信仰が盛んらしい。広場の噴水の中央には、海獣と海の精霊達の群像彫刻が立ってる。

 オレは、彫刻の天辺によじ登った。

 ここからだと、広場を埋め尽くす人達の陰にならずに、"元"驢馬くんを見下ろせる。

 無差別に暴れ回る"元"驢馬くん。幸い、見た限り死人は出てないみたいだけど。

 魔獣化した動物も苦しいんだ。飢餓感や体の痛みや、理由もない攻撃衝動に振り回されるらしい。

 大丈夫。これ以上苦しませずに、一瞬で終わらせるから。

 アンバールは馬鹿力だけど、弓での攻撃力は弓の性能に制限されてしまう。一撃必殺とはいかないだろう。でも、オレの魔法なら……。

 オレは左腕を真っ直ぐ前に伸ばし、すいと右手を引いた。

 その時。

 ドキンッ……。

 急に、広場の喧騒がすうっと遠ざかって、自分の鼓動の音だけがやけにハッキリと耳に響いた。

 ドキ、ドキ、ドキ……。

 ああ、そうか。この状況、いつかを彷彿とさせるんだ。

 でも大丈夫。プレッシャーは、かえって心を落ち着かせてくれた。

 出来る。"あの時"だって、出来たんだから!

 「天の雷、渦巻く風よ、矢となりて万物を貫け!」

 パリパリパリッ……。

 両手の間に、目映い金色の光の矢が現れた。

 「"雷皇旋"ッ!!」

 ドォオンッ!

 本物の落雷みたいな音がした。

 この魔法は、一直線に飛ぶ雷と、その周りを高速で回転する風との複合技だ。風の方は、意識することで広範囲に拡散させることも、螺旋状に集中させることも出来る。

 今は、錐のように鋭く、雷と同じ一点に絞り込んだから――、

 "元"驢馬くんは体を強張らせ、ドサッと横倒しに倒れた。

 即死……だな。

 血は流れなかった。雷と風の矢は、首から心臓、腹まで貫通したけど、傷口をすっかり電流で焼き切っていたから。

 "元"驢馬くんがピクリとも動かないのを確認して、オレは彫像の上から飛び降りた。

 っとと……。

 着地失敗して、オレは足を滑らせ、噴水の水盤に背中から落ち……かけたけど、アンバールがひょいと両脇の下で掴まえて地面に下ろしてくれた。

 「あ、ありがと」

 オレ、バランス感覚はいいんだぜ。普段なら、こんなとこでコケたりしない。

 矢っ張り、動揺してる……。

 「お前さんは()りたくないだろうと思ったんだがな」

 心配ごもっとも。

 魔法は精神状態に敏感に左右される。ためらいがあれば、的を逸れたり風の刃が拡散したりして、周りの人達に怪我させてたかもしれないんだよな。

 オレの心理的負担とか、街の皆さんの安全を慮ったっていうよりは、被害を出して警備隊に捕まる危険を避けるために、アンバールは自分で片を付けようとしたんだろうけど。

 オレは、すんと鼻をすすりあげた。

「父ちゃんが、『生き物を飼う時は最後まで責任持て』って言ってたから」

大盗賊になる前の、羊飼いだった頃の父ちゃんが。

 「売った時点で、俺達の責任を離れていると思うが……」

アンバールは、ぽんぽん、とオレの頭を撫でた。

 その横から、

「坊主、大したもんだな」

コーラル人っぽい商人のおっちゃんが、コランダム語で話し掛けてきた。

 「あ、オレ、ギヤマニア育ちだから」

と、オレはギヤマニア語――コランダム訛りのある現代ギヤマニア語訛りのある、ギヤマニア古語!――で答えた。

 でも、会話らしい会話をする前に、別の人間がオレを見て叫んだ。

 「あっ!この驢馬を売りに来た坊主じゃねえか!」

家畜仲買人さんだ。

 「そういや、病み上がりだとか何とか、妙なことを言ってたな……」

「何?魔獣になることがわかってて他人に売ったのか?」

と、言ったのは、驢馬くんを買い取ったらしい行商人さん。

 「違いねえ!一番安い干し草しかやらなくて良かったぜ。言われた通りに栄養の付くものなんぞ食わせてやったら、もっと手の付けられねえ化け物になってただろうさ!」

 おい。

 あんた、ヒトの注意を無視したんかいっ!『体調を崩してる奴なんか高く買えないなあ』みたいなこと言って値切ったくせに、そりゃないだろ~っ。

 安い干し草は、枯れた魔草とかで水増しされてることがあるんだよっ!そんなん食わせるから、魔獣になっちゃったんじゃないかーーっっ!!

 「コランダムの妖術使い……?」

「スタールビアのテロリストか……?」

 あらら。ざわざわと、勝手な呟きが瞬く間に広まってく。

 なーんか、ヤバげな雰囲気。

 皆さん、怖い目に遭って混乱してますね?

 「ちょーっと待ったあ!わざと騒ぎを起こすつもりだったら、自分で始末するはずないだろ!?」

オレは、至極まっとうに抗議の声をあげたんだけど。

 丁度その時、十人ぐらいの警備兵さん達が広場に到着した。

 と、どっかのおっちゃんが、びしっ!とオレを指差して叫んだ。

「そこのコランダム人のガキが、街に魔獣を持ち込んだんだ!捕まえてくれ!」

 "善良な市民"の通報を受け、条件反射で、一糸乱れず隊伍を組んでこっちに向かってくる兵隊さん達。

 「いいぃいっ!?」

こっ、これは聞く耳なっしんぐだね!?

 「こっちだ!」

アンバールが走り出した後に続いて、ラピスとオレも逃げを打つ。

 魔獣を一撃で倒したオレを怖がって、おばちゃん連中やお年寄り、子供とかは大体、わっと後退って道を空けた。

 でも、金一封目当ての傭兵だけでなく、勇敢なご町内のおっちゃん・おにーちゃん達も、そこら辺の天秤棒やらホウキやらを手に、オレ達を捕まえようと立ちふさがる。

 おお。この街の皆さんは防犯意識が高いなあ。

 そうそう、一部の専門家任せにせずに、一人一人が自分達の街は自分達で守るんだという心構えを持ってだな……、

 ……とかって感心する場面じゃないっっ!

 皆さーん!冷静に行動して下さーーい!!

 本当は、大人の二人の方がずっと背が高くて、足も速い。でも、アンバールとラピスが左右に人垣をかき分けてくれるおかげで、オレはほとんど走ることだけに専念出来たから、ほぼ三人かたまって、細い路地に駆け込んだ。

 アンバールは追っ手を振り切るために、何度も角を曲がって――、

 駄目だ!両側を挟まれた!

 隠れるのを諦めて、オレ達は真っ直ぐ走る。こうなったら、街の城壁までの最短距離を一気に駆け抜けるしかない。

 判断としては、それが妥当だろーよ。

 でも……、の、登り坂が、キッツイんですけど~っ。

 アンバールとラピスの後ろ姿が、遠ざかる。反対に、追っかけてくる街の人達、兵隊さん達の声と足音は、だんだん近付いてくる。

 まずい!オレだけ、追い付かれそう……。

 ちらっと振り返ったアンバールが、舌打ちして、脇に飛び退いた。

 「真っ直ぐ走れ!」

オレに言うと、道端に駐めてあった、ジャガイモを山積みにした荷車に手を掛けた。

 脇目もふらずアンバールの横を駆け抜けたオレには、後のことは見えなかったけど――、

 ザララララッ。

 ガシャーン!

 「うおっ?」

「おおっと!」

 アンバールはジャガイモをぶちまけた上に、荷車を横倒しにして道をふさいだみたいだ。

 ジャガイモ雪崩れと荷車で、追っ手が二重に足止めされてる隙に、先に行ったラピスが一っ飛びに城壁の上に跳び移った。

 うわ!三階建てぐらいの高さはあるのに。例の、跳躍力をサポートする風の魔法を使ったんだな。

 ラピスはオレの方に手を差し伸べた。

「地面を蹴って!」

 言われた通り、えいやっと地面を踏み切ると――、

 ぐんっ!

 あり得ない高さに、体が跳ね上がった。オレにも魔法を掛けてくれたんだ。

 「おわわっ!?」

空中で変な姿勢になって、ジタバタもがくオレを、ラピスが城壁の上に引っ張り上げる。

 少し遅れて、アンバールも同じ要領で城壁に跳び上がった。

 ……。もしもし?初めての技のはずなのに、何でそっちは当たり前みたいな顔して、スマートに着地出来るわけ?

 オレ、バランス感覚には自信あるんだぜ?……あったのにぃ……。

 城壁の上の見張り塔に詰めてた番兵さん達も、異状に気付いてこっちにやってくる。

 ラピスはすぐに城壁の外に飛び降り、今度はオレ達が下りるのを手伝った。

 城外に出たオレ達は、全力ダッシュで森に逃げ込む。

 ああ……、また、このパターンかよ~……。


またまた、思ったより長くなったので二回に分けます。

近日中に次話投稿予定……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ