2-〔8〕 特訓!
「天の雷、渦巻く風よ、岩をも砕く槍となれ……」
オレはゆっくりと呪文を唱え、前方にかざした右手に意識を集中させた。
「"雷皇旋"!」
溜めた魔力を一気に解き放つ。
右腕の周りに生まれた風の渦は……、あららー?進むにつれ拡散して、※十間(※約十八メートル)ぐらい離れた的に当たる頃には、ふんわりしたそよ風になって消えた。
「あーっ、また失敗かぁ……」
オレはへたへたとしゃがみ込んで、息を整えた。春先だってのに、汗が吹き出してくる。
「いいえ。そもそも、始めて三日で少しでも風が作れるだけで、大したものですよ」
ラピスがニコッと笑いかけてきた。
この、人間に変身した飛竜族のにーちゃんに出会ってから四日目。
アンバールとオレは、魔獣退治したり、時々こうして風通しの良い原っぱでオレの魔法の練習のために立ち止まったりしながら、南街道を南下中。
驢馬くんもまだ一緒だ。体内の"気"のバランスが整うまで養生させた方がいいだろうってことで、今も近くの木陰で、土と水の"気"をたっぷり吸った野草をもしゃもしゃ食べてる。
「疲れてきたでしょう。休みましょうか」
「あ、ちょっと待った」
オレは手を挙げると、ピッと人差し指一本だけ立てた。
「もう一回!あと一回だけ!もう、あとほんのちょこーっとでコツがつかめそうな気がするんだ」
魔法って、最初の一回が出来るようになるまでが大変らしい。逆立ちとか、竹馬の乗り方を覚えるのと似たようなもんかな。一度感覚をつかんでしまえば、あとは練習するにつれてスピードや威力が増していくものみたいだけど……。
一から二は量の変化だけど、ゼロから一は質の変化だ。
センスや運が良ければ、数日とか数週間で、この"最初の一段"を越えられる。でも要領が悪いと、何ヶ月も何年もかかっちゃうこともあるんだって。
治癒魔法の時は、無我夢中のうちに一回目を成功させてたから、覚えるのは楽だった。
だけど攻撃魔法は……、苦戦中。
「……ふうぅ」
深呼吸を一つして、オレはうーんと伸びをしながら立ち上がった。
経験的に、疲労が限度に近いなーってのはわかる。
疲労の種類は違っても、武術とか、錠前外しの練習をする時も、そう。
これ以上は多分、ダラダラ時間をかけても、成功率が落ちるばっかりだ。
でも……、これも経験的にわかるんだけど。さっきから、同じ所でぐるぐる迷ってるんじゃなくて、ほんの少ーしずつだけど正解に近付いてる感じがする。こういう、"あともう一息"って時は、練習を中断しない方がいいんだ。ここで休むと、積み上げてきた感覚を忘れて、また一からやり直しになっちゃう。
「……」
横でじーっとオレの様子を観察していたアンバールが、ラピスに声を掛けた。
「呪文や補助動作は、使い易いようにアレンジしていいんだったな?」
「はい、そうですよ。何か良い工夫がありそうですか?」
一応、大多数の人に使い勝手のいい定型ってのはある。神殿とか魔法学校とか、軍隊の練兵所で教科書に採用されてるようなやつ。
でも、要は魔力の作用の仕方、作用する場所とか強さとかをはっきりイメージする助けになるなら、どんなのでもいいんだって。
例えば、熟練した魔道士なら飛竜族みたいに、呪文無しで、イメージするだけで魔法を発動させたり出来るらしい。
補助動作だって人それぞれ。杖を振ったり、指で印を組んだり。中には、歌ったり踊ったりする奴もいるとか。……何じゃそりゃ?
「チビスケ。お前さん、弓が得意なんだろう。矢を射るつもりでやってみたらどうだ?」
オレは、ポンと手を打った。
「あ!それ、いいかも」
そうそう、それだよ!さっきから、"力を溜めて、狙って、撃つ"っていうこの手順、何かに似てるなーって思ってたんだ。弓矢で的を射るのと一緒じゃないか!
……よーし。いけそうな気がしてきたぞ!
オレは左手を前に伸ばして半身に構え、弓の弦を引き絞るつもりで、すいと右手を後ろに引いた。
うん。今までよりずっと強く、左手に魔力が集中するのがわかる。
呪文も変えないといけないな。
「天の雷、渦巻く風よ、矢となりて万物を貫け!」
心に浮かんだ言葉を唱え、見えない矢を放つように、右手を開く。
「"雷皇旋"ッ!」
シュンッ!!
わお!"見えない"はずが、細い稲妻みたいな光の矢が、風をまとい付かせて一直線に飛んでくのが見えた。
パリパリパリッ。
的に当たる寸前で、光の矢は枝分かれして拡散してしまった。でも、的に使っていたラピスの上着は、吹き流しみたいに、今までになく大きくはためいた。
「うーん、惜しいっ!もう一押しなんだけどなぁ……」
オレが首を捻ると、アンバールは一人でふむふむと頷いて、的に近付いた。
"的"は、十字に組んだ木の枝に、案山子よろしくラピスの上着を羽織らせた物だ。
アンバールはラピスの上着を外し、縛り合わせた木の枝の交差点をトンと手の甲で叩く。
「よし、もう一回。これで最後だ。ここのど真ん中を狙って撃て。それで、今度こそ上手くいく」
んん?ヒトのことなのに、やけに自信たっぷりに言い切ってくれるなあ。なーんか腑に落ちないんですけど……、兎に角、やってみるか。
オレは額の汗を拭うと、緑のバンダナをキュッと締め直し、もう一度呪文を唱えて……、
「"雷皇旋"!!」
シュォンッ!!
撃った瞬間、さっきよりずっと手応えが良いのがわかった。
輝く光の矢が、もっと速く、もっと力強く、空気を切り裂いて飛ぶ。
パシーンッ。
小気味良い音を立てて、縦棒が折れた。命中点がほんの少しだけ結び目より上にずれたのは、本物の矢と違って、重力で落ちることがないからだろう。その程度は、これから微修正していけばいい。
「やったあ!大成功ーっ!!」
オレはぴょんぴょん飛び跳ねてラピスの所に行き、パンと手と手を打ち合わせた。
「やった、やったー!」
「やりましたねー。エメルダさん、筋が良いですよ」
オレはアンバールにも両手を挙げて近寄ったけど、アンバールは腕組みして、なにげに拒否。
「何だよ、ノリが悪いな。もっと、仲間の成長を共に喜び寿ぐ気にならないか?」
「愛想なぞ期待しないと言ったのは誰だ」
しょーがなく、オレはアンバールの両肩を勝手にポンと叩いた。
「っと……。それで、今のはどーゆうカラクリだよ?何で、棒だけにしたら上手くいったんだ?」
「ああ……、魔法は意識の集中が肝心だと聞いたからな。的が大きいと、狙いが絞り切れんのじゃないかと思ってな」
ふむ、成る程。
上着をかけてあったのは、少しでも風が動いてどこかに当たれば、目に見えてわかりやすいだろう……ってことだったんだよな。ラピスの上着はどうせ、木の皮とか草の葉っぱを魔法で変化させただけのものだから、破けてもいくらでも替えは利くんだけど。
"少しでも"ってのが逆に、"少ししか"動かない原因になってたってことか。
「それに……、」
アンバールはしばし言いさして、ちらりとラピスの顔を見た。
「お前さん、人を殺したことがないだろう」
「……、あるよ」
「"その一回"は除いて、だ」
「…………ない」
「そうだろうと思った」
アンバールは前髪を掻き上げ、指で梳る。
「"人"をイメージさせる的だと、無意識のうちに避けようとする。心の動きが、如実に魔法の効果に表れるんだ」
「……!!」
有頂天になっていた気分が、急にぺしゃんとしぼんだ。
ラピスが謝る。
「すみません。配慮が足りませんでした。同族に害意を向けられないのは、当然です」
オレは口を尖らせた。
「……悪かったな」
「"悪く"はあるまい」
アンバールが苦笑する。
「どの道、俺達はこの時代で人を殺すのは避けるべきだ。三百年ともなると、どこでどう血がつながっているかわからん。先祖はバルトー公子とシトリン姫だけじゃないんだ」
大きな手をオレの頭に載っけて、わしゃわしゃと金髪を掻き回す。
「まずは"物"で練習を積んで、コントロールを正確にすることだな。殺さずとも、手や足を狙って戦闘不能に出来れば、充分役に立つ。要は使い方次第だ」
……。アンバールのこの手は、人を殺してきてるんだよな。
それも多分、いっぱい。
だけど、"怖い"感じはしないなぁ。
オレは裏稼業で生きてきたから、人を"善悪"では判断出来ない。
良いか悪いかって言い出したら、アンバールもオレも"悪い人間"に決まってる。無法者なんだもん。
カタギさんにとって善悪は、相手を信用出来るかどうかの大事な基準になるだろう。
善良な人間同士なら、素のまんまの"好き嫌い"による関係にプラスの補正が加わる。見ず知らずの他人とか、『ちょっと気に入らないな』とかいう奴相手でも、露骨に冷たくしたりしないで、礼儀を守って親切にしようとする。
でも、オレ達みたいな"悪党"には、この補正はマイナスに働く。善良な人間は、善良であるが故に、悪党にはかえって情け容赦なかったりするんだよね……。
かといって、単純に価値観が反転して、悪党同士なら仲良くするかっていうと、そうでもない。仲間意識が成立する場合もあるけど、どっちかっていや、騙したり喧嘩したりが、善人同士よりもはるかに平然と起きる。
ま、総合的に言って、オレ達"悪党"には、信用出来る味方が少ない。
だから……んー、なんてゆーか、嗅覚が発達するんだよ。
目の前の人間が協力的か敵対的か――どこまで近付いていいもんなんだか、個別に見極めなくちゃならない。
例えば、親父の盗賊団の連中とかはさ。嘘ついて人を騙したり、殺したり盗んだりもするけど、仲間内では陽気で気のいいヤツらだった。
そりゃ、ウチんとこは"義賊"で、女子供とかお年寄りには手出ししないって縛りがあったから。それが守れるのは、そんなに極悪なヤツじゃないわな。
ウチの隠れ家によく出入りしてた、呑兵衛の隠者様なんかも。蔵の葡萄酒を盗み飲みするのがやめられなくて、とうとう神殿を追放されたとかいう不良神官だけどさ。
"お天道様は照らす人間を分け隔てしない"とか言って、星曜日になるとお祈りしに来てくれて――その後で振る舞われる上等の葡萄酒が目当てだった気もするけど――オレは結構、そんな隠者様に救われてた気がするな。
あの呑兵衛の隠者様に出会わなかったら、オレ、神様も神官も全然信じなかったと思う。
母ちゃんが生きてた頃のオレんちは、神殿領にあった。領主があんな奴じゃなかったら、父ちゃんは盗賊になんてならなくて、オレだって、今でも牛さん羊さん達に囲まれてカタギの暮らしをしてたかもしれない。
あんな奴ばっかりが神官だと思ってたら……、あー、ちくしょう。思い出したくもない。
……。えっと、何だっけ。そうそう。
そーゆう、盗賊団の仲間とか呑兵衛の隠者様みたいに、"悪い"んだけど安心出来る人間もいる。だけど、その逆もあるよ。
んー……、例えばさ。
"石打ちの刑"ってのがある。街の城門とか橋のたもととか、人通りの多い所に罪人を吊したり柱にくくりつけたりして、通る人に一つずつ石を投げさせて打ち殺すんだよ。
ある時オレは、どうしてもその日のうちに街に入る用事があって、"石打ち"の現場を通りがかっちまった。
立て札によると、神殿の祭壇から銀の燭台を盗もうとした不届き者だっていうんだけど……。
そいつは、オレよりも一つ二つ年下ぐらいの子供だった。ガリガリに痩せてて、見るからに路上暮らしのみなしごだってわかる。しかも、離れた所でしくしく泣きながら見守ってる、もっと小さい子供達がいて、そいつらの兄貴分なんだなって見当がついた。
空腹に耐えかねて――それも、自分一人じゃなくて、仲間のために盗みに入ったんだってぐらい、誰だってわかりそうなもんだろ。
神殿って、こういう子供達を保護して、養い親を探したりとか、まっとうな仕事に就けるように勉強を教えてやったりとかするのが仕事じゃなかったっけ?せめて、パンの一切れも分けてやろうとか思わなかったの?
痛そうだなって感じで、申し訳なさそうに石を投げてく奴もいる。
でも、ふてえ野郎だとか人のクズだとか罵って、憎々しげに、思い切り石を投げてく奴もいる。
それは、きっと家族やご近所さんや、仕事のお客さんには優しいんだろうなってオッチャンだったり。お勉強もしっかりしてお行儀もいい"よく出来たお坊ちゃん"なんだろうってにーちゃんだったりするんだけど……。
オレには、見ててすっごく怖かった。
石を渡されたオレが固まってると、後ろから、機械で撃ち出したのかって勢いでビュンッと大きな石が一つ飛んできて、"罪人"の眉間をかち割ってとどめを刺した。
振り返ったら、人混みの中に、アンバールの後ろ姿がちらっと見えた。
いや、マントのフードをすっぽり被ってたから、顔は全然見てないんだけど。あの背の高さと大剣、それにあの腕前は、矢っ張りアンバールだったよな?
そう……、『殺さない』のと『殺せない』のは大違いだ。
あの場合、なまじ手心を加えたって、苦しみを長引かせるだけだし。
人を殺せないなんて、無法者としちゃ致命的な落ちこぼれだよ。
でも、アンバールはオレのこと責めないんだ?
すっげー意外だなあ……。
「そういうわけだ、ラピス。こいつは、実戦でも人相手に攻撃魔法は使えないものと思っておいた方がいい。魔獣や、物が的の時は役に立つだろうが」
「わかりました。勿論ですよ。無理のない範囲で協力していただけるだけで、充分助かります」
あれれ?そういや。
ラピスは、一刻も早く弟くんの所に行きたいんじゃないのかな?こんな風に、オレに魔法を教えたり、魔獣退治したりしながら、のんびり旅をしていていいのか?
……と、尋ねてみたら。
「お話していませんでしたか?弟は今、角の生え替わりの時期なんです。まだ一ヶ月以上は猶予があるはずですよ」
新しい角が伸びるまでは、魔力の調節が上手く出来なくて、体調も不安定になる。その間は、軍用竜に改造されることもないだろうって話だ。
タイガーアイ砦までは、ゆっくり歩いても、もう一週間や十日ぐらいの道程だ。急ぐ必要はないから、それよりも、戦力増強しておこうってわけだね。
「僕自身、色々と練習している所です。こんなに長い間、人の姿でいるのは初めてですからね」
今までは、人族のお偉いさんとの会議に臨む時とか、魔道士に技術指導したりする時に、話し合いやすいように変身するぐらいだったそうだ。
「この体で出来ることを、しっかり把握しておかないと……。王都では、焦って無理をしすぎてしまいました。今度は、慎重に準備してから行きます」
「アレは危なかったよなー。オレ達に会わなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「そうそう簡単に捕まりはしなかったと思いますが……」
一か八か、残り少ない魔力でも変身出来る小鳥か犬猫にでもなって追っ手を撒き、神殿に逃げ込むつもりだったらしい。
人間以外のものに変身すると、魔法が使えなくなってしまう。猛禽類とか野良犬とか、人間に獲って食われる恐れもあった。それに、変身し直せば余計に消耗するから、途中で力尽きて街中で飛竜に戻ってしまい、大騒ぎになったかもしれない。
"聖域法"っていって、神殿の敷地内は、俗世の権力武力には不可侵ってことになってる。飛竜の姿に戻っても、何とか神殿に辿り着きさえすれば、神官達は敬意を払って匿ってくれただろうけど――、『ここにいる』ってことがギヤマニア軍にバレれば、厳重に監視されて、事実上軟禁状態になってしまったろう。ラピス自身が捕まることはなくても、弟を助けに行くのは難しくなっていたはずだ。
「エメルダさんから強い魔力を感じたので、まさか、本物の神官ではないとは思いませんでした。予想外にご迷惑をお掛けすることになってしまいましたね」
『助けて』っていうのは、『神殿まで連れて行ってほしい』って意味だったんだね。
本物の神官だったら、亡命者とかを匿ったって、世俗の法で罰せられる心配は無い。
でも、オレ達自身が王城の兵士達にしょっぴかれてもおかしくない事情を抱えていたから、一緒に王都を出ることになっちゃった。
「別に。迷惑だとか思ってないよ。結果的に、オレ達の方も目的に近付けたみたいだし。それよか……、」
一つ、不思議に思ってたんだ。
「ラピス。どうせ変身するんだったら、人相変えちゃったら?」
道中、何回か変身し直してるんだけど。その度に、ホクロの位置とか爪の形とか、細かい所までそっくり同じなんだ。この姿で、きっと指名手配されてるだろうに。
「それが……、変えられないんです」
何に変身しても、元々の性質は反映されるものらしい。性別とか、若いか年取ってるかとか、体が大きいか小さいかとか。
ただ、他の生き物に変身した時は、隅々までしっかりイメージしたつもりでも、毎回どこかしら微妙に違うのが普通だそうだ。
「そう……何故か、人に変身する時だけは、寸分違わず同じ姿になりますね……」
ラピスは何か考え込んでる様子だったけど、やがて、思い詰めた感じで尋ねてきた。
「あの……。何を聞いても、未来を変えようとするつもりはありませんから、教えて下さい。魔法が失われた世界で、飛竜族はどうなったのですか?」
「ああ……、飛竜族は……」
人間になったんだ。
魔法は使えなくなっても、人になった元飛竜――竜人族には、豊富な知恵と知識があった。各国の王侯貴族の政治顧問になったり、神殿や学問所の先生になったりしたらしい。
まあ、みんながみんな社交的というか、ヒト族に友好的だったわけじゃなく。山中でひっそりと隠遁生活を送って、一生を終えた人も多かったようだ。
初代の竜人族は、飛竜だった頃からのまま、三百年の寿命も保った。その後は世代を重ねるにつれ、ヒト族との混血が進んだりして、寿命が短くなってきている。
とはいえ、オレ達の生まれた三百年後の時代でも、百歳以上の長老はざらにいるし、純血の竜人族なら百五十歳ぐらいまでは生きる。
今でも、飛竜だったことがある初代の、最後の生き残りだっていう大長老のじーちゃんが、ユークレイス山脈の山奥に住んでるそうだ。
「確か……ラズリとかいったっけなー」
「……!!」
ラピスは、すっごく驚いた顔をした。
「まだ、弟の名前を言っていませんでしたか」
「あー、そういえば……」
名前を知らなくても、気にしてなかったな。
カタギさんなら、初対面の挨拶にまず名乗るのが礼儀だろう。
でも、オレ達みたいな裏稼業の人間の場合は逆。名前はとっても重要な情報であるだけに、不用意に教えたり尋ねたりしないものだ。
オレとアンバールが、初めて会った時に名乗り合っちまったことの方が、無法者同士としちゃ椿事といっていいだろう。
……うん?そう考えると、アンバールがオレを名前で呼ばないのは"常識的"な対応で、チビって呼び方に過剰反応するオレの方がガキなのか?でもでも、ラピスのことは普通に名前で呼んでるくせに……。
……っと。考えが脇に逸れた。
「ラズリというんです」
「え!それじゃあ……」
「間違いないでしょう。ラズリは僕達の里で最年少です。……多分、飛竜族全体の中でも」
飛竜族は個体数が少ない上に、生まれ育つ過程で大量の魔力を必要とするため、そもそも子供が生まれにくいそうだ。
それでも、毎年十頭や二十頭は新たに赤ちゃんが誕生していたんだけど。五十年ぐらい前から急激に出生数が減って、ラズリの後には十七年間、もう一頭も子供が生まれていないんだって。
魔法の使いすぎによる、世界規模での"気"の乱れに、飛竜族は敏感に影響を受けていたんだ。
「ギヤマニアの飛竜狩りが始まる前から、僕達はゆっくりと衰亡の道を辿り始めていました。この状況にどう対処するか、里では意見が三つに分かれていて……」
要するに、魔法技術の使用を誰が管理するか?って話だ。
一番多数派なのは、魔法を濫用しているギヤマニア王国を、他の主要四ヶ国と飛竜族で制裁しようというもの。
いやいや、他のヒト族の国々だって自主規制や相互監視に任せておくのは手ぬるい、飛竜族が一元管理するべきだ……というのが第二の意見。
そして……、
「実は……ダイアモンド・スピリットを全て集めて、一切の魔法を封じるべきだというのは、長の姫のガーネット様と僕で考えた案なのです」
飛竜族だって、人間達を正しく指導出来るほど、本当に"賢い"のか?
悪足掻きしたって、滅びの時をほんの少し先延ばしにする程度じゃないのか。それよりは、ヒト族や他の生き物達まで共倒れになる前に、誰にも管理しきれない力は一斉に放棄してしまえ、ってわけだ。
「まだまだ、賛同してくれる仲間はごく少数ですけれど。
一番過激に見えますからね……。でも、一番確実で公平な方法だと思います。いいえ、比較してどうこうというより、もはや他に選択肢は無いでしょう。
こうして里の外を出歩いて、現状を見て回ると、その思いを強くします」
今オレ達のいる草原だって、あちこちに、巨大な虫喰い穴みたいな裸地が出来ている。魔草が周りの養分を吸い尽くしたり、魔獣化した虫や草食動物が食い荒らしたりした跡だ。
魔獣の害に限らず、無計画な焼き畑とか木材の伐採でも起きることだけど。一遍、動植物がごっそり死に絶えて荒れ地になってしまった土地は、もう元の状態には戻らない。肥えた表土が雨風に流されてしまうと、元と同じ種類でないまでも草木が生えることすら、難しくなる。フリント沙漠の二の舞だ。
「人や動物が全く住めなくなるのは、まだ五十年や百年先かもしれません。ですが、元の状態に回復出来る限界を超えるまでは、もう十年二十年というところでしょう。
差し迫った問題なのに、飛竜の里でも冷静な議論がなされているとは言えません。後継争いが絡んで、それぞれ派閥に分かれて依怙地になっているんです」
「後継争いって……、姫様は一人っ子なんだろ?」
とオレが尋ねたら、アンバールが口を挟んだ。
「誰が婿になるかという話だろう」
「ええ……そうです」
何だかそわそわするラピス。おや?
「もしかして、ラピスも候補の一人?」
「はい、まあ……一応」
一応、って……。押しが弱いな、このにーちゃんは。
ふむふむ、そーでしたか。支持率は低いけど、個人的には姫様と気が合ってるんだね。
そいつは前途多難、波瀾万丈だ。頑張れよー。
「僕には、無益に争う気はありませんよ。魔法技術の管理の問題とは別に、姫様と里のみんなにとって一番良いように、誰に決まっても協力を惜しまないつもりでいます。
でも……最終的に、僕達の案が通ったということですか……」
浮かない顔のラピス。喜んでもよさそうなものだけど?
「それで?変身する時に人相が変えられないことと、飛竜族の未来と、どういう関係があるんだよ?」
「ああ、ええ……これはまだ、仮説に過ぎないのですが。もし僕の推測が正しければ……、里のみんなを説得出来る可能性が高くなりそうなんです……」
「どーゆうこと?」
「……。もっと、はっきりしたことがわかったら、あなた方にもお話しします」
あれれ。勿体付けるねえ。
「すみません。事が事だけに……。この考えが当たっていれば、七つ目のダイアモンド・スピリットの行方もおおよそわかります。もしかすると僕達飛竜族は、ギヤマニア王国以上の脅威と見なされて、あなた方とも敵味方に分かれてしまうかもしれません」
「……??」
そんな、ますます気になることを……。
「すみません。安心して下さい……と言うのもずるいかもしれませんが、少なくとも僕は、あなた方やバルトー公子の味方のつもりですよ」
もう一度謝ると、ラピスはこの話題を打ち切った。
「ところで、アンバールさん。手合わせしていただけませんか?人相手の戦闘にも慣れておきたいのです」
「ああ。俺も、魔法が使える奴相手に練習しておきたいと思っていたところだ」
と、アンバールは背負っていた大剣を抜いた。
オレは木陰に座って、一休み。
ふー、水筒の水が冷たくて美味しい!水の魔法も使えるラピスのおかげで、ほとんど何処にいても、きれいな地下水が手に入るんだよね。便利、便利。
「遠慮無くどうぞ」
「そっちこそ、手加減は無用だ」
言うなり、まずアンバールが仕掛けた。
ブンッ!
大剣の横薙ぎを、ラピスは身軽に後ろに跳んでかわす。
あれっ!?今、ほんのちょっとの動きで随分大きく跳んだような気が……?
アンバールは追い掛けて、お次は大剣を真上から振り下ろす。ラピスは、手刀で剣の腹を払おうとする。
ええっ?そりゃ無茶だろ!……と思ったら、手が触れるか触れないうちに、剣の軌道がぐんっと大きく逸れた。
あ、わかった!!風の魔法で、手足の動作を補強してるんだ!
今度はラピスが前に出る。右手の二本指でスッと空を切ると……、
シュッ!
三日月状の風の刃が飛んだ。アンバールの肩先をかすめて、背後の草むらを刈り払う。
うっひゃー!至近距離で、しかも初めて見る技なのに、アンバールの奴よくかわしたな。
アンバールとラピスは、間合いを取り直し、ニッと笑い合った。
"手加減無用"といっても、一応お互いに小手調べしてみたわけか。
そこから、本格的な攻防が始まった。
ひょえー……!ラピスってば、ひょろっと細っこいから、格闘が得意そうには見えなかったけど。どうしてどうして、接近戦でも強いじゃないか!
アンバールもアンバールだ。ラピスがいろんな種類の魔法を矢継ぎ早に使ってくるのに、ことごとく、かわすか、先制攻撃をかけて出鼻を挫いている。
ううーん。折角、オレも使える技を覚えたと思ったのに。こいつらはその遙か上を行く、反則級なレベルの高さだ。
仲間が強いのは頼もしいことなんだけど……。何だろ、この取り残され感。
くっそー、オレだって大人になれば……、
……。大人になっても、ここまで逞しくはなれないんだよな、この体じゃ。
どーしょうもないのは、わかってる。でも、こんな風にまざまざと力の差を見せつけられちゃうと、やっぱ悔しいなあ……。
ま、出来る範囲で何とかするしかないんだけどね。
慰めを求めて、ついつい驢馬くんの首をナデナデしてしまうオレ。
あ、嫌がられた。お食事の邪魔してゴメンねー。
せいぜい今後の参考にと、二人の仕合を見学していると――。
……あれ?ほらほら、まただよ。
アンバールの奴、思いっ切り剣をぶん回してるうちに、だんだん楽しそうな顔になってくる。普段が不機嫌そうで表情に乏しいだけに、薄気味悪いったら。
人殺しが出来ないオレのこと馬鹿にしないから、こいつも厭戦的なのかと思いきや。矛盾してねえ?
よくわかんない奴!