2-〔7〕 廃村に棲むモノ達
ヒュヒュ、ヒュンッ。
ラピスは、さっきの風の矢を十本同時に打った。多分、全部の指から一本ずつ。
ひょえー……!全弾命中、しかも一撃必殺だ。いくら相手が雑魚とはいえ、ラピスって相当強いんじゃないだろうか。
シーン……。
しばらくはただ、サワサワと魔草が揺らめく音だけがしていたけど――、
パサパサパサ……。
来た来た、来たっ!
まずは、オレが両腕を広げたぐらいの大きさもある、蝶の魔獣が三匹。
あれ?でも、こいつらって肉食だっけ?と、思っていたら――。
死んだ魔獣達の傷口から、ちゅーちゅーと血や内臓を吸い始めた。
うげ!ま・そうか。魔草は無秩序に葉っぱを生い茂らせるだけで、こいつらに蜜を提供するような巨大な花を咲かせたりはしないんだろう。
……って、この非常時に。またしても、何をダジャレてるんだオレはっ?
いやいや、リラックスして平常心を保つためにはだな……、
ブンッ!!
あ。オレがアホなこと考えてる間に、アンバールがまとめて一薙ぎにした。
飛び散る鱗粉をちょっと吸い込むと、咳き込んで後退る。
「元の生き物には無い毒やトゲを持っているものもいます!気を付けて下さい!」
「覚えておく!」
アンバールが剣を振るうところを見るのは、これで三度目だ。元の時代にいた時に一度と、二度目はこの時代に来た最初の日に。
二度だけでも充分、鬼みたいに強いのはわかってるけど。まだまだ、氷山の一角だろう。お手並み拝見させてもらうぜー。
グエェエコ。
お次は、小岩みたいなヒキガエル。
動きがトロくて、アンバールが振り下ろす剣を避ける暇も無く――、あらら?皮膚がぬめぬめして、かなり弾力があるらしく、刃が滑った。
アンバールは素早く剣を引いて、シュッと伸びてきた長い舌を避けると――、
ダンッッ!!
踏み込んで、開いた口の中に突きをくれてやった。ほい、二丁上がり。
カサ、カササ……。
牧羊犬ぐらいの大きさの、蟻の群れも集まってきた。
蟻って小さくても、噛まれると痛いんだよね。顎の力が強くて、自分よりずっと大きな獲物も引きずって運んでいっちゃうし、蟻酸を持ってるヤツもいる。
このサイズになると、結構な難敵かも……。
……って思ったけど、噛み付かれる前に全部斬り伏せてりゃ問題なし。右に左にぺちぷち叩き潰し、足許に寄ってきたヤツは蹴りで頭を吹っ飛ばしたりもしてる。
おー、軽い軽い。この調子なら、百匹来たって余裕だろ。
と、見てる間に――。
キイキイッ。
うげげ!豚サイズのネズミ!こいつは機敏だ。
「ッ!!」
今日初めて、アンバールの剣が空振りし、逆に化けネズミの前歯が腕をかすめた。
アンバールは、ヒュッと鋭く息を吸い込む。
「タアッ!」
シュバッ!!
気合い一声、振り抜いた剣は、ものの見事に化けネズミを二枚に下ろした。
あーらら、『面白くなってきた』みたいな顔しちゃって……。
ま、このところ図書館に籠もりっきりで、あんまり体動かしてなかったから、くさくさしてたんだろうけどさ。
あっぶねーなー、もー。トレジャーハンターってのはもっと、非戦平和主義の人間がやるもんだぜ?
……っとと、呑気に見物してる場合じゃない。こっちにもドデカ蟻が来たっ!
カキンッ。
「ほえ!?」
硬い!短剣が弾かれた!
「うわわっ」
オレは慌てて腕をぶん回して、取り付いてきたドデカ蟻を地面に叩き付けた。
「関節を狙え!」
アンバールが叫ぶ。
成る程、デカくなっても弱点は変わらないか。
「ええいっ!」
うへっ、それでも結構、力いるよ~。二回、三回と同じ所に斬りかかって、やっと胸と腹の節目を切り離した。
傍目には楽勝に見えたけど、矢っ張りアンバールがアホみたいに強いんだなー。
カサコソ、カサコソ……。
うげげげっ!今度は、盾かと思うぐらいにでっかいゴキブリだ!!
とりあえず、ピコピコと揺れてる触覚を斬り落とす。と、
バッ!!
いきなり、羽根を広げて飛んできたっ!
「ぎゃーっ!?」
すんでの所でかわしたオレの頭上を、
ビュンッ。
何か、もっと大きな影が風を切って通り過ぎた。
あれは……、百舌鳥!?
巨大ゴキブリをくわえたヤツの他に、もう一羽!あのサイズじゃ、驢馬くんやオレだって速贄にされちまいそーだよ。猛烈にヤバイッッ!!
と、驢馬くんを背に庇ったオレの前に、更にラピスが立った。
両手の人差し指で、くるりと空中に輪を描くと――、
シュルンッ。
淡く光る風の輪が、まるで大っきなネズミ花火を空に投げ上げたみたいに――って、良い子はそんなことしたことないだろうし、しちゃいけないんだけど――放物線を描いて飛んでった。
さっきのが"風の矢"なら、こっちは"風の戦輪"ってとこか。
ヂヂッ。
百舌鳥達はヒラリと身を翻してかわしたけど、風の輪の軌道がぐんっと曲がって追いかける。自動追尾型?それとも、二つ同時に操ってるのだとしたら、かなりの高等テクニックだと思うぞ。
ギャッ!
風の輪は、まず翼を切り裂き、百舌鳥達がバランスを崩したところで、喉や首の後ろをかき切って止めを刺した。
ドサッと落ちてきた巨大百舌鳥達の体を跳び越え、ラピスは村の囲いの中に向かって走り出した。
「まだ"生きている"魔法陣の在り処が見えました!壊してきます!」
おー、いってらっしゃい。魔力の源を断てば、これ以上ザコ魔獣が発生するのを止められるんだろうし、今いる魔獣達の力も削げる……のかな?多分。
それにしても、後から後からわらわらと……。本来の数十倍から百倍サイズの蟻やテントウ虫、ダンゴ虫なんかを、九割方はアンバールが、一割ぐらいはオレが、片っ端から潰してゆく。
こういう比較的無害なヤツらでさえ、倒すのに手間を取られるんだ。もしもスズメバチとか熊とか、最初っから危険な生き物が魔獣化したら……。
と、思ってると。
ガルルルル……。
悪い予感、的中。魔獣化した野犬だ。ただ図体が牛ほどにデカくなってるだけじゃなくて、毛皮がハリネズミみたいにトゲトゲしてる。
流石に、アンバールの表情から余裕が消えた。
ウォンッ!
飛びかかってきた魔犬の鼻面に、アンバールはさっき倒した蝶の死骸を剣で引っ掛けて跳ね上げ、叩き付けた。
フシュウッ、クシュンッ。
魔犬はぶるっと首を振り、くしゃみをした。毒の鱗粉を吸い込んだんだ。どんな効果があるのか知らないけど、少しは有利になってくれれば……。
「オォッ!」
パキキキ、パキンッ。
アンバールの大剣が当たると、まるで櫛を爪で弾いたような音がして、針金みたいに硬い毛が折れて飛び散った。血は流れない。毛皮の下の皮膚までは、刃が届かなかったんだ。
魔犬は鋭い牙と爪で攻撃してくるだけじゃなくて、割合的に普通の犬よりずっと長い尻尾を連結棍棒みたいにぶん回す。あれでぶっ叩かれたら、かなり痛そうだ。
大丈夫かな?ラピスが戻って来るまで頑張ってくれよ、アンバール!オレなんかじゃ、どう考えたって太刀打ち出来そうにないもん!
と、固唾を飲んで見守るオレの上に、不吉な影が覆い被さる。
シューシューという不気味な音は、もしかして……?
恐る恐る、振り返ると……。
……あああああ。"蛇に睨まれたカエル"って、まさにこんな気持ちだろう。
大蛇がチロチロと舌を出して、オレを見下ろしていた。
絶対ムリッッ!!逃げるが勝ちっっっ!!!
――って、思ったんだけど。
後退ったら、お尻がトンと驢馬くんにぶつかった。荷物持ちの驢馬くんは、怯えきって、逃げることも出来ずに立ちすくんでいる。
……。オレの戦闘力は、誰かを守れるような代物じゃない。一撃離脱のために一瞬相手をひるませるとか、メシにする兎や野鳥を狩る程度のものだ。
だけど……。
あー、もー!やるっきゃねーなーっ!かかってきやがれっっ!!(やけくそ)
シューッ。シューッ。
大蛇は鎌首を上下させながら、だんだんオレに顔を近付けてくる。
何とか……あの舌か、鼻先を切りつけてやれば……。
と、狙ってるうちに。
バクンッ!
「っ!!」
大蛇はオレの短剣に噛み付き、首を大きく振った!
やばいっっ!!
地面に頭から叩き付けられないようにするためには、自分から手を離して転がり、受け身を取るしかなかった。
シャーッッ!
大蛇は口をいっぱいに開け、オレを飲み込もうとする!
「っ……」
うぐぐぐっ……。上顎に両手を、下顎に右足をかけて踏ん張り、どうにか堪えた。
大蛇はオレの背中を地面に押し付け、顔や腕をぺちゃぺちゃ舐め回す。
く、くしゅぐったい……。べとべとして、生臭くて、気持ち悪い……。
わ……、かえって、痛いのより力が抜けてく……。
……、……、もう駄目だっ!!
観念したその時、
「チビスケッ!?」
アンバールがこっちの様子に気付いて、叫んだ。直後に、
ギャウッッ!!
魔犬が絶叫し、ドサッと倒れる音がした。
大蛇はオレから口を離し、駆け寄ってくるアンバールに噛み付こうと……するより早く、
ザンッ!
アンバールの大剣が一閃して、一太刀で大蛇の頭を切り落とした。
お見事っ!やっぱ、半端じゃねぇ腕前だな!
……っと、感心してる場合じゃないっ。
オレは急いで短剣を拾い、油断無くぐるりを見回した。
……おお?今まで風もないのにわさわさ揺れてた魔草が、成長を止め、立ち枯れてゆく。
「アンバールさん!エメルダさん!ご無事ですか?」
ラピスが、水の鞭みたいなので残り僅かな巨大昆虫を退治しながら、走って戻って来た。
「……、はあぁ~……」
ホッと気が緩んで、一息吐いたオレの頭の上から――、
「この馬鹿が」
ひぇいっ!!
アンバールの、冷たーい怒った声が浴びせかけられた。
氷のように冷静なのが、さっきの魔犬の吠える声よりよっぽど怖いんですけど~……。
「お前さんは、驢馬を庇うためになんぞ命を捨てる気だったのか?」
むっ!
「何だよ……、驢馬のお守りをしてろって言ったの、お前じゃないか!こいつを化け物の餌にして逃げた方が良かったってのか?」
「逃げなかったのが悪いとは言っていない!」
ラピスがオレ達の横に来て、それぞれの肩に手を置いた。
「アンバールさん、そんな言い方をしなくてもいいでしょう。それに、エメルダさんも」
じっとオレの目を見て、ラピスは微笑んだ。
「逃げるわけにはいかない。でも、とても自分の手には負えない。そんな時、捨て身で戦うより他に、出来ることがありませんか」
「……?えー……っと……」
何だろう……。
考え込んで、ううーんと眉間に皺を寄せたオレに、ラピスは優しい目をして言った。
「"助けを呼ぶこと"ですよ」
「……、あ」
オレは、ぽかんと間抜けに口を開けてしまった。
「僕もアンバールさんも手が離せないだろうと思ったんですか?」
いや……、遠慮なんかじゃなくて。
ここんとこずっと一人暮らしで、何でも自分でやるしかなかったから。そーゆう手もあるんだって発想自体が、マジですっぽ抜けてたよ。
そんな事情を察したんだろうか。オレを見るラピスの目が、もっと優しくなった。
「いつでも声を掛けて下さい。どうしても手が回らない時は、矢張り自力で何とかしていただくしかありませんが……。
離れた場所からでも使える術も、色々あるんですよ。大概はフォロー出来ると思います」
オレはラピスに飛び付いた。
「うわーっっ!にーちゃーん!!」
「え?どうしたんですか、急に?」
くー、人情が身に染みました!って、ラピスは"人"じゃないからこそ、こうやって気軽に抱き付いたり出来るんだけど。
いや、さ。このぐらい大げさに感激を表現しとかないとだな。うっかり涙ぐんだりしちゃったら、オレ、ホントに弱虫みたいに見えるだろうし。
「いやあ、ラピスって、すげー良い兄ちゃんなんだろうなって思って」
「そうですか?普通にしているだけですが……。それなら、アンバールさんもでしょう」
ラピスは、アンバールにも微笑みかけた。
「あ?」
「アンバールさんが言いたかったのも、そういうことですよね」
「……」
「責任を感じてらっしゃるんでしょう。ご自分の言い出したことだから」
「…………」
おや?その、ものすごーく不愉快そうな顔は……、図星なわけ?
『余計な解説するな』とでも言いたげに、不機嫌そうに目を逸らして、アンバールはくしゃくしゃと前髪を掻いた。
「向こうの手の内を観察するために、止めを刺さずにいただけだ。今後の参考にしようと思ってな。お前さんの方が危ないとわかっていれば、時間は掛けなかった」
「え!あれでもまだ、遊んでたってのか!?」
「遊んでなぞいない。"真剣に練習していた"んだ」
はー……!負け惜しみじゃないな、こりゃ。べらぼーな奴め!
ラピスがくすくすと笑う。
「もっと、核心をわかり易く伝えてあげればいいのに……。アンバールさんは一人っ子ですか?」
「……。少なくとも、弟が二人いるのは知っている。生まれてこの方、一度も顔を合わせたことは無いが」
「……はあ……、そうなんですね……」
こっ、こいつの家庭の事情には立ち入っちゃいけなさそうだ。
「ところで、ラピス。村の中に、井戸なんてなかった?」
「ありましたが、もう涸れていますよ。魔草がすっかり水分を吸い上げてしまったんですね」
そっか、残念。
「水が欲しいですか?」
「うん。顔、洗っときたいなーと思って」
大蛇のヨダレがべとべと付いてるんだもん。本当はお風呂に入って、服も全部洗濯したいぐらいだけど、贅沢は言ってられない。
「大丈夫です。深い所の地下水は、今も流れていますよ」
と言って、ラピスが地面に手をかざすと、噴水みたいにしゅるしゅると水が噴き上がって、空中に大きな球を作った。
うっわー、便利!魔法って楽チンだね。
でも、こんなことしてると、また魔物が発生したりは……。
「個人で飲用や沐浴に使う程度でしたら、心配いりません」
それじゃ、有難く!
オレが水をすくい取ってパシャパシャ顔を洗ってると、アンバールも横に来て腕まくりし、化けネズミの前歯で切られた傷口を洗った。
その腕を、ずいとオレの目の前に突き出す。
……。いや、意味はわかるけど。
「アンバール、お前さ。何だよ、その当たり前みたいな態度は。『治癒魔法かけて下さいお願いします』とか何とか言えよな」
「それを言うなら、お前さんもだろう。命の危機を救われておきながら、事前に『頼む』とか事後に『有難う』とか言ったか?」
うっ!そーいや、忘れてた。
「……、助かったよ、有難う。ついでに、服の破れたとこ繕ってやるよ」
「ああ、頼む」
相変わらず、木で鼻をくくったように無愛想に言うアンバール。
でも怪我を魔法で治した後、さっさかと手早く、しかも縫い目の揃ったオレの針仕事を見ると、感心した声を上げた。
「器用なものだな」
「まーなっ、器用にもなるさ。毎日毎日、三十人分ぐらいの炊事洗濯とか怪我人の手当てとか、次々とこなしてりゃあね」
「……。つまり、戦力外でいつも裏方の雑用ばかりやっていた、と」
ぐっ!
「仕っ方ないだろっ!親父が健在だった頃はオレ、ホントにガキだったんだし!」
うぐぐー、痛い所をー……。
だけど、この強すぎるあんちゃん二人と一緒に旅をするには、今のオレじゃ確かに戦力外だ。ここは一つ――、
① アンバールに剣を教えてもらう。
② ラピスに魔法を教えてもらう。
③ いやいや、トレジャーハンターに攻撃力は必要ない。あくまでも逃げに徹する!
「ラピス!お願いがあるんだけど。人間でも使える魔法知ってたら、教えてくれる?」
ラピスの方が先生として優しそうだから――とかいう理由じゃないぜ。
三百年後の時代に戻った時のことを考えると、剣術の腕を上げといた方が使える。それに、剣は剣で修行しなくちゃいけないだろうけど。一朝一夕に上達するもんじゃないよな。
魔法の方が、"伸びしろ"があると思うんだ。
「ごく初歩の魔法だけでしたら、喜んで」
え?どういうこと?と、思ったら。
魔法の基礎中の基礎――周りの"気"の状態を感じ取ったり、それを操るために精神集中したりする方法は、種族が違っても共通。だけど飛竜族と人間とじゃ、体のつくりも魔力の大きさも全然違うから、呪文とか補助動作とかの細かいことは人間の魔道士に訊かないとわからないだろう、って。
うん、差し当たってはそれで充分だよ。
「よろしくお願いします、"師匠"!」
よーし、張り切っていこー!
繕い物を終えたオレは、元気よく立ち上がった。
けど、荷物持ちの驢馬くんは、まだ神経質そうにぷるぷる震えてる。
立て続けに怖い目に遭わせちゃったもんなー。ごめんね。
「いえ、そのせいだけではないでしょう。この驢馬も大分、弱っています。不自然に栽培された飼料ばかり与えられてきたようですね」
そっか。見た目、体が立派で丈夫そうな奴を選んで買ったつもりだったんだけど……。気を付けてやろう。
「そーいや、お前、まだ名前が無かったな」
何か考えようとしたら、
「名前は要らんだろう。どうせ、すぐに売り払う。愛着を持っても仕方ない」
……。あー、そういうことか。
アンバールが一向に、オレを名前で呼ぼうとしないのも。元の時代に帰れば、また商売敵に戻るんだから、ってことか。
でも、それって裏返すと……?
「何が可笑しい?」
ニヤリとほくそ笑んだオレを、仏頂面で睨むアンバール。だけど、さっきほど怖くないや。
いや、薄々思ってたんだけどね。こいつ、無愛想にしてる割には、実は面倒見がいいんじゃないかな?