2-〔5〕 飛竜族の若者
ドラゴンっていうと、元の時代にいた頃は、爬虫類系のヤツをイメージしてた。
一般人がよくお目に掛かる水竜とか砂竜とかはそうで、ワニやトカゲ、蛇なんかが魔獣化したものらしい。
でも、多くがユークレイス山脈の山奥に籠もってしまったという飛竜は、実は哺乳類系なんだな。
こいつは、何と形容するのか……。
角が生えてて首が長くって、たてがみがある辺りは、鹿とかキリンの仲間のように見える。でも蹄じゃなくて五本指だし、鼻や口の形からは、垂れ耳わんこにコウモリみたいな翼をくっつけたもの、と言った方が近いような気もする。
間近に見ると毛並みがふかふかで、ついナデナデしたくなるけど……気易く触ると怒られるんだろうなー。
"知恵ある竜"とも呼ばれる飛竜は、三百年以上もの寿命があって、人間なんかよりずっと賢い生き物なんだそうだ。
当然、本来は牛馬のように調教して人間に従わせることなんか出来ない。魔力も人間よりずっとずっと強くって、人間の方が頭を垂れ、礼儀を持って教えを乞わなくちゃならないような存在なんだ。
ギヤマニア王国の竜騎兵隊は、飛竜を魔獣化し、知能は破壊して体力や魔法の息による攻撃力だけを強化することで、戦争の道具にしている。
人間を奴隷にするのと同等か、それ以上の腐れ外道的手法と言っていい。飛竜族は勿論のこと、人間の諸外国も猛反発している。飛竜が人里まで下りてきて、魔法技術とかの面で協力してくれることがめっきり減ってしまったんだ。
国籍不祥の謎の兄ちゃん――もとい、兄ちゃんの変身の解けた栗色の飛竜は、川っぷちまでずりずりと這ってゆき、ごくごくと喉を鳴らして透明な水を飲んだ。
ふしゅう、と一息吐いて、アンバールとオレを振り返る。
『助けて下さって有難うございます……、』
と礼を言いかけて、目を丸く――元々丸いけど――する。
『シトリン様!?』
「へっ!?」
飛竜はオレを見て驚きの声を上げ――っていうか、声は出してなくて、驚いた念波みたいなのが頭の中に伝わってきた。
『……のはずはありませんね……。シトリン姫は水の魔道士ですから。でも、ならばどうして、ダイアモンド・スピリットの欠片を……?
しかもよく見れば、お二人とも、違う時の流れの中からいらしたのですか……?あなた方は、一体……!?』
おわ!何でいきなり、色々見抜かれてるんだ!?それに、オレがシトリン姫に似てる、って……??
動揺しまくるオレの横で、アンバールは冷静に言った。
「そいつは説明するにやぶさかじゃないが。まず先に、あんたの方の話を聞かせてもらいたいな。まあ……その格好を見ればおよその事情はわかったが……あんたが何者で、どうして王宮の警備兵に追われていたのか、とか」
『あ。そうでしたね、申し訳ありません』
飛竜は体ごとオレ達の方に向き直り、居住まいを正してちょこんとお座り――しようとしたけど、まだ疲れているらしく、前足の上に顎を載せて寝そべった。
『申し遅れました。僕はラピスと言います。ユークレイス山中の飛竜の里に住む者です。
ギヤマニアの飛竜狩り隊に捕まった弟を追ってきたのです……。
ご存じのように、一度魔獣化してしまったモノを元に戻す術はありません。一度枯れた花にいくら水を注いでも、もう瑞々しく生き返ることが無いように……。
僕達の両親も、かつてスタールビアの魔道士達に協力していたのですが……ギヤマニア軍に捕らわれて軍用竜にされてしまいました。彼らに匹敵する魔力を持つ者が他におらず……僕が戦って倒すしかありませんでした……。
今度こそ……何としても弟だけは、手遅れになる前に、助け出したい……』
栗色の飛竜――ラピスは目を閉じ、微かに首を振った。
うわ……。すっげーわかる。絶対助けられないってわかってても……親を手にかけるなんてさ。オレ、今でも夢に見るもん……。
俄然、謝礼とか要らないから助太刀したくなってきた。……と言いたいとこだけど、悲しいかな、一人暮らしの間に染み付いた貧乏根性がそれを許さないのだった。頂くもんはきっちり頂いとくぜー。
とはいえ。
『竜騎兵隊の大規模な基地があるのは、王都シャンデリアと、南部の……コランダム島侵攻の拠点になっているタイガーアイ要塞の二ヶ所です。連れて行かれるとすればどちらかでしょう。王都にはいませんでしたから、これからタイガーアイ要塞の方に当たってみようと思っています』
ラピスはレクサンドラ大公国経由で、北からギヤマニア王国に入ったそうだ。
だろうね。南のコランダム島経由じゃ、ギヤマニアに占領されてるスタールビア公国の領内を通ることになるし、内海のコーラル海を渡ってくると、途中で身を隠す場所が無いもんねえ。
『あの、それで、返礼の件ですけど……弟を助け出すまで待って頂いてもいいですか?
角一本なら、差し上げても差し支えは無いとは思いますが……万が一にも、僕まで捕まって魔獣化されるわけにはいきません。里長達には黙って出てきたのです、迷惑をかけたくありません。万全を期したいのです。勝手かとは思いますけど……』
アンバールは溜め息を吐いた。
「あんたの正体がわかってみれば、生身のドラゴンから角を取ろうとは思わんさ。礼は、金品以外のものでもらおう」
うん。オレだってね。
ドラゴンって、角で周りのあれやこれやの魔力を感知してるんだって。事故で折れてしまった時とか、数年毎の生え替わりの期間とかには、不自由するものらしい。
猫のヒゲを切ると空間感覚が狂ってしまうのと、似たようなもんかな?
「さっきの口振りだと、あんたは里でもかなり強い方らしいな」
『ええ、まあ……自分で言うのも何ですけど、今、里の百歳以下の若者世代で、"二つ角"は長の姫のガーネット様の他には、僕だけですから。風属性だけでなく、水属性の魔法も使えますし』
ほとんどの人間や生き物は、火水風土、どれか一つの属性の魔法しか使えない。飛竜族の場合は、基本的にみんな風属性だ。
でも稀に、"二重属性"以上の種族や個体も存在する。ただし、火と水、風と土の魔法はそれぞれ打ち消しあうのが普通で、反対属性の二重属性や、三重属性以上というのは、ものすごーく稀だ。
それはともかく。
「"二つ角"って?」
と、オレは尋ねた。
飛竜はみんな、角が二本あるけど?
『魔力が強くなるほど、角が長く伸びて、枝分かれもしてくるんです。今の里長は"四つ角"ですよ』
あ、そうなんだ。ラピスの角は二股に枝分かれしてるけど、それって特別なことだったんだ。王都の上空を飛ぶ竜騎兵の竜に、二股の角のヤツが珍しくないのは、魔獣化によって魔力が強化されてたんだな。
でも、そんな強い割には、さっきはかなりバテてたよな。何があったわけ?
『お恥ずかしい限りです……。王都の"気"が予想以上に濁っていて、力を消耗してしまいました』
人が沢山集まる大都市では、空気も、水も土も汚れている。一方で、各ご家庭やあちこちの工房で燃料を使うし、石造りの建物が多く植物は少なくて気温が上がりやすかったりで、火の"気"だけは強い。
風と水属性のラピスにとっては、ただでさえ街は苦手なんだ。その上、王都では並みの都市以上に魔法が多用されていて、魔法を使うのに必要な"気"が希薄な環境なんだって。人間の姿に変身し続けているだけで、思った以上に疲れてしまったらしい。
ふーん?でも、そういうことなら……。
「オレも風の魔道士だけど、元気だよ?」
『あなたはずっと、神殿にいらしたのでしょう?神殿の敷地内は、"気"のバランスが保たれるように設計されていますから』
ほえー。知らなかった!
ところで、あと……。
「百歳以下が"若者"って……因みに、ラピスは幾つ?」
『六十八です』
げ!兄ちゃんどころか、立派なじーちゃんだったんだ!……って、まあ、寿命が三、四倍あるから……人間に換算すると、まだ二十歳前後ってとこなのかな。
「おい、こら。話がどんどん、脇道に逸れてるぞ」
と、アンバールが呆れた。
あ、ゴメン。ラピスを助けた返礼をどうするかってのが、本題だったな。
アンバールは、オレ達が三百年後の世界から来た、シトリン姫とバルトー公子の子孫だって話をした。
トレジャーハンター、つまり盗掘師なんつーいかがわしい生業で稼いでることはさり気なくスルーして。御先祖の遺産を求めてやってきたシャンデリア城から、ダイアモンド・スピリットの魔力のせいで過去に飛ばされてしまったらしいこと。
ラピスが、人間よりも知識や魔力が豊富な飛竜族なら、元の時代に戻る方法を知らないか。知っていたら力を貸してほしい、ということ……。
『そうでしたか……。俄には信じがたいお話ですが……。
あなた方の"気"の性質は確かに、シトリン様とバルトー様のものによく似ています。魔力場の極めて薄い環境からいらしたのに、人間としては希有なほど強い魔法の素質をお持ちだということも、わかります。
信じざるを得ません』
あれ、また。さっきから気になってたんだけど……、
「ラピスは、シトリン姫に会ったことあるんだ?バルトー公子にも?」
『はい。里長は近年、"気"の乱れた下界に下りると体調が優れなくて。人間族の首長達との外交は、ほとんど一人娘のガーネット様が代行しているんです。僕も姫様にお供して、何度かシトリン様やバルトー様との会談にもご一緒させて頂きました』
それって、コネって言えるレベル?必要とあらば、御先祖様達にも力を貸してもらえそうかな?
『それは勿論、またお会いする機会があれば、僕からもお願いしてみますが……』
ラピスは、耳や鼻をぴくぴくさせて、何か考え込んでいる。
『おかしいですね……。そもそも、あなた方がこの時代にいらしたのは、偶然の事故ではないはずです。時間移動の魔法は非常に難しいんですよ。僕も、成功例を知りません。
あなた方お二人だけ、ダイアモンド・スピリットの欠片が一つ二つだけで、しかも魔力場が失われた世界では……とても、充分な魔力は集まらなかったでしょう。
こちら側から、喚ばれたのだと思います』
「喚ばれた?……誰に?何のために?」
『そこが、わからないのです。時間移動の魔法を成功させるには、恐らく、人間ならばシトリン様やバルトー様ぐらい、飛竜族であれば"二つ角"以上の使い手が複数……各国が一つずつしか保有していないダイアモンド・スピリットも複数、必要になります。
そのような大掛かりな魔法儀式が行われたのなら、事前に首長級の会合が持たれたはずですけど。そんな話は全く耳にしていません……』
「ダイアモンド・スピリットが……各国に一つずつ?」
『ええ。かつて一つの巨大な結晶だったダイアモンド・スピリットが七つに砕けた時、五つの人間族の国と飛竜族に一つずつ分け与えられ、残る一つは、誰にもわからない場所に隠されたそうです』
「それって、やっぱし、神様の手で……とか?」
とオレが言いかけたら、
「そんな神秘的な話じゃないだろう」
と、アンバールがドライに言った。
古代文明時代の、同盟国会議のようなものによって――だろう。
アンバールの言葉に、ラピスは頷いた。
ただの伝説じゃなかったんだ。実在、したんだ……!
むかーし昔、オレ達の時代から千五百年以上も前――この時代から遡っても千二、三百年以上前のこと。
オパール大陸南部に広がるフリント沙漠は、その頃緑豊かな大地で、幾つもの国々から成る一大文明圏が存在したという。それが、遙か南洋の別の大陸の文明圏とドンパチ大戦争をやらかした挙げ句、双方とも壊滅的な打撃をこうむって、大陸のほとんどの部分が不毛の荒野になってしまったんだって。
今ある国々は、その時生き残った僅かな人々が、当時は未開だった"辺地"に移り住んで作られたもの。そして、ダイアモンド・スピリットは、古代文明を滅ぼした超魔法兵器の動力源だった……っていうんだな。一国で保持するにはあまりにも危険な力だけど、世界的な危機――例えば、南大陸の文明圏が再び戦争を仕掛けてきた時とか、今みたいに魔法的な環境変動が起きた時――に備えて維持した方がいいだろうということで、分散管理することになった、らしい。
各国の版図は、勿論、千年以上もそのままの形で保たれてきたわけじゃない。集合離散を繰り返してる。
ただ、七つの欠片に分かれても、ダイアモンド・スピリットの力は絶大だった。持たない国はどうしても、持つ国に吸収されがちだったし、一国で複数持っても、分派闘争が起きた時それぞれ一つずつ持って独立したりで、"一国に一つ"の状態が続いてきたみたいだ。
三百年前の"魔竜戦争"ですら、どこまで本当の話だか疑問視されてるのに、古代文明なんて、オレ達の時代じゃホラ話だと思われてる。
フリント沙漠の中に、破壊を免れた地底都市やら空中都市やらの遺跡があって、お宝がザクザク眠っている――とか。遙か南方の大陸にも、古代魔法大戦を生き延びた人達が国を作っていて、今も魔法が息づいている――とか。
噂は多々あれど、何せ、確かにフリント沙漠以南まで行って還ってきた人間とか、南方大陸から来た人間とかが、誰もいない。時々、そうと自称する怪しげなヤツはいてもね。
時間移動の魔法についても。フリントの古代都市の中には、街ぐるみで未来に移転して逃れる魔法装置を備えたものもあったそうだ。
大陸の大部分が一瞬で破壊された時、装置は作動した……らしい。街は、瓦一枚残さずに消えた。でも現代に至るまで、再び出現はしていないんで、魔法が成功したかどうかはわからないんだな。
時々、古代文明の遺物だとか、南方大陸から漂着した珍しい動植物の標本だとかいう物が売り出されてるけど、九割九分九厘まで、真っ赤な偽物だとわかる代物だ。そういうペテンが横行してるから、古代文明なんてもの自体が作り話だろうと思われてるわけ。
だけど、あやふやな、断片的な噂話とかの中から事実を探り当ててお宝に辿り着くのが、オレ達トレジャーハンターだからね。
一見突飛な伝説でも、頭っから否定はしない。といっても、神様のお告げだの奇跡だのを鵜呑みにするわけじゃ勿論なくて、そこに人為的なカラクリが働いていないかとか、考えるんだ。
ま、天罰だの悪霊の祟りだのを真に受けてたら、墓ドロボーなんて出来ないもん。……って、オレは実の所アンバールほど割り切れてなくて、結構ビビりながら仕事してる時もあるんだけど……鼻で笑われるだろうから、そんなことは口が裂けても言えない。
ともかく。今も、オレ達が過去に飛ばされてきたのが呪いだとか天命だとか言われるよりは、誰かに何かの目的で喚ばれたんだろうって言われた方が納得するね。
どこのどいつか知らないけど、勝手に呼び付けやがって。滞在費は、実費に慰謝料も加算して、きっちり請求するからなっ!
「ところで、さ。わざわざ喚ばれるほど、実はオレって強い魔道士だったりする?」
『今は魔法の使い方に慣れていらっしゃらないでしょうが、素質としては、シトリン様やバルトー様と肩を並べるほどの力はお持ちだと思いますよ』
アンバールが、不愉快そうに尋ねる。
「もしや、俺もか?」
『はい』
「……属性は、火か」
『はい。お気付きでしたか』
「矢張り、そうか……」
アンバールは溜め息を吐き、くしゃくしゃと髪を掻き回した。
「あれ。嬉しくないのか?」
「聞いたことがある。バルトー公子とシトリン姫を助けて一緒に旅をした、身元不明の魔道士の言い伝えを……。一人は風の、もう一人は火の魔道士だったそうだ」
……。それって……。
「もしかして、オレ達を呼び出したのは御先祖様達ってこと!?ギヤマニアに対抗するための戦力として?」
ラピスが口を――っていうか、考えを挟んだ。うう、この頭の中に直接声が流れ込んでくるのって、何か気持ち悪い……。
『ちょっと待って下さい。バルトー公子もシトリン姫も、今はそれぞれに亡命中なんですよ。両国が保有するダイアモンド・スピリットに近付くことも出来ないばかりか、お互いに連絡を取る手段も満足にお持ちではないはずです』
あ。そうだった……。
じゃあ、誰が、どうして?
……と考えた所で、現状では充分な判断材料がない。差し当たってアンバールとオレは、ラピスが弟を捜すのを引き続き手伝う代わり、バルトー公子かシトリン姫、もしくはその両方と会って話をする機会を作ってもらう取り決めをした。
タイガーアイ要塞にダイアモンド・スピリットがあるならば、きっと飛竜を軍用に改造する魔法にも使われているだろう。弟がそこに囚われている可能性も高い、とラピスは言う。
飛竜の姿のままじゃ目立って、また狙われてしまう。ので、ラピスはもう一度人間に変身して、オレ達と一緒に歩いていくことにした。
水辺で一休みして風と水の気を補給したから、変身魔法を使える程度には回復した、という。ひゅううーっと細く長く一呼吸すると――飛竜族は、魔法を使うのに呪文を唱える必要は無いんだって――ラピスは再び、栗色の髪、瑠璃色の瞳の兄ちゃんの姿になった。
「矢っ張り、この格好の方が話し易いですか?」
「それはそーだけど、まずは服着ろよ、服っ」
「あ、すみません」
ラピスは適当にそこら辺の木の皮やら、草の蔓やら綿毛やらを拾って、次々と魔法で服や靴に変えてゆく。最後に、リュートみたいな木の胴の弦楽器を作って背負うと、あっという間に吟遊詩人風の旅人の出来上がり。
道理で、持ち物が全部新品ばっかりだったはずだよ……。
「便利だなー……」
「錬金術じゃありませんよ。あくまでも一時的に、仮初めに形を変えているだけです。僕が身に着けている間はずっとこの形を保ちますが、手放せば、長くとも一日ぐらいで元の物体に戻ってしまいます」
武器防具は帯びず、一見したところ体力無さそうな細っこいモヤシ青年だけど、荷物持ちの驢馬くんはすっかり警戒してしまっている。怖がって避けようとするので、アンバールが二十歩ぐらいラピスとオレより先を、驢馬くんを引いて歩いてゆく。
丁度いいや。
「あのさ、ラピス。一目で、オレが風の魔道士だとか、他の時代から来たとかわかるぐらいだったら、ひょっとして……」
……ごにょごにょ、ごにょ。
「え?勿論、わかりましたよ」
あちゃー。矢っ張り?
「それ、アンバールには内緒だから」
「えっ……!?アンバールさんは、ご存じないんですか?」
ラピスは怪訝そうな顔をした。そーでしょーとも。
「あの……、人間同士では普通、わからないものなんですか?」
「わかる!普通は!オレはわざと、わかりにくくしてるだけ」
「一体……どうして……」
「どうして、って言われても……人間には色々、人間の事情があるんだよ」
「はあ……そういうものですか」
うん。深くは気にしないでくれ。
アンバールが振り返った。
「何をコソコソ話している?」
「べーつーにっ。ラピスだったら、古代文明の話とか詳しく知ってそうだから、色々教えてもらえば元の時代に帰った時役に立ちそうだなあって思って」
「抜け駆けは無しだぞ」
実際、吟遊詩人に変装したのはダテじゃないらしい。
街道に戻って南へ歩く道すがら、ラピスは、昔々の歌物語とか、遠い草原の民の牧歌とか、いい声で聞かせてくれた。